正義の味方の1人娘ですが、悪の組織に就職しました

うちうち

プロローグ

【正義の味方】             

・自分自身の具体的な目的がない       

・相手の夢を阻止するのが生き甲斐      

・受け身の姿勢               

・単独〜少人数で行動

・いつも怒っている             



【悪の組織】

・大きな夢、野望を抱いている

・目標達成のため研究開発を怠らない

・失敗してもへこたれない

・組織で行動

・よく笑う


           ~通説より~








 俺の名前は『戸倉 莉名』。10歳。現在、家出中の身だ。


 なぜこんなことになっているのか。それは、とある事情が関係していた。


 突然だが、俺には……前世の記憶がある。こんなこと、他人から言われたら一発でドン引き案件なのだが、事実なのだから仕方がない。ちなみに、たった1人の例外を除いて、誰かに打ち明けたことはない。ドン引き案件というのは、聞く方にも覚悟がいるが、話す方にも覚悟がいる。






 俺が前世の記憶を思い出したのは、5歳の頃だった。朝、鏡を見ると、髪の長い、見たことのない可愛らしい女の子がこちらを覗き込んでいたのだ。そして、「誰だこれ」という違和感からぼろぼろ湧き出てくる、様々な前世の記憶。


 ……高校の入試中に謎の腹痛に襲われる俺。


 ……大学で履修する科目を間違えて、留年する俺。


 ……就職し残業しすぎて、倒れる俺。

 

 ……自宅療養中に仕事を持ち込み、血を吐いて緊急搬送される俺。


 あらためて見ても、ろくな思い出がない。でも1つ、疑問は解決しそうだ。前世の俺の死因、きっと過労死。





 そして俺は、とりあえず前世と現在を突き合わせた結果、ここがほぼ同じ世界だということを理解した。つまり、ここは異世界とかではなく現代日本で、魔法があったりもしない。

 しかし。この世界には、俺の生きていた世界とは、1つだけ、大きな差異があった。

「ほぼ」同じ世界だと言った理由がここにある。その差異は、現在、俺の家庭に、非常に大きな影響を及ぼしていた。


 ちなみにその差異とは、前世が男なのに女になったことではない。そりゃあできれば男が良かった……! が、世の中の50%って女だもんな……。半分の確率を引けないのがなんだか俺らしいと言える。






 さて、5歳の俺は、朝の食卓で、父の顔をちらりと見やった。父は表情を全く変えずに、俺の作ったフレンチトーストをもしゃもしゃと食べている。まるで消しゴムでも食べているみたいな、つまらなさそうな顔だった。


 そして、いつも通り、父は口を開かずに朝食を済ませ(矛盾しているようだが、つまりは無言で食べたのだ)、いそいそと家を出て行った。それを見送り、テレビをつける。



『いやー、これまでのリズンスターの活躍は見事の一言ですね。専門家の方のご意見を伺ってみましょう。こちら、ヒーロー学を専門に教鞭をとられているワタナベ先生です』



 画面の向こうでは、髭を生やした真面目そうな男性が、何やら頷きながら、全身を金属で覆った不審人物が、怪人を光線技でじゅわじゅわと蒸発させている場面を眺めている。


 ……これだ。

 俺の前世との差異は、これだった。







 この世界では、いわゆる正義の味方と悪の組織が存在する。世界征服を企む悪の組織と、平和を守るために戦う正義の味方。決して相容れない両者は、日々、戦いを繰り広げていた。そして、それは俺にも無関係ではない話だった。それはなぜか。



『これからリズンスターの会見が開かれます』



 画面の中の父が、爽やかな笑顔を浮かべて一礼した。家ではついぞ見たことのない、見事な笑顔だった。会見と言いつつこれは録画だ。だって本人はさっき出て行ったばかりだから。





 つまり俺は、悪と戦う正義の味方の1人娘なのだった。









 1人娘ということで、今の俺は当然ながら女子である。最初はスカートなども断固拒否してズボンで生活していたのだが、父がなんだか悲しそうな顔をするので、渋々ながらに女子らしい格好をするようになった。未だに慣れない。いちおう話す時は「わたし」と言うし、基本的に猫を被って喋っている。ちなみに1人娘と言ったものの、兄が1人いる。日本語って難しい。




 父はいつも忙しく、帰ってくるのが夜中だったり、休日はいつもと言っていいほど呼び出されていた。一瞬、前世の記憶がざわざわと騒いだ。正義の味方には、果たして残業代という仕組みはあるのだろうか。


 そして父が俺を置いていくときは、家にやってきた知らない人が、俺の頭を優しく撫で、決まってこう言った。


「莉名ちゃん、お父さんは正義の味方なんだよ。みんなの平和を守ってるの。だから、わがまま言わずに、許してあげて」


 ……なるほど。確かにそう心配するのは、ある意味当たり前なのかもしれないが……。俺って大人だし。これは、今が打ち明け時なのかもしれないな……。






 俺はその日の夜、俺は父を、応接室に呼び出した。


「今から言うこと、信じてくれる? 笑わない?」


「父さんは全部信じるさ。正義に誓うとも」


 俺がじっと見つめると、父は、笑って胸をポンと叩いた。父が何よりも大事にしている正義に誓うとあって、俺は安堵のため息をつき、そっと切り出した。


「わたし、前世の記憶があるの。心は大人なの。だからね、1人でも大丈夫」


 すると、一瞬、父が真顔になった。そしてそのまま宙を見上げ、しばらくの間、黙る。具体的に言うと、5分以上。……長すぎないか……? いや。むしろ、突拍子がなさすぎる、か。






「やっぱり信じられないよね。こんな話」


「……いや、信じるさ。約束したじゃないか。正義の味方は絶対に約束を破ったりしない」


「ほんと!?」


 なんと父は、自分の娘に前世があることを信じてくれるらしかった。むしろそれで大丈夫なのか父さん。正義の味方ってすごすぎるだろ。


「……困ったときは隣の人に頼りなさい。父さんからも頼んでおくから」


「自分でできるところは自分でやっていいよね?」


「じゃあ、できる範囲で家のことは任せるよ。家の平和は莉名が守ってくれ。大人なんだろ?」


 任せるよ、任せるよ、任せるよ。という部分が、エコーが掛かって聞こえた。




 もう遥か昔のことだが、前世の俺は小さい頃、正義の味方に憧れたことがあった。正義の味方はどうして1人で戦うのだろう、と幼い俺はテレビの前で憤ったものだ。それが……今、俺は、正義の味方から、家の平和を守る任務を託されたのだ。


「任されました」

「さすが、莉名は俺の自慢の娘だよ」


 父はそう言ってポンポンと俺の頭を撫で、ぎゅっと抱きしめた後、足早に去って行った。






 そして、それから、俺は家の平和を守るべく、家事全般を請け負うようになった。当時、俺はまだ5歳だった。前世も入れたら成人しているので、特に問題はないだろう。



 ある日、掃除をしに父の書斎に入ると、机の上にカウンセリングのチラシがたくさん置いてあった。チラシのど真ん中には、「児童心理の専門家」という肩書の若い先生が笑顔で微笑んでいた。正義の味方には心労というものが多いのかもしれないな。お疲れさまである。







 そしてそのうち、家事以外にも俺の仕事がいくつか増えた。具体的には2つ。


 まず1つ目。父は、いつも怪人とメインで戦う仕事を請け負うだけあって、おそらく正義の味方陣営の中で最も人気があったが、その代わり、愛想というものがなかった。たぶん、ドッキリなどには全く向いていない類の人種だろう。


 そこで、ある日、基地から依頼が来た。リズンスターの日常の一コマを伝えられるような写真を、家族としてSNSに投稿してほしい、というものだった。


 もちろん、写真の投稿は基地のチェックが入るし、父の戦闘中の画像などは一切使えない。だから俺は、朝食を前にしてスプーンを構える父や、洗濯機の前で妙に緊張した顔をしている父、寝癖のついた頭で新聞を読んでいる父など、あくまで「日常のヒーロー像」を狙ってシャッターを切るようにした。


 ――俺の撮った写真は、結構な人気を博した。




 そして俺のささやかな活動は、父のイメージを崩しすぎず、かすかに人間味を足すことができたようで。今や俺のSNSのフォロワー数は、個人が管理していい規模を遥かに超えていた。







 増えた仕事、2つ目。父は、愛想もないが、コミュニケーション機能も不足気味である。正義の味方には、どうやら一社会人としての能力より、怪人を殲滅する能力が求められるらしい。


 さて、そんなある日、基地経由で、俺あてに、ある若手ヒーローからのメッセージが届いた。



『写真を見て、あの人に近い存在なんじゃないかと思って……もし迷惑でなければ、少しだけ聞いてください。教えてほしいことがあるんです……』



 最初は単発だった。けれど、次第に増えていく質問。父はどれだけ謎の存在なんだ。本当に大丈夫なのか父さん。



『リズンスターさんって、怒ってるときも無表情なんでしょうか』


『報告の仕方、変えた方がいいですか?』


『無言で去られたのは、やっぱり嫌われた……?』



 俺の知る父を元に返事をして、その後の様子を聞いてみると、どうやら相談主の悩みは無事に解決したようだった。が、噂を聞き付けたのか、他の若手からの質問が舞い込むようになり、やがて、俺には非公式な1つの肩書がついた。



 ――「補佐官さん」。



 補佐官さんの業務は1つ。悩める若手の正義の味方向けの、相談担当である。もちろん俺に正義の味方の悩みなんてわかるわけがないのだが、なんと若手の悩みの実に9割はリズンスター、つまりは父との付き合い方だった。


 そして補佐官さんは、リズンスターの真意を若手に伝え、若手の気持ちをリズンスターに翻訳して伝えるという重き任務を背負っていた。ちなみに補佐官さんと俺が名乗ったわけではない。あだ名である。




 ということで、俺は日々、小学校に通いながらも、なかなか忙しく働いていた。もちろん、家事はすべて受け持っていたし、父や兄のお弁当作りは欠かしたことがない。だが、一番時間がかかるのは、やはり補佐官さんとしての仕事だった。毎日数百件のメールに応答するのはさすがに骨が折れる。というか、正義の味方の組織には相談窓口とかないのか? やっぱりブラックなのでは……。



 そして、「メールの量が多くて……」と俺が基地の人に愚痴ったところ、なんと基地の一角に「補佐官さんの相談室」が作られた。仕切りで部屋が区切られており、補佐官さんの姿は見えないようになっている。行ったことはないが、教会の懺悔室もこんな感じなのだろう。



「やはり失敗したことに怒ってるんでしょうか……?」


『いや違うな。どう指導したらいいか迷っているだけだ。少し待っていれば助言が来るさ』


 仕切りの向こうから、変声マイクによる渋い男性の声で適当に返事をする俺の元には、毎日若手がやってきた。猫を被らず普通に男として対応できるのが嬉しくて、俺はほぼ毎日、放課後は相談室に入り浸っていた。正直ノリノリでやってた。普段は女子として振舞っている俺が素で過ごせる癒しの時間。しかも人助けになる。WIN-WINではないか。




 しかし体力がないせいか、家で夕食を作り終わるころにはすぐに眠くなり、寝床に潜り込んでは泥のように眠る日々。もう少し大きくなったらランニングしようと心に誓う俺。







 ところで、ここまで話に出てこなかった兄のことだが。

 これが俺とはすこぶる相性が悪かった。というか、おそらく一方的に嫌われている。7歳上の兄は、正義の味方の見習いみたいな立ち位置で毎日訓練に明け暮れているのだけど、俺が「兄さん、お帰りなさい! 今日も訓練お疲れ様!」と猫を被って駆け寄ると、仏頂面で「うるせー黙ってろ」とか普通に言われる。悲しい。


 しかし、よく考えたら、正義の味方の後を継ぐって、とても大変なことでは……? 中学を卒業したら、世界を救ってくれって言われているようなものだ。せめて俺は優しくしてやろう。



 そして俺が、人生の先輩として変わらず笑顔で接していると、兄は次第に理解の出来ないものを見る目になり、距離を取られるようになった。なぜだ。










 ――そして、俺が補佐官さんとして働き始めてから数年後。

 俺は10歳……小学4年生になった。聞けば兄も、10歳になって、後継者としての道を歩み始めたらしい。


 俺は、未来で正義の味方になっている自分を想像して、ちょっとにやけた。

 きっと忙しい。きっと大変。でも、それがいい。

 基地を走り回って、名前を呼ばれて、次から次へと仕事が舞い込んで。

 気づいたら一日が終わっていて、「今日も頑張ったな」って思うんだ。




 ああ、早くそんな日が来ないかなぁ……!


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