第3話 アオイ
ブレス歴506年春 アスラ王国王都
ヒスイは暗闇の中を歩いていた。冷たく果てのない道。でもヒスイは暖かい場所があるのを見つけた。そこにはヒスイを慕ってくれる仲間がいた。
心配性だけど頼れるミツイ副長。
ヒスイを影日向に見守ってくれているマーズ伯爵。
そして妹みたいにかわいいマルシム…。
その大切な仲間を黒い影が次々と切り裂いていく。真っ黒な剣で。
『いやー、やめて!!』
その影はあの時の、闇のオーラだった。禍々しい影が仲間を切り裂き、壊していく。あの日に見た圧倒的な負の力を前にヒスイは成すすべがなかった。
◇
悪夢。いつもここでヒスイは眼を覚ます。
「まただ…」
眼を覚ましたとき、ちょうど太陽が沈みかけていた。心細い逢魔の刻。ひんやりと汗ばむ背に触れる固いベッドの感触が、ぼんやりと視界に映る灰色の天井と重なり、ヒスイの胸にじわりと不安を広げていた。
ヒスイは今、王都の近衛師団が管轄する病院にいる。黒騎士との戦いから一月が経とうとしていた。
ヒスイの身体は芳しくなかった。魔剣の影響で魔素の枯渇が回復せずにいた。身体が鉛のように重く、起き上がるのも辛い。戦闘の直後は生死も危ぶまれた。
マーズ領での治療が難しかったために、緊急で王都の近衛師団付の病院へ搬送されたのだ。異例である。地方のB級騎士が受けるにはあまりにも待遇が過ぎた。それもヒスイをモヤモヤさせている要因である。
(だからあんな悪夢を見るんだ!!)
心の中で毒づくとヒスイは布団にもぐりこんだ。
あの黒騎士は何者だ?
なぜ、二つの属性魔法を使えた?
盗賊は、混沌の魔団だったのか?
なぜ、私は王都で治療を受けている?
なぜ?なぜ?
病院の看護師さん達は皆、優しい。治療を担当してくれているアマノ女医もとても親切だ。
だがヒスイの疑問に答えてくれる人はいなかった。ヒスイはぼんやりとした思考の海の中でまた、眠りに溺れていった。
◇
またあの夢だ。私はマルシムと一緒に黒騎士が放つ劫火に身を焼かれていた…。
そして、全身につたわる冷や汗により意識は覚醒する。朦朧とした中でヒスイはぼんやりと周囲を見渡した。魔素の枯渇以来、ヒスイの意識はまどろみがちだった。
だが、そんな虚ろな意識の中に元気な女性の声が聞こえてきた。
「大丈夫!様子を見るだけだから!」
「アオイさん、困ります。まだ意識が朦朧としているんですから!」
その声にヒスイの意識は徐々に覚醒する。
(ここはどこだ…?私は何をしている…?)
ヒスイの意識は段々と覚醒してきていた。
(あ、そうだ。私、王都…の、病院にいるんだ…)
ぼんやりとしながらもヒスイは横で押し問答をしていた二人に声をかけた。
「あなた達は何ですか」
いつの間にか夜になっていた。窓の外の暗さが不安を煽り、ヒスイはついつい声を荒げてしまった。
「あらあら、アオイさんが煩いから目が覚めてしまいましたね」
「ちょっと、煩いってどういうこと?」
騒いでいたのはいつも面倒を見てくれているアマノ女医と、見覚えがない女性だった。何だか心をざわつかせる雰囲気がある女性だった…。
そんなヒスイの心境には無遠慮に女性は紙の束を突き出してきた。
「ヒスイさん、あなた宛ての手紙を預かってきたの」
「え?手紙ですか?」
「そう。はい、これがその手紙」
ヒスイは三通の手紙を受け取った。ヒスイはアオイと呼ばれた女性を気にしながらも手紙の封を切って中を確認した。
「配属命令書?ベルク陛下のお名前で!!」
女性はなぜか得意げな顔でヒスイのことを見下ろしていた。
「情報部アオイ班への配属を命ずる」
「私がアオイです。アオイ・コイアイ。歳は二十歳。これからよろしくね」
アオイはヒスイよりも少し背が低かった。スレンダーというよりも筋肉質な引き締まった身体をしている。顔は美人というよりも可愛らしい。ボブにまとめた髪が活発な印象を与えた。
その髪は金色に輝き、ヒスイは素直に美しいなと思った。班長ということは騎士なのだろう。だが、その所作は隙だらけで弱そうだ。
「ど、どういうことですか?」
「そのまんまなんだけど、マーズ伯爵からの手紙に詳細が書かれてない?」
慌ててヒスイはマーズ伯爵からの手紙に目を通した。
そこにはマーズ伯爵がヒスイの身を案じていること、マーズ騎士団の皆、特にヒスイ班の皆が別れの挨拶ができないことを悔やんでいること、そしてヒスイはベルク陛下から直々の命令で王都に移されたことが書かれていた。
「私、王都に転属なのですか???」
「まあ、そうみたいね」
アオイはぐいぐい迫ってくるヒスイに、少しタジタジしながらも言葉を選びつつ答えた。
「ヒスイはとても厄介な人物と戦って生き残ったんだ。
そこから得られた情報も膨大だ。追々話していくが、事は世界の動向に影響する内容だと私は思っている。
そんな君には、これから私と一緒に混沌の魔団と戦ってほしい」
「混沌の魔団。あの盗賊団の背後にその魔団がいたことは聞いています。ですが、私はあの黒い鎧の騎士に全然敵いませんでした」
「いや、ヒスイはオーガを倒した。あのオーガは魔法で強化されていた。それを倒したことだけでもすごいと思うよ。とにかく呼び出しもされているんでしょ」
ヒスイは言われて、もう一通の手紙がツクミ近衛騎士団長からの呼び出しであることに気がついた。
「二日後に王城への呼び出しだよね。私も同席します。混沌の魔団についての詳しい話は、その時にあると思う」
アオイはそう言うと、アマノ女医へ向き合った。
「ヒスイ、こちらのアマノ女医は報部の将校です」
「これから長い付き合いになると思います。よろしくね、ヒスイさん」
「え? アマノさんってお医者さんじゃないんですか??」
「そうね。女には色々と秘密があるってことかしら」
きっと私が知らない事情があるのだろうと、ヒスイは納得することにした。———考えても田舎から出てきたばかりの娘に何がわかる…
でも…。『でも』とヒスイは考える。
(渦中にいるなら、流されるだけじゃ嫌だ。泳いでやる…。しかし、情報部で長い付き合いか…。あれ?それじゃ…)
「アマノさんは私たちの上司ってことですか?」
ヒスイの問いに、悪い顔をしながら答えたのはアオイだった。
「まさか! いやいや、アマノさんが上司??三日、部下だっただけで過労死してしまうわ!!」
「アオイさん、人のこと言えないでしょ?近衛騎士団の訓練時間が倍増した事、ご存じないの??」
「あれは私に全然かなわない騎士団が悪いじゃないか!」
「アオイさんはヒーリングの腕も王都随一なんですから、ご自分でヒーリングすれば過労死などしませんわ!!」
言い合いを始めた二人を横目に、ヒスイは不安になりため息をついた。———大丈夫かな…。
そんなヒスイの心中を知ってか知らずか、アオイが能天気な声をあげた。
「アマノさん、ヒスイはもう何日も病院にいるんだよね。もうこんな辛気臭いところは退院で良いよね」
「辛気臭いって…。ダメよ。体調は万全じゃ無いんだから」
アオイはふらっとアマノの脇をすり抜けてヒスイに近寄ると、その手を額に当てた。
ぼぉっとアオイの手が発光した。ヒスイの身体の中を、暖かい光のようなものが駆け回る。身体の怠さが抜けて行くのを感じた。それと同時に、ものすごい空腹感に襲われた。
「すごい…。スガル平地の光みたいだ…」
ヒスイは、こんなにも強力なヒーリングを受けたことはなかった。スガル平地で感じた、優しい粒子にも似た波動。何日も王都最高の病院で何人もの医者に治療を受けても完治しなかった症状が、もとに戻っていた。
「ヒーリングをかけたから、もう大丈夫。私の家に行こう」
「ヒーリング? ただのヒーリング??どういう事ですか?? 私、治ったの…?」
アマノが肩をすくめながら言った。
「えーと、アオイさんは特別というか…。そうね、珍獣??」
「この野郎…。騎士を十人くらい病院送りにしてやる…!」
「あああ、それはやめて。私が忙しくなっちゃう…」
状況をいまいち呑み込めないヒスイは、半ば強引にアオイによって病室から連れ出された。ヒスイのアオイとの最初の一歩は少し乱暴に、アオイの眩しい手によって引かれたのだ。
でもヒスイは、アオイのちょっと乱暴な手が、少しも嫌じゃなかった。
◇
病室の外でヒスイは、アマノが用意した服に着替えた。アオイから見て、センスの欠片もない服だった。こんなセンスのない服…、嫌がるのではないか?アオイは大いに杞憂した。
しかし、ヒスイの様子は一風変わっていた。
「私、こんなに素敵な服着るのはじめてです!似合っていますか?辺境で国境警備が任務だったので…、素敵な服を着る機会がなかったのです」
白のワイドパンツにグレーのシャツ、白と赤のストライプ柄のジャケット。絶妙にダサかった。
「お、おう。じ、実にかわいい。というか、ヒスイは何着ても似合うんじゃない?」
こんな服でも美人でスタイルの良いヒスイが着ると、似合って見えてしまう。不思議なものだなとアオイは思っていた。
二人は諸々の手続きをアマノへ押し付けると、早々に病院を抜け出した。どうしても病院が性に合わないアオイは、早く抜け出したかったのだ。
「辛気臭いところはもう終わり!!お店でご飯を買って私の家に行こう」
アオイはちょっとだけ楽しい気持ちになっていた。ヒスイに、心の奥のピースを埋めてくれるような心地よさを感じていたのだ。
次の更新予定
2026年1月15日 20:00
魔国解放ー双魂のパンデシネー 相上圭司 @guraguraguri
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