第2話 黒い騎士

 ジルバの前に黒い鎧をつけた騎士がいた。手には黒い長大な刀身の剣を構えている。気付いた時にはもうそこにいた。


(強い。なぜ、盗賊にあのような使い手がいる?)


 ジルバは騎士団でも上位クラスだ。基本に忠実な隙のない剣を振るう。経験もある。そんなジルバが盗賊に怯えていた。姿を見ただけで冷汗が流れ落ちた。


(しかもあの剣は何だ?力が抜ける…)


 あの剣に対峙するだけでジルバは魔素を消費するのだ。眩暈を覚えるほどに。剣は黒く禍々しいオーラを放っていた。しかも、


(魔剣の属性がわからない。)


 ありえないことだった。ジルバほどの使い手が魔剣の属性を感じ取れないとは。ジルバは黒騎士の間合いから逃れると班員を集めた。その間にもオーガの振り回す棍棒が班員の頭を粉砕した。


「何人残っている?」

「五人です」


 近くの班員は短く答えると槍で襲いかかってきたゴブリンを袈裟切りにした。鈍い音とともに血しぶきが飛び散る。


(オーガを潰さないと活路が開けない)


 後ろの黒騎士は厄災だ。前のオーガを倒す方が容易い。ジルバは決断すると、オーガに向かって走り寄った。

 だが、ジルバの剣はオーガの棍棒に阻まれて、折れた。そして、棍棒がジルバ目掛けて振り下ろされる。背筋に寒気が走った。


「!!」


 突如、ボゴッという嫌な音とともにオーガの頭が振れ、血飛沫が飛び散り、ジルバの頬が赤く濡れた。


「ジルバ班長、援護します!」


 ふわっと美しい黒髪が揺れた瞬間に、オーガがゆっくりと倒れていくのをジルバは夢のように感じていた。





 ヒスイは無我夢中だった。こんなに必死になった事が今まであっただろうか?気持ちが焦り、息が切れる。それでも、ヒスイは石をオーガの頭に叩きつける。オーガは動かなくなった。ヒスイは深く息をついた。


「ジルバ班長!」


 名を呼ばれたジルバは我に帰った。ヒスイはジルバの前に出るとレイピアを構えた。


「援護、感謝する。オーガの後ろに活路を開く」

「ジルバ班長、ちょっと遅かったみたいです」


 ヒスイはジルバがオーガの後ろに活路を開こうとしていた理由を一瞬で悟った。肌がざわつく。オーガには感じなかった恐怖が、ざわざわとヒスイの心に入り込んでくる。


(あれは普通じゃない…)


 フセルニアも強いと思った。だが人間の域だ。あの黒騎士は違う。人が獣に感じる本能の恐怖。

 ヒスイは走り込んできた黒騎士に魔素を込めた石を叩き込んだ。だが、それは騎士の持つ魔剣に阻まれ、虚しく地面へ落ちた。ヒスイは黒騎士の体から湧き上がるオーラを禍々しいと感じていた。


「闇を感じる。巫女の資格を持つに値するか?」


 黒騎士は呟くと上段からの斬撃をヒスイへと放つ。黒騎士が踏み込んだ地面がその圧で弾けた。ヒスイは必死に後ろへ飛び退いた。剣圧でヒスイの頬に赤く筋が走る。  

 なんという圧迫感!だがそれよりもヒスイは魔剣に魔素が吸われる事に恐怖を感じていた。対峙すると、身体の力が抜けていくのだ。


(なんて剛力!しかも闇の剣!とても禍々しい。あの時の、スガル平地で見た闇の粒子とは大違いだ)


 ヒスイは三年前にスガル平地で見た光景を思い出していた。あの時に見た"闇の粒子"と同じ力を感じるが、あの時の粒子は優しかった。そんなヒスイを見て黒騎士は剣を止めた。


「お前の闇は何だ?」

「そんなの知らない」


 再び黒騎士は剣を構え、魔素を集めると数個の炎の玉を作りだし、ヒスイへ放った。訝しみながらもヒスイはこの攻撃を寸でかわした。


(火の使い手か!)


 黒騎士は膨大な魔素から巨大な火球を作り上げるとヒスイへと放った。ヒスイは地面に左手を着く。途端に地面から土壁がせり上がり、同時に爆炎が上がった。火炎は土壁に阻まれて、ヒスイは無事だったが服は所々、焦げていた。


「ヒスイさん!」


 ジルバは光の矢を黒騎士へ放ったが、これも魔剣に喰われてしまう。ヒスイは魔素を練り、レイピアをオーガの棍棒のように鉄で覆った。


「でやー!」


 気合いとともにヒスイはレイピアを黒騎士に叩きつけた。ヒスイの黒髪が乱れて舞った。


(魔素が吸われるなら、純粋な質量を叩きつける!)


 だが、黒騎士は魔剣でレイピアの側面を叩き、軌道を反らせた。信じられないほどの剛力と剣捌きだった。ヒスイはすぐにレイピアから鉄の塊を解除すると身を翻してジルバの元に滑り込んだ。


「ジルバ班長、私はこれからあいつへ魔素を大量に叩き込みます。隙をみて光の矢を打ち込んでください。ちょっとでも動きを止めれば…誰かは逃げられる…」


 魔素を練るたび、視界の端が白く滲んだ。それでもヒスイの周りを無数の石が旋回し始める。


「少し驚いた。だがまだ闇が弱い…」


 黒騎士の独り言に冷たい笑みを返したヒスイが思い浮かべていたのはスガル平地の光景だった。あの心を揺さぶる美しい粒子の乱舞。あんな風に魔法を使えたら…。


「行け!」


 多数の石はヒスイの手の動きに合わせて黒騎士に襲いかかった。その攻撃は凄まじかったが魔剣の放つ黒いオーラによって簡単に地面へ落とされた。だが、


「これはどうだ!」


 ヒスイはレイピアに再び鉄を纏わせると、魔剣にぶつけた。ヒスイがぶつけた魔素量は膨大であった。その命を糧としたかのようにヒスイの剣は鼓動した。魔剣はヒスイの魔素を喰うのに時間がかかる。


「ジルバ班長、今です!」


 ヒスイの合図でジルバが光の矢を放つ。


「なんと!!」


 光の矢は魔剣に喰われることなく、黒騎士の左肩を貫いた。


「驚いた。娘、名を聞こう。」

「ヒスイ」

「私はブエノス。また、会おう」


 ブエノスはあっさりと魔剣を背中の鞘へ納めると踵を返した。ヒスイはその背に攻撃を仕掛けることができずにいた。ブエノスの背中から圧倒的な力を感じ、恐ろしかったからだ。それでもヒスイはブエノスの背中をにらみ続けた。自分の弱さや恐怖心を隠すために。

 

 そんなヒスイには構わずに、ブエノスは盗賊団へ撤退の合図を出した。波が引くように盗賊団は去っていった。


―――――――――――


その数瞬後、


「ヒスイさーん!」


 マルシムの声と駆け寄るフセルニア副騎士団長の姿があった。その姿を確認したヒスイの意識はすぐに暗転し、堕ちていった。身体の奥に何かが沈んだ感覚に囚われながら。


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