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目を開けると、俺は泥の上に倒れていた。


熱気。湿気。そして、鼻をつく異臭。


「……どこだ、ここ」


体を起こし、周囲を見渡して愕然とした。

俺の脳内にある【絶対参照ワールド・アーカイブ】が、猛烈な勢いで情報を解析し始める。

建材は日干しレンガ。建築様式は初期メソポタミア。場所はユーフラテス川下流域。


間違いない。ここは古代シュメールだ。

だが、俺の知識にあるシュメール文明とは、青い空と、神殿がそびえるのどかな風景のはずだ。


しかし、目の前に広がっていたのは、「工場」だった。

聖塔ジッグラトからは黒い煙が吐き出され、空を灰色に染めている。

人々は鎖に繋がれ、巨大な歯車を回し、何かを生産させられている。

聞こえてくるのは祈りではなく、金属音と悲鳴。


「なんだよ、これ……。産業革命かよ……」


視界の端に赤い警告アラートが点滅する。

【史実乖離警告:エラー】

対象年代:紀元前2600年

文明レベル:乖離率 3500%

修正不可能です。歴史データが書き換えられています。


時代設定が違う。

今は紀元前2600年。金属といえば青銅ブロンズの時代だ。こんな機械文明があるわけがない。


「おい、そこのネズミ」


見上げると、武装した兵士たちに囲まれていた。

彼らが持っている槍は、青銅ではない。

黒光りする「鉄」だ。


「連れて行け。王がお待ちだ」


俺はジッグラトの最上階へ引きずり出された。

そこは、古代の神殿を改造した、王の執務室のようになっていた。


(王がお待ちだと……?)

俺は必死に知識を検索する。

紀元前2600年頃のウルク。


ならば、王は伝説の英雄「ギルガメッシュ」か、その父「ルガルバンダ」のはずだ。

きっと、髭を蓄えた厳格なシュメール人が座っているはず……


「ようこそ、一ノ瀬くん。……いや、『余計なお世話焼き』くんと呼ぼうか」


玉座に座っていた男が、ゆっくりと振り返った。

シュメール人の特徴である髭はない。

古代の衣装を纏っているが、その着こなしは現代的で、洗練されていた。

手にはワイングラス。

そして、あの見下すような完璧な笑顔。


「じ……神宮寺……!?」


俺は絶句した。

なぜ、あいつがここにいる?

ギルガメッシュは? 本物の王はどこだ?


俺の視線に気づいたのか、神宮寺は部屋の隅にある「鳥かご」のような檻を顎でしゃくった。


「ああ、先代のギルガメッシュならそこだよ。うるさいから口輪をはめてある」


そこには、筋骨隆々とした大男が、猿ぐつわを噛まされ、屈辱にまみれて転がされていた。

英雄王が、ペット扱い。


「驚いた顔だね。僕は君より少し早く着いただけさ。……といっても、体感時間で10年くらいかな」

神宮寺はグラスを傾けた。


そして、俺の前に歩み寄り、低い声で囁いた。


「なぁ、一ノ瀬。あの時、なぜ僕を突き飛ばした?」


その瞳には、昏い炎が宿っていた。


「僕はあの時、終わるつもりだった。退屈な人生というゲームを、あそこでログアウトするはずだった。……なのに、君が僕を『継続コンティニュー』させたんだ」


「……だからって、こんな歴史改変が許されると思ってんのか?ここまで歴史を大幅に変えればお前の存在だって現代で消滅するかもしれないんだぞ!」


「許される?消滅する?」


神宮寺は鼻で笑った。


「誰が許さないんだ? 神か? 歴史か? ……笑わせるな。僕は死ねなかった。死ねないなら、暇つぶしが必要だろう?僕は暇が嫌いだ。大嫌いだ。そんなつまらない現代なんて消えてなくなればいい。」


彼は両手を広げ、汚染された街を誇らしげに見下ろした。


「だから、この非効率で野蛮な世界を『最適化』することにしたんだ。歴史を変えて僕は暇がない理想郷を作り上げる。その世界では誰もが幸せなんだよ。なぜわからない?君のおかげで僕は、死んだはずの人間から、この世界の改変者リライターになった。」


「君のおかげで僕は分かりきった、退屈な未来を変える事ができるのさ!」


ゾッとした。

こいつは、歴史を良くしようとか、征服しようとか、そんな野心で動いていない。

ただの「暇つぶし」だ。

死ぬことを邪魔された腹いせに、世界が歩んできた歴史そのものをオモチャにして遊んでいる。


「一ノ瀬くん。君には感謝しているよ。こんな楽しい世界があったなんて、あの時の僕は思いもしなかった。」


「だが残念なことに君の役目はもう終わりだ。君のような『史実を守ろうとする観測者オブザーバー』は、僕の理想郷には不要なんだよ」


神宮寺が指を鳴らす。


兵士たちが俺の腕を乱暴に掴んだ。


「放せっ……!」


抵抗しようとした拍子に、ポケットから「それ」が滑り落ちた。


カチャン、と乾いた音が石床に響く。

楔形文字が刻まれた、粘土板の欠片。

死んだ祖父がくれた、俺の宝物。


「ん? なんだこれは」

神宮寺が拾い上げる。


「ただの泥の塊じゃないか。汚らしい」

神宮寺は欠片を指先で弄び、鼻で笑った。


「こんな非効率な記録媒体ゴミ、今となっては何の価値もない。僕が作ったこの鉄とガラスの塔に比べれば、無価値なゴミに過ぎないな」


「ふざけるなッ! それに触るな!」


俺は激昂し、兵士の手を振りほどこうとした。


歴史を愛した祖父の想いが。俺の人生が。

こいつに踏み躙られている。


「へぇ……」

俺の必死な形相を見て、神宮寺は口の端を歪めた。

面白がっている。

俺が執着している姿そのものを、嘲笑っている。


「そんなに大事なのかい? なら、僕が預かっておこう。君が消えたあとの、標本としてね」

神宮寺は欠片を懐に入れた。


一番持たれたくない奴の手に、一番大切なものが渡った。


「貴様ッ……!」


「連れて行け」

兵士たちが俺を捕まえ、ジッグラトのへりへと押しやった。

下までは数十メートル。落ちれば即死。あるいは、あの汚染されたヘドロの中に沈むか。


俺の体が宙に浮く直前、神宮寺が俺の耳元に顔を寄せた。


「……君の能力は『過去データ』を見るだけだろう?」


「は……?」


俺の顔を見て神宮寺はその顔を悪魔のように歪めた。


「ハハハ!ハハハハハ!」


歪めた顔を戻し、冷酷に告げる。


「結局君は『現代』も『過去』も僕に負けるんだよ。結末はもう決まっている。……君じゃ、僕には勝てない。」


俺が目を見開いた瞬間、彼は満足したように、俺の腕を掴んでいた兵に合図した。


「さようなら、永遠の二番手ナンバーツー、一ノ瀬純一。」


俺の体は宙を舞い、灰色の空へと投げ出された。


落ちていく視界の中で、神宮寺が笑っていた。

「あの頃」と同じ。


いつも狐のようなその目をニヤリと尖らせ、

全てを見下すその態度。

人の死すら、暇つぶしとしか思っていないその性根。


絶対に、お前を許さない。


正義感じゃない。自分の命がかかってるからでもない。


ただ、あの歪んだ薄汚い笑顔を、泥水の中に叩き込めと魂が叫んでいる。


俺はヘドロの海へと着水した。

意識が途切れる寸前、俺は誓った。


必ずあいつの作ったこのふざけた王国を、根底から破壊してやる、と。

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2026年1月14日 11:17

アーカイブ・クロニカ ~世界史万年2位の俺、歴史改変を阻止して完全無欠の1位をぶっ倒す~ あおいろぱりお @Mentalister

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