純白の黙示録
うああじた
第1話 わたしが育てたいもの
丘の上の古びた墓地で、老園芸家は目を疑った。
ぱん、と音を立てるようにして開いた七枚の花弁。
光沢のある真珠のような白い花弁は、先端に向かって銀と紫のグラデーションに染まり、その中心では水晶のような雫が、まるでオーロラのように揺らめいていた。それは、まるで星々が地上に涙を落とした瞬間を閉じ込めたかのような輝きだった。
「
「うん、お母さんが好きだった花だから、お彼岸までに絶対咲かせたかったんだ〜。ね、生きていたでしょ?」
少女は無垢な笑みを浮かべた。朝日に透ける金色の髪と、異なる色の瞳がきらめく。
一つは澄んだ空色、もう一つは若葉の緑。天と地を見据えるその瞳は、まるで彼女がこの世界の境界を繋ぐ存在であるかのように、静かに物語を紡いでいた。
「もう枯れて咲く日はこないと言われていたこの花を咲かせるとは……さすが育成マニア」
老人が感嘆の息を漏らすと、彼女は静かに首を振って、柔らかな笑みを浮かべた。
「花はね。枯れたように見えても根っこは生きてるんだよ」
「おや、もしかして、この花も姫奏ちゃんが咲かせたのかな?」
少し大きめな黄色い花をみて。
「ん? あっ、それ
花弁を鋭い刃のように飛ばすその亡魔獣は、人々に「タンポッポ」と恐れられていた。
老人に襲い来る花弁を腰に纏っていたショートソードで華麗に捌く姫奏。
間髪入れず、ツルのような手足を切り裂きあっという間に根だけの丸裸にされたタンポッポはそのまま逃げ去っていった。
「ほほぅ、素晴らしき剣捌き!」
それを見ていた戦士の男が、感心した様子で言う。
「キミなら戦士のjobになれば、ウエストロッドいちの騎士にだってなれるだろう、歓迎するぞ!戦士ギルドに来なさい!」
「魔術師なら雨を呼べる。畑の水やりで助けてもらえたら村が救われる」
「いやいや、姫奏ちゃんは生き物を育てるのが得意なんだ、商人のjobになって、わしと一緒にトップブリーダーを目指そう!」
どこからともなく現れた商人の男。
「「「姫奏ちゃんはどのjobになるのかな」」」
同時に凄まれるが、彼女は花を見つめ、静かに答えた。
「えへへ、わたしがなるjobはもう決まってるよ、わたしは聖職者になるよ」
「聖職者、姫奏ちゃんの〈ヒーリング〉なら癒されそうだね」
「でも、ヒーラーにはならないけどね。それでは。いってきまーす」
姫奏が駆けていく姿を見送りながら、彼らは姫奏の話題が止まらない。
「とほほ、あんなに剣の腕前がいいのに剣を捨てるなんて……」
聖職者になれば命を奪う象徴の剣を持つ事が禁じられるため一際がっかりする戦士の男だった。
「聖職者になるのに、ヒーラーにはならない? どういうことだ?」
「それにしても6歳に思えないほど、しっかりした子だよ」
「そりゃそうさマニア城で育てられた子だ。そこにいるマニア達は、何かを極めた超越者だろ? そんな奴らに囲まれて育った子供だ、普通の子供じゃないさ」
――わたしの母は、"占い"マニアだった。
ほとんど予言に近い的中率で、大概の結果がわかってしまう、それはもちろん自分の死期も。
わたしの誕生日は、母の命日でもある。
母が死ぬ前に最後に占い続けたのは、自分が死んだ後の娘の成長過程だった。
その占いの記録は、10年分続き、『姫奏成長日記』として残された。
そんな母の後悔が、わたしを育てられなかったこと。
未来を占う事で、子供の成長を見届けて日記に綴ることができても、結局それは、結果だけで見ることも触れる事も出来ない虚空でしかない。
だからわたしは、母が成し遂げれなかった自らの手で育てるマニアになる事を選んだ――。
それは自らの意思でもあり、日記に綴られた確定された未来のためでもある。
「この花のように、強く、美しく、光を信じて生きなさい」と。
水と緑に恵まれた国――ウエストロッド。
その豊かな大地には、時折“亡魔獣”と呼ばれる魔の存在が現れる。
人々はjob職業と呼ばれる特殊な職能を得て、己のスキルで身を守り、生き抜いていた。
ウエストロッド中央聖堂では、聖職者志望者向けの職業講習が始まっていた。
木の長机と椅子が並び、壁には古びた聖職者の紋章が刻まれている。集まった若者たち、小さな子どもは姫奏1人だけだった。緊張した面持ちで座っている。
(んー日記で読んだ雰囲気よりずっと厳しそうな人だなぁ……)
壇上には、白と金のローブをまとった年配の女性講師、エレノアが立つ。彼女の目は鋭く、しかしどこか慈愛に満ちている。彼女は杖を軽く叩き、静寂を呼び込んで講習を始める。
エレノアはゆっくりとホールを見渡し、落ち着いた声で話し始める。
「皆さん、ようこそ。今日からあなた方は、聖職者としての道を歩むための第一歩を踏み出します。聖職者とは何か。それをまず、心に刻んでください」
彼女は一呼吸置き、杖を胸の前に掲げる。
「聖職者は、癒しと支援の担い手です。私たちの魔法は、傷ついた者を癒し、倒れた者を立ち上がらせ、闇に迷う者に希望を与えるもの。戦士が剣で道を切り開き、魔術師が炎や雷で敵を打ち倒すなら、私たちは命を繋ぎ、仲間を守るために存在します」
エレノアの声に力がこもり、聴衆の若者たちが身を乗り出す。
「間違えないでください。聖職者は戦う職業ではありません。攻撃魔法を振りかざし、敵を打ち倒すのは私たちの役目ではないのです。しかしなぜか、聖職者にも攻撃魔法と呼ばれたもの——〈ホーリーライト〉という魔法がある。ですが、聞くがいい。あれは攻撃と呼べるほどの力を持たず、ただ光を放つだけ。実戦では役に立たない、時代遅れの価値のない魔法です」
その発言を聞いた姫奏が立ち上がり、声を上げる。
「違うよ、先生。この世界に生まれたものには必ず意味があって、聖職者がホーリーライトを扱えることには理由があるんだよ」
それを聞いてエレノアも反論する。彼女は少し眉をひそめ、声を低くする。
「……もちろん聖職者にも自衛手段が必要だろう。そういう意味では攻撃魔法の一つは扱えるに越したことはない。だが、job職業の魔法には“枠”がある。最大50まで。そのうちホーリーライトを取得すれば、聖職者にとって最も重要な支援魔法の枠が10も削られてしまう。〈ヒーリング〉や〈ディスペルヴェール 〉を捨てて、亡魔獣を打ち破る力のない光るだけの攻撃魔法を残す……そんな聖職者、誰が信用するかね?」
周囲の講習生がざわつく「ただでさえレベルが上がりづらいって聞くし、貴重な魔法枠を無駄にできないよな」「5分の1死にスキルはやばすぎる」「ダメージが与えられない攻撃魔法に価値ないよ」そんな反応に傷つきながらも姫奏は信念を曲げずに告げる。
「それでもわたしはホーリライトを育てたい」
「ホーリライトを、育てる?」
エレノアが厳しい視線を姫奏に向ける。周囲の講習生達も異端者のような視線を向けている。
6歳の姫奏には重すぎる重圧に震えて。
(お母さんが見た未来と、わたしが目指す夢は一致している。だから大丈夫)
「皆から弱くて価値のないって言われているからこそ、わたしが育て上げなければならない。一人前の攻撃魔法としてわたしは育て上げます! ホーリライトで皆を守れる聖職者になってみせます!」
堂内に、しんと沈む静けさが流れた。
姫奏の真っ直ぐな言葉に、講師は言葉を詰まらせる。
「お前は、そうか、マニア城から来た……まぁ、せいぜい育ててみるといい。育成マニアめ」
「はい!」
エレノアは微笑み、穏やかに続ける。
「変わり者のマニアはそれでいいとして……。だが聖職者はあくまでも戦場で剣を振る者、魔法を放つ者を支える職。それが聖職者です。それを忘れないように。続いて実際の聖職者の魔法について話そう……」
エレノアの講習は、聖職者の使命を丁寧に紐解くものだった。
支援魔法の種類と効果を、彼女は一つ一つ解説する。姫奏は小さな体を揺らし、すべての言葉を心に刻んだ。なかでも、スキル発動に関する複数の詠唱について興味深く聞き入っていた。
「……これで聖職者の講習は終わりです」
彼女は杖を掲げると、ホールの天井から柔らかな光が降り注ぐ。講習生たちの目に、聖職者としての責任感が宿る。
エレノアは静かに背を向け、重たそうに教卓の奥へと歩き去っていく。
講習を終えたばかりの受講生たちに小箱が渡されていく。
箱の中にあるもの、商業スキルを扱う為の携帯端末だ。
姫奏は両手で受け取り目を輝かせる。端末は彼女の手にはまだ少し大きく、ずっしりと冷たい感触がある。表面は黒曜石のように滑らかで、まるで夜の湖面のように光を吸い込む。彼女が小さな指で触れると、端末が微かに振動し、淡い光が彼女の顔を照らす。
(わあ……きれい……。これで、わたしも聖職者になれるんだ)
姫奏は心の中で呟き、端末を胸に抱く。彼女の小さな指が無意識に表面をなぞると、端末に「ホーリーライト」の文字が浮かぶと迷わず取得する。隣にいた受講者が信じられないものを見るような目でみるが、姫奏は気づかない。彼女の瞳には、未来への純粋な希望だけが映っている。
ホールには、端末から放たれる微かな光がちらちらと舞い、まるで星屑が漂うような幻想的な光景が広がっていた。
講堂をでると、再び講師エレノアと再会する。
「姫奏。一つ言いにきました。極東の島国イーストエッグで、懐中電灯と呼ばれる誰にでも簡単に光を放つ道具を開発したそうです。この後、ホーリーライト使いはますます肩身が狭くなると思いますよ。それでもホーリーライトを使い続けますか?」
「懐中電灯のこともわかってます。わたし負けない、ホーリライトの光を信じて頑張ります!」
「そうですか。戦う聖職者なんて言語道断です。が、10年、貴女がまだホーリーライトを使い続けているなら、一人前の聖職者と認めてあげましょう。それまでは出禁です」
「はい!」
――ホーリーライト。
ただの照明魔法。時代遅れ。そう言われているけれど、
この魔法が何のために生まれたのかを、見つけてみたい。
まだ弱くて、小さくて、力なんてなくても――。
育てる価値があると、信じてあげられるのは、自分しかいないから――。
それは、ただの「光るだけの魔法」に、希望を託した少女の、最初の一歩。
育成マニア・
その名が語られるようになるのは、まだ少し先の未来の話だ。
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