第2話 光はまだ、名もなきまま

「よーし! 今日も頑張って登るぞー!」


 晴れ渡る秋空の下、鬱蒼としげる森の中。

 腰まで伸びたウェーブがかった金髪、白を基調としたドレスローブに、淡い青のリボンを散りばめ、胸元には宝石のような輝きが宿る。背には大きなリボンが風に揺れ、足元では星飾りの靴がきらめきを添えていた。この世界では一般的な【女聖職者プリースト】の衣類に身を包んだ12歳になった姫奏は威勢の良い掛け声をあげて拳を高く掲げた。その手には、聖職者になったその日に母が生前用意してくれた『杖』が握られている。

手にした杖の先には十字星の意匠が輝き、彼女がただの少女ではないことを静かに告げている。


 眼前に広がるは大中小様々の無数に聳え立つ塔群。

 多くの財宝や伝説級の武器、防具が眠っていると言われ塔へ侵入を試みる人間は後を絶たない。


「とりあえず今日は、小型の塔にいきましょ」


 人気の探索スポットとはいえ、内部に出る敵は古の時代から存在するといわれる強力な亡魔獣。何よりも入るたびに内部の構造が変わるために、それなりの腕か自衛手段がなければ躯と化してもおかしくはない危険な場所でもある。そんな事など気にもせず、鼻歌交じりで少女は塔の中へと足を踏み入れて行く、がその時。


「だーめだよー、看板読めないの? 子供は立ち入り禁止ってかいてあるでしょー!」


 塔の入り口で待ち構えていた男に呼び止められる。


「うぇっ……、今日はおじさんいる日だったか……」

「いる日だったかじゃないよ! その様子だともう何回か入ってるね?」


 おじさんが顔をグイッと近づけて言った。


「入ってるけど、わたしもうマスタークラスの聖職者だから危険は無いよ」


 少女は胸を張って自信満々に答えたが、おじさんは眉をひそめ、疑わしげな目で彼女を見据えた。


「マスタークラス? おじさんの髪の毛よりレアだよ。聖職者がそんな高レベルになれるわけないでしょ」

「どうしてそう思うの?」

「1人で戦えないんだから経験値は仲間と折半しなきゃならないでしょ、あの朝倉ちゃんでさえ35にやっとなれましたって言ってたよ」

「そう言う事ね、なら大丈夫です。わたし戦えるよ。ホーリーライトがありますから!」

「ホーリーライトは照明魔法でしょ〜が、どうしても入りたいなら大人の人連れてきなさい。じゃあね」

「あらら」


 つまみだされてしまって。


「やっぱり日中は誰かとパーティー組まないと入れないかぁ」


 仕方なく空いているパーティーを見つけては姫奏は小さな足で駆け寄って。


「ね、ねえ! わたし、聖職者だよ! パーティーに入れてください!」


 革鎧の戦士が率いるパーティーに近づき、期待を込めて微笑む。だが、戦士は顔をしかめ、仲間と目を合わせる。


「うーん、マニア城の姫奏ちゃん、だよね? 悪いけど、支援もできない聖職者は……。他にあたってくれるかな?」


 彼の声は優しいが、はっきり断る。周囲の冒険者が小さく頷き、姫奏の肩が少し落ちる。

 次に、彼女は魔術師の女性がいるグループに駆け寄る。

 キラキラと瞳を輝かせ、端末のステータスも開示してアピールする。


「わたし、ホーリライトでヘイト稼ぎもできるし、一応〈魔力回復量増加マナソリューション〉使えるから一緒に冒険しませんか!?」


 しかし女性は杖を手に、穏やかに微笑むが、首を振る。


「姫奏ちゃんみたいなか弱い子どもにそんな役させられないよ~。で、ホーリーライトって……ちょっと役に立たないって噂だし。ごめん、別な人探すから、じゃあね」


 小さな笑い声が周囲から漏れ、姫奏は持っていた杖を胸に抱く。ホーリーライトを灯した輝きアピールも虚しく、気がつけば周囲には誰もいなくなっていた。


(なかなか世間の風は厳しいなぁ)


 冒険者達が集う広間の喧騒を後にし、姫奏は街外れの小さな丘に座り、杖を膝元に置く。彼女は小さなリュックから、母が遺した『姫奏成長日記』をそっと取り出す。

 かつてパールホワイトでキラキラ輝いていた表紙は、今、時を経て柔らかな雲のような銀白に変わり、夕陽が彼女の白いローブとノートの端を金色に染める。


「まるでお母さんの優しい笑顔が、ページにそっと残ってるみたいだね……」


「ホーリーライト」の微かな光が手を照らす。彼女は一人、静かに呟く。


「うーん……やっぱり、誰もわたしのことパーティーに入れてくれなかった。ホーリーライトで亡魔獣をおびき寄せられるよって、ヒーリングや魔力回復もできるよって言ったのに……子どもだからダメとか、ポーションでいいとか……」


 姫奏は日記帳を指でなぞり、目を伏せる。


「お母さんの日記、10歳までのわたし、ぜんぶ当たってたよ。『6歳で聖職者になる』って書いてあったとき、本当にそうなったんだよね。ホーリーライトの育成に蓄積杖が必要だったり。お母さんの言葉、いつもわたしを強くしてくれた。でも、12歳の今がわかればなぁ……」


 彼女の声が少し震え、日記帳をぎゅっと抱きしめる。

 10年分の内容が書かれた厚い本は、彼女の小さな腕には少し大きく、革表紙の滑らかな質感が母の温もりのように優しく胸に触れる。色褪せた銀白の表紙は、まるで母の手がそっと姫奏を包むように、柔らかく、ほのかに温かい。


「みんな、聖職者は癒したり強くしたりする魔法が大事って言うけど、わたしのホーリーライト、意味があるよね。お母さんがわたしを育ててくれたみたいに、わたしもこの光、育てたい。お母さんが信じてくれたわたしみたいに、わたしもホーリーライトを信じるよ。……いつか、誰かに届くよね、きっと」


 姫奏は日記帳を抱いたまま「ホーリーライト」を灯す。夕陽に負けない光が、色褪せた表紙と彼女の瞳を照らし、弱音を越えた決意が宿る。


 夕焼けがまだ名残をとどめ、夜の気配がそっと重なり始める。橙と藍が溶け合う空は、言葉にできない静けさを孕み、見惚れるほどに儚い。ふいに、その空をかすめるように、一条の光が流れ、姫奏の大きな瞳を照らす。


「わっ、流れ星! 何か願わなきゃ!」


 彼女は小さな体を起こし慌ててパーティーを組めるように願おうと構えた。にもかかわらず思わず口にした願いは、自分でも意外なものだった。


「わたしに友達ができますように……!」


 言葉が口をついて出た瞬間、姫奏は「あれ?」と首を傾げる。蓄積杖を握る手が一瞬止まり、杖の装飾の十字架が微かな星明かりに揺れる。


(友達? わたしが……友達? ホーリーライトを育てなきゃ、みんなに価値をわかってもらわなきゃって、いつも思ってたのに……?)


 母の日記に支えられてきた彼女は、未知の希望を知らなかった。だが、流星の輝きに、友達という本当の願いが心の奥で小さく芽生える。使命に突き動かされてきた姫奏は、自分が本当に必要としているものに、初めて無意識に気づいたのだ。

 姫奏は小さく笑い、日記帳を胸に押し当てる。


「友達、かぁ……。ずっと諦めていたから、そんなの、考えたことなかったかも」


 日記の予言に縛られていた心が、未知の希望と期待に踊らされていく。

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純白の黙示録 うああじた @ruru62

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