第5話

 雅人まさとは食事を楽しみながら、ぎこちないながらも箸を使って食事をするロミヤックを見て言う。

「ねぇ、ロミヤック……お箸上手に使えてるね」

「こちらに来るまでに学ばせていただきました。フォークやナイフはレスタと差異がないものの、この地の箸という文化は独特なものでございます。ハースがこの地のどこにいらっしゃるか……我らにもわからぬことであったため、すべての文化についての勉強をすませてこの地に参りました……」

「そう……お箸って、やっぱりアジア独特の文化なんだねぇ……僕はね、この極東の日本で生まれ育ったから、お箸の文化で育ったんだよ。お箸ってさ、実はさ、最強なんだよね。フォークとナイフもいいけどさ、実はお箸って万能なんだよ。僕、フレンチとかイタリアンとかでもお箸ちょうだいって言うもの」

 雅人のこの言葉に同席していたジェイは淡い笑みを浮かべた。

 雅人は和食はもとより、フレンチだろうとイタリアンだろうと、お箸をちょうだいと言う。彼はテーブルマナーがなっていないわけではなく、肉や魚の皿は上手にナイフとフォークで食事をする。しかし、サラダなどになると彼は店員に対して箸が欲しいと言う。サラダなどをフォークで食べることに、彼は箸の方が食べやすいと言ってはばからない。箸の文化で育った彼は、食べやすい方で食べたらいいじゃないかと思っているようだった。

 そして、雅人がそう言うことに対して否を言うような店は、概してさして美味くもなく、接客態度も良くはない。従って、彼がそういった店には行くことはなくなる。

 つまり、今現在雅人が頻繁に利用している店は味だけで選んだわけではないと言うことだった。

 たっぷりと時間を取って、出された料理とアルコールを堪能した雅人は、最後に出された抹茶と菓子も堪能した。

「あー……おいしかった……久々に来たけど、やっぱりこの店っておいしいねぇ。ロミヤックは和食は初めてでしょう? おいしく食べられた?」

「はい。大変おいしゅうございました」

「そう。良かった」

 言って、雅人はふわりと微笑う。

「とにかく、お腹空いてちゃ前向きになんてなれないからね。迷ってる時こそちゃんと食事をした方がいい。で……ロミヤックは結局、どうして僕に会いに来たの?」

 雅人は淡い笑みを浮かべたままではあったが、その眼差しが深くなっていた。

「まさかとは思うけど……この僕に何かやらせようと思ってる?」

「雅人さま……」

「さっき、レスタの人間のもうひらけって言っていたね。この僕に何かやれってこと?」

「……申し訳ございません、雅人さま……大変ご無礼を申し上げました……」

 雅人の言葉にロミヤックは恥じ入った。

 恐れ多くもハースの行動に口出しをするなど、あってはならないことだ。

「雅人さま……」

 ずっと口を開かなかったジェイが静かに口を開いた。

「何? ジェイ」

「許して差し上げてください。この方はわざわざアディファートさまを探して遠路はるばるいらっしゃったのです。そのアディファートさまをかたる者がいる以上、この方がなんとかしたいと思うことも仕方がありません」

「僕が頼んだことじゃないよ」

「もちろん、それはそうでしょう」

 ジェイは静かにうなずいた。

「雅人さまのお気持ちは理解できます。ですが、この方はアディファートさまのお側近くに仕えていた方でございますね? 一度の過ちです。どうか許して差し上げてください」

「……仕方ないなぁ……」

 雅人はふぅっとため息をついた。

「ジェイがそう言うなら、聞かなかったことにするよ」

 雅人の眼差しが柔らかくなった。

「ありがとうございます、雅人さま。あと……もう一つ、私から進言させていただいてもよろしいですか?」

「ん? なに?」

「雅人さまにおかれましては、あの者がアディファートさまの御名を騙ることを良しとされるのでしょうか?」

 ジェイが静かにそう訊ねたので、雅人はその言葉に一瞬黙り込んだ。

「私は雅人さまの行動をとやかく申し上げるつもりはございませんよ?」

 黙り込んでしまった雅人に、ジェイは何でもないことのようにそう口にした。

「ただ、雅人さまのご気性を鑑みて、看過されるとは思えなかったのでお訊ねいたしました」

「……まったく、ジェイったら……」

 雅人はふわりと微笑った。

「ロミヤック。聞いた通りだ。ジェイにお礼を言った方がいいね」

「ハース……では……」

「確かに、ね……あの志雄しおにアディファートを名乗らせておくのは面白くはない。だけど、言っておくよ? 僕はレスタに戻るつもりはかけらもないから」

「ハース……」

「そもそもが、レスタに戻るつもりならこの惑星に転生したりはしない。僕はこの惑星で成すべきことがある」

 雅人はきっぱりとそう言った。

「だけど、ジェイの言いたいこともわかる。だから、僕がアディファートだとはわからない形で志雄を排除する。僕がこう言ったからには決定事項だ」

「ハース……」

「ロミヤック。言っただろう? 僕をハースと呼ぶなって」

 雅人の静かな言葉にロミヤックは恐縮し、言う。

「申し訳ございません、雅人さま」

 それへ雅人は鷹揚に微笑った。

「まぁ、いいよ……どっちにしたって、僕が表に出るわけじゃないんだし……僕としてはアレを排除できればそれでいいんだから」

「お礼を申し上げます、雅人さま」

「別にロミヤックを喜ばせようとしてるわけじゃないんだけど……でも、ロミヤックは言わば孤立無援でしょう? アレを排除するって言ったって、一人でやれる? 他の人間はみんな、アレをアディファートだと思い込んでるのに……」

「それは……」

「ジェイ。ロミヤックに直通の連絡先を教えてあげて」

 雅人は何かを思いついたらしい様子だったが、それについては何も触れずにジェイにそう伝えた。

 雅人と言う少年は、自分の言いたいことしか口にしないという癖があるが、周囲がその彼の真意を汲んで動く人間ばかりなので特に問題はなく過ごしてきた。

 ジェイはその雅人の意を汲んで、自身のプライベート用の携帯電話の番号が載った名刺を差し出す。

「雅人さまは携帯電話をお持ちでないので、何かご用がおありの時は、こちらに連絡をください」

「ロミヤック。今日はもう帰っていいよ。帰って、よく考えることだね」

 言って、雅人は音もなく立ち上がる。

「じゃあね、ロミヤック。お前に会えたのは嬉しかったよ」

 柔らかくそう言って、雅人はジェイを伴って座敷を出て行った。

 残されたロミヤックは、ようやく巡り会えたかつての主君から出された難解な宿題を抱えて当惑していた。彼はこの問題を何としても解かなければならないのだった。


 ロミヤック達レスタの人々は、地球側には明かしていなかったが実のところ生身でこの惑星に来ているわけではなかった。

 生身の肉体はレスタに置いたまま、精神体のみがこの惑星を訪れている。

 レスタは高度に文明の進んだ惑星であるので、その精神体を生身に見せかけることなど造作もなかったし、見破られるはずもなかった。

 それほどに文明の差があったのだった。

 つまりは精神体であるロミヤックは、その場からふっと消え、次の瞬間にはニューヨークの五つ星ホテルに自室に戻っていた。

「ハース……」

 久我くが雅人として生きるアディファートの転生者である彼を見事付きとめることができたロミヤックだったが、その彼にとんでもない難題を突き付けられていた。

 恐れ多くもアディファートの御名をかたる愚者を一人で排除しなければならない。それも、アディファートの転生である雅人の名を表に出さずに。

 ロミヤックは長い時間深い思考に沈んでいたが、インターフォンの音で我に返った。

 ドアを開けると共にアディファート捜索のため地球を訪れた同輩、ワゼラが立っていた。

「ロミヤックどの。少しよろしいか?」

「どうぞ」

 ロミヤックはワゼラを室内に先に入らせてドアを閉めた。

「ロミヤックどのはハースのお側にも来ず、何をしておられるのだ?」

「……いや……それより、何かご用かな? ワゼラどの」

「ハースからの御言葉を伝えに参ったのだ」

「……ハースからの御言葉……」

「そうだ。ハースにおかれては、この地球と言う未開の惑星を銀河連邦に編入させよとおおせなのだ」

 ワゼラは不服そうにそう口を開いた。

「銀河連邦に編入?」

「そうだ。ハースはそれをお望みなのだ」

「……しかし……この惑星は惑星間の航行すらままならない程度の文明しかないだろう。それに、統一政府すらできていない」

「そうだ。ハースにおかれては、転生したこの惑星に愛着があるとおおせなのだ。まずは統一政府の結成。それに並行して銀河連邦の技術の移設。しかる後に銀河連邦への加盟とおおせでおられる」

「そうか……」

 ロミヤックはひと言そう言った。

 アディファートの名を騙る愚者が何を語ろうと、ロミヤックの興味を引くものではない。

「そうか、ではない。ハースには今すぐにでもレスタにご帰還いただかねばならぬに、何故かようなことをおおせになるのやら……理解できかねる」

 ワゼラは憤懣ふんまんやるかたない風情でそう言った。

「おぬしは恐れ多くもハースのお側近くに仕えた人間だろう。おぬしからもハースにひと言進言してくれぬか」

「……」

 ロミヤックは黙り込むしかなかった。何故、皆が揃いも揃ってあの愚者をアディファートだと思い込んでいるのだ、と不快感を覚える。

「ロミヤックどの。聞いておられるか」

 ワゼラの声が厳しく響いた。

 ワゼラはレスタにおいては皇帝をも凌駕する立場とも言われる聖賢会議せいけんかいぎのトップ五人に名を連ねている。ロミヤックも聖賢会議のメンバーではあったが、立場的に彼には遠く及ばない。

 聖賢会議は建付上は立場に上下はなく、平等とされてはいるが、その実、人というものはそうそう理想通りにはいかないもののようだ。

 ましてやロミヤックはあのアディファートの教育係として、特に皇帝ヴァストウォールより特命を受けた人間である。ねたみやそねみもあるのだろう。

「失礼した、ワゼラどの」

 ロミヤックは一礼した。

「しかし、ハースのお望みであれば我らとしてはそのご意志に従うより他ないのではないか?」

 ロミヤックは静かに口を開いた。彼の心中にとある考えが浮かんでいた。アディファートの名を騙る愚か者を公の場にさらけ出して、真実のアディファートと対峙させる。

 そこまで考えて、雅人の言葉が耳に蘇る。彼は言ったではないか。僕が表に出るつもりはない、と。

 しかし、ロミヤックはこの思い付きを振り払うことができなかった。彼のこの思い付きが実現すれば、どれほどに溜飲が下がることだろう。雅人の意に反することになってしまうことは理解していたが、それでも彼はこのまま話を進めるつもりだった。

「ハースのご意志は何よりもっとばれることではないか?」

「そうだが……」

 そう真正面から言われてしまえば、ワゼラも反論できなかった。

「統一政府の結成。それに並行して銀河連邦の技術の移設。しかる後に銀河連邦への加盟とハースがおおせなのであれば、大々的にそう発表すればいいのでは?」

「しかし……ハースには一刻も早く、レスタへご帰還いただかねばならぬ」

「その通りだ。しかしハースがそれを望まれぬのであれば、我らとしては異を唱えることなどできますまい。ハースはハースであらせられるのだから」

 ロミヤックが真正面からそう言葉を発したのでワゼラは反論を封じられた。

「ハースのお望みであれば、何としても叶えなければならない。我らにとって、ハースのお言葉は絶対ではないか?」

 そう。

 本物のハースであれば。

 あの者が本物のハースであれば、その言葉は絶対だ。

 ハースとは、彼らの信じる神の名である。

 アディファートはその神の現身として生まれついた至高の存在だ。

 そのアディファートの口から出た言葉であれば、本来であれば逆らうどころか疑問を持つことすら許されない。

「ハースのご希望に添うことが、我らの責務だ」

 ロミヤックは言葉を重ねた。

「ロミヤックどの……」

「ワゼラどの。至急地球側にハースのご意志をお伝えください。まずは統一政府の結成のための準備委員会が必要でしょう」

 ロミヤックは事務的にそう口にした。

 本物のアディファートがあの者ではないことをロミヤックだけは知っている。

 部屋からワゼラを追い払い、ロミヤックはため息をついた。

 そして……


「どうして、そんな話になってるわけ?」

 ロミヤックからの電話を受けたジェイの言葉を聞いた雅人が声を上げた。

「ワゼラのことは、覚えてるけど……」

 雅人の言葉には決して好意的とは言えない棘が含まれていた。

「さようでございますか……」

 ジェイは静かに言葉にした。

「ですが……」

「ですが、じゃないって。何で僕が選りにもよってアレと対決しなきゃならないんだよ」

 怒りより呆れたように雅人は言った。

 ロミヤックからジェイに入った連絡は、雅人に対してアディファートを騙る志雄と対峙してくれというものだった。

「ロミヤックったら、何考えてるんだよ。冗談じゃないって。そもそも僕に何かやらせるとか、ありえないでしょう」

「……雅人さま……」

「イヤだよ、僕。アレと対決するとか、しないとか。そもそも僕に何かやらせるって、どうなの?」

「お気持ちはわかります」

 ジェイは静かに言った。

「わかるんだったら、断ってよ」

「雅人さま……」

「僕、何もしないからね」

 雅人はきっぱりとそう言い切った。

「雅人さま……」

「まさか、ジェイまで僕に何かやらせようって言うんじゃないよね?」

 雅人は重々しくそう言った。

「僕は僕がやりたいこと以外、絶対、しないからね」

「では、雅人さまご自身にやりたいと、そう思っていただければ良いのですね?」

 ジェイの言葉に雅人は唖然とした。

「何、言ってるの?」

 雅人の言葉にジェイは柔らかな笑みを浮かべた。

「私は知っていますよ? 雅人さまが本当にお優しいことは」

「ジェイ……」

「ロミヤックさんがお困りです。雅人さまはお優しい方です。お困りの方をお見捨てにはなられません」

 雅人はたっぷりと一分間、ジェイの顔を見つめた。

「……もうっ!」

 雅人は盛大なため息とともにそう吐き捨てた。

「ジェイとロミヤック……揃いも揃って、僕をこき使おうって言うんだから……」

「ご足労をおかけいたします」

 ジェイは柔らかな笑みを浮かべてそう言った。

「乗ってあげるよ。ただ……」

「ただ?」

「一つ、条件がある」

「条件ですか?」

「うん。その場に紫苑しおを同席させること」

竹階たけしなくんを?」

 雅人の言葉にジェイは目を丸くした。

 ジェイにとっては思ってもいない人物の名が出たので、正直驚きを隠せなかった。

「あの……何故? とお伺いしてもよろしいですか?」

「ん-……僕の希望? だってさ、紫苑はあんなにレスタに興味持ってたんだから、本物見たいかなぁって思って」

 雅人はにこやかに微笑ってそう言った。

 そのにこやかな笑顔を見ながら、ジェイはこれは何やら裏があると察しはしたものの、雅人は言わないと決めたら何も言わないことを承知していたのでただうなずいた。

「かしこまりました。では、ロミヤックさんに連絡をします」

「うん。さぁて……どうなるか、楽しみだねぇ……」

 雅人は彼にしかわからない理由でそう口にした。

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光に満ちた神の現身は、今日も<日常>を満喫中 ~皇子の生まれ変わりですが、異星人の帰還要請は即却下~ 常盤 陽伽吏 @TokiwaAkari

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