【悲報】俺、家族じゃなかった

 俺は、10歳になった。ついに2桁である。ここまで長かった……。


 そして、この時から、いくつか大きな変化が起き始めた。


 まず、変化の1つ目。俺は基地への出入りを禁じられた。きっかけは、基地で受けさせられた適性検査だった。これは正義の味方としての素質があるかどうかを調べる検査で、この世界では十歳になると、ほぼ全員が受けるらしい。詳しい仕組みはよく分からないが、「素体」と呼ばれるものと適合するかどうかで判断されるそうだ。


 適応した虫や生き物の能力を宿して戦う――そんな説明をされた。

 正直に言うと、俺は少しだけ期待していた。だって正義の味方の子供なんだから、才能があってもおかしくないだろ? どんな力が眠っているのかわくわくして、前の日はなかなか眠れなかった。


 適性検査の結果は、すぐに出た。

 俺には、素質がなかった。


 問題は、その後の空気だった。

 部屋にいた大人たちが、一瞬だけ視線を交わし、それから、何もなかったように話題を切り替えた。


「じゃあ、今日はここまでだね」

「莉名ちゃん、よく頑張った」

「もう戻っていいよ」


 妙にみんなよそよそしかった。


 そして、その日を境に、俺は基地に呼ばれなくなった。

 相談室は、なくなったわけじゃない。

 ただ、「来なくていい」と言われた。

 正確には、「危ないから」「もう必要ないから」という、ふわっとした理由だった。




 それでも、相談のメールは来た。

 相変わらず、毎日、何十通も。


『今、少しいいですか』

『あの人に、どう声をかければいいでしょう』

『補佐官さんがいないと、正直困ってます』


 俺は、家の机で返信を続けた。

 いつも通りに。何も変わらないつもりで。




 ただ1つ変わったのは、基地に行こうとすると、止められるようになったことだ。

「もう、ここは莉名ちゃんの場所じゃないから」らしい。「え? 才能ないからってそんなに手のひら返すの?」ってちょっと思った。





 そして変化の2つ目。これが一番大きい。

 ……というのも、ついに! 悪の組織が壊滅したというニュースが飛び込んできたのだ!




 クラッカーと手作りのケーキを用意して、父と兄をわくわくと待つ俺。帰宅した2人に対し、パーン! とクラッカーをまとめて鳴らすと、父と兄は、死んだ魚のような目でこちらを見て、何も言わなかった。ひらひらと舞い散る紙吹雪、黙る2人、困惑する俺。その場に立ち込める重い沈黙。なんでなんだ。



 そして、父は、悪の組織が壊滅したのに、毎朝、決まった時間に家を出ることはやめなかった。どこに行くんだろう、と好奇心に負け、後ろをついていったことがある。すると、父は公園のブランコに腰掛け、ひたすらにゆらゆらと揺れていた。何かに疲れたような背中だった。俺はふと、前世の会社で退職していくご高齢の先輩方を思い出した。彼らは、決まって解放されたような、だがどこか途方に暮れたような顔をしていたっけ……。




 結局、父が俺に、悪の組織が壊滅したことを伝えてきたのは、なんと半年後だった。半年て。しかも、なんかすごく深刻な顔をして言われた。


「実は、父さんがずっと戦ってた悪の組織な、半年前に壊滅したんだ」


 うん知ってる。だって連日テレビでやってるから。そのサプライズが成立するためには、俺が半年ぶりに地下室から救出されたとかのシチュエーションが必要だと思うぞ……。


 しかし、俺が、わぁいと無邪気に喜ぶ顔を作ると、父はなぜかとても困ったような顔をした。


 ……いやわからん。何が不満なんだ……。悲しめばよかったのか……? 「じゃあ、お父さん明日から仕事なくなっちゃうね、ハローワーク行こ?」みたいな。そんな娘は嫌だ、というのは前世の常識だし……。この世界では、悪の組織が壊滅したら1年は喪に服すべし、みたいな決まりがあるのかもしれないな……。








 そして、あれは忘れもしない、6月2日のことだった。つまり、現在から2日前。


 父はその日も帰って来ず、兄も仕事と言って出かけてしまい。いつものように、手持ち無沙汰になり、テレビをつけてしまう俺。だって、掃除も洗濯も終わっちゃったから……。



 そうして、チャンネルを順に変えていると、父と兄の姿が映った。何やら正装している。


 俺は、とりあえずチャンネルを固定し、状態を把握することに努めた。なるほど、組織壊滅から半年記念、と。ちょっと俺の認識とタイムラグがあるけれど、どうやら残党を掃討し終わってから半年、ということらしい。兄が、胸を反らしてカッコつけながらインタビューに答えている。これが若さか……。


 そこに父もやってきたので、インタビュアーがマイクを一斉に向けた。


『そういえば、娘さんはこの場に呼ばれていないのですか? 平和が訪れたのですから、公の場に姿を現しても良いと思うのですが……』


 あ、俺の話してる。呼ばれてないっていうか、今日やること、そもそも知らない……。それを「呼ばれてない」というのかもしれない。




 すると、父は、にこやかに微笑みながら、兄の肩に手を掛けた。


『私に娘はいませんよ。子供は、ここにいる「ハイランドリール」だけです』


 ハイランドリールとは、兄のヒーロー名である。締め切り直前まで悩んでいたので、俺も一緒に考えたっけ。俺の提案した『モグモグパクパク』は即座に却下されたなぁ……。あの時の兄のブチ切れた顔はちょっと面白かった。……いやいやそれより。なんて? 娘がいない?



 俺は、真顔で、テレビにずいっと一歩近寄った。俺と同じ疑問をインタビュアーも抱いたらしく、不思議そうな口調で尋ねた。


『おや? リズンスターには、娘さんがお1人、おられたような気がしましたが……』


 そうだよな。俺も、かたずをのんで見守った。映っている兄も、どこか固い表情になっている気がする。そして、父は爽やかな笑顔のままで、口を開いた。


『気のせいでしょう。私にも、有難いことに、子供のファンが多いですから。ですが、神に誓って、私の家族は、今ここにいるこの子だけですよ』


 「私に娘はいませんよ」父の言葉が、何重にもエコーが掛かって聞こえた、気がした。神に誓って存在を否定されてしまった。……え? 俺、この家の子じゃなかったの? ……えっ? 俺は、同じ家に住んでるだけの1ファンだった……?






 そして、父と兄は、その日も、その次の日も、帰って来なかった。連絡も、全くなかった。俺は、丸2日、連絡のなかったスマホを、そっとポケットに入れた。



 ……この2日間、色々な可能性を考えた。父が照れ隠しにあんなことを言った説、父と俺は実は血が繋がっていない説、表では俺はいないことにされている説、などなど。 


 しかし、父は全く照れてなんていなかった。血が繋がってる云々の話はなかったし、インタビュアーも言っていた通り、組織が壊滅した今、表で俺をいないことにする理由がない。……と、すると。たどり着いた結論に、胸がぎゅっと潰されるような気がした。


「そっかー……俺は家族じゃなかったのか……」


 まあ、距離があるなとは感じてたけど。なんだかんだで、仲良くやれる日が来るのではないかと、根拠もなく思っていたのだ。でもよく考えたら、俺が正義の味方の1人娘とか図々しかったかもしれないな……。きっと正義の味方だから身寄りのない子を放り出せずに置いてくれていたとかそんなのだろう。






 そして、しばらく考え、俺は決意した。

 よし、家を出よう。

 さすがにこの状態で一緒に暮らすのは無理。普通ならまだ子供だから置いてもらっていいかもしれないが、俺は中身は大人だし。手元にはお年玉を貯めた貯金もある。さすがに無一文だとアレなので、家事手伝いの報酬としてこれはもらっていくことにしよう。




「お世話になりました」とだけ、部屋の机の上に手紙を残し、俺はさっそく近所のホームセンターで、テントや寝袋などキャンプ用品を一通りそろえた。今が真冬でなくて幸いだった。いい機会だから男の服装になってやろうと思ったのだが、俺の持っている服は女子用しかなく、買い替えるのも心もとないので、遺憾ながら、可愛いふわふわのスカートで出発せざるを得なかった。収入が安定すれば、真っ先に買い変えてやろうと思う。




* * * * * * * * * * * *




 というわけで、俺は、現在絶賛家出中なのだった。

 さて……これから、どこに行こうか。


 と言いつつ、俺の中には、1つだけ、候補があった。俺は、悪の組織の秘密基地を見たいと、ずっと思っていたのだ。



 かつて、俺がまだ小さい頃。父は、たまに悪の組織の話をしてくれた。たいてい悪いやつらだったけど、憎めないのもいたって。「敵は全部倒しちゃうの?」と尋ねると「毎回バレバレの死んだふりする奴がいてさ。面白いから見逃してやった」と答えが返ってきたり。くくくっと笑う父は、珍しかったっけ。



 俺が目をキラキラさせて話をせがんだからか、父は、ある日、「そんなに気になるなら、いつか連れて行って見せてやるよ」と約束してくれた。もう、父が果たしてくれることはないだろうから、自分で行くとしよう。



 地下に並ぶ無数の透明のケースと整備された通路、幹部が秘密会議をするやけに大きなテーブルなどが、俺を待っている……おっと。



 ……そうだ。出発する前に、これだけはやっておかないといけないな。






 俺は、自室にある古いスマホを手に取り、あのアプリを開いた。これまでずっと使ってきたリズンスター補佐官(非公式)の業務用SNSアカウントだ。



 メッセージは、相談室を開いた後も、毎日たくさん届いていた。返しきれないくらいの悩み相談、感謝、報告、進捗確認。今日までは、ひとつひとつ目を通していた。でも、もうそれはできない。



 最後の投稿は、簡潔で、業務的なものにした。







【重要なお知らせ】

本アカウント及び相談室は、担当者の退職に伴い、運用を停止いたします。

今後の対応については、各自、所属部署の担当者へご確認ください。

これまでのご支援、誠にありがとうございました。






 書き終えて、投稿ボタンを押す。すぐに「いいね」やコメントの通知がぽんぽんと増えていったけれど、もう見ないことにした。すまん若手の諸君。これからは直接、元父とやりとりしてくれ! 幸運を祈る!



 ……いやでもメッセージ飛んで来すぎぃ! 一桁から二桁、あっという間に三桁に達した未読メッセージに、俺は震えた。若手のみんなに一斉に何の悩みが発生したんだ。だがちょっと迷い、未読のまま、設定からアプリをアンインストールする。





 ……まあ、問題ないさ。きっと、誰かが代わりをやってくれるだろう。

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正義の味方の1人娘ですが、悪の組織に就職しました うちうち @morningusb

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