神「常識を1つだけ改変してやろう」
ちかてぃ
神「常識改変を1つだけ改変してやろう」
ある日の事である。何気ない現代的で一般的な日常を過ごす時間に心の底から感謝した瞬間であった。
眩い光が眼を差し私の瞼を動かせる。暫くして落ち着いたその光を前に、薄ら薄らと目を開けたその前には「神」がいた。
神は言った。
「この世に存在する"常識"を1つだけ改変してやろう」
常識とは?言わば人類が薄く持つ共通認識であり、明確に定型化されていないものも多い。それらを守らない者は法的に問題は無くとも基本的に何かに悪影響をもたらし、人間関係の破綻や将来的な自己の問題に繋がるのだろう。そうでなければならないだろう。
そして、私の眼前に居られる神はその常識とやらを、私の意思で1つだけ改変してやろうと言うのである。
まず前提として、これを拒否するのは論外であろう。"常識を改変する"というのは、言わば自分の好きなようにルールを変える事であり、人生をゲームとして例えるならば、自らに有利なルールを作る事がどれほどに効力を発するかは、想像に安くない事だ。
して、改変を願う事は確定したが、どのような願いをするか?それを考える前に、私は幾つかの"前提事項"を神に投げ掛ける事にした。
Q「改変された常識が、他の常識と競合し破綻する場合はどうなる?」
A「他の常識が消える、また私が齟齬を無くす範囲で適当な常識を足してやろう、しかし足し引きするのは常識だけである」
Q「改変後の世界と改変前の世界で歴史的に大きな齟齬が生まれた場合は?」
A「歴史は改変され、それに応じて社会もそれ相応に変化するだろう」
Q「改変内容は利己的でも良いのか?」
A「問題はないが、それによる社会,歴史の変化に私は手を出さない」
Q「では最後に、その常識は絶対に守られるのか?」
A「不明瞭なものを絶対に守れた人間は、今でも1人もいない」
して、考えるべき事は決まった。まず、前提として神は改変による世界自体の改変も可能であるとした事だ。
それはつまり、時間的制約を越えて私が今生きている時代より前にその常識が改変されると推測出来る…例えば普遍的な常識であれば、それは恐らくコミュニケーションを可能とし始めた時代に生まれるだろう、逆に「私という存在を認知する」のような、私が生まれていないと破綻する常識は、私が生まれてから急に誕生すると思われる。
つまり、願う内容によって、ある程度誕生の瞬間は操作でき、それらを考慮しての改変内容を考えるべきである。
仮に時間的な破綻のない"極度に傾倒した常識"を足してしまえば、恐らく人類史は大きく変わり、現代人全ては生まれなかった事になるのだろう。
即ち私が願うべき常識の内容は「社会に大き過ぎる影響をもたらさない範囲で、功利主義的に良い結果を出せる常識」である。
しかし、それは困難だ。
何故なら"イレギュラー"の存在だ。例えば、「ゴミの分別はちゃんとする」なんて常識があるが、それを守らない人間が居るのは事実。神にも問うたが、常識は守られない場合もある。
つまりそれは、功利主義的に良い結果を"出せない事"に繋がるだろう。
とはいえ、良い結果を出す方法は簡単だ「人を殺してはいけない」という常識を守る人間は、ゴミの分別をする人間より圧倒的に多いだろう。これはつまり、その常識の社会的影響度の強さに応じてイレギュラーも減るという事、しかしその社会的影響度の強い常識を新たに改変すると、社会を壊してしまうかもしれないと。
ならば、どうするべきか?社会を壊さない範囲で…社会的影響度が強く…功利主義的に良い結果を出せる…
そんな常識はあるのだろうか?
私は難題に対し候補を幾つか、考えてみる事にした。
まず第一に思い付いたのは「自分の認知は常に60%の確率で間違っている事を考慮する」だ。
人類史に置いて、失敗というのは大抵「自分が正しい」という思い込みから始まる。ただの自己不信にならない範囲で常に自らを疑う事は、思考の質を高め良い結果を生み出す事となるだろう。
しかし、これではどうしようも無い問題もある。"自分の認知が間違っている可能性を考慮する"というのは、自らの行動を顧みれても他者の行動は顧みれない。それに、自分が間違っていると思う事は、人間という存在にとって少々難しい事だ。イレギュラーの数はそれ相応になり、現在ある失敗を改変によって消失させる事はかなり運に任せる事になるだろう。
となると「自己の認知は常に60%の確率で間違っている事を考慮する」という改変は、社会的影響度と社会破綻可能性はクリアだが、最大幸福を満たす事は出来ないだろう。即ち、論外だ。
第2に思い付くのは「強欲は名誉を棄損する」だ。
現在にも強欲は悪という価値観は根付いているが、それでもイレギュラーは多いし、現在の資本主義は強欲を良しとしている印象だ。それ程までに欲望というのは強いのだから、それを抑える常識を1つでも改変させれば良いのでは無いだろうか?
特権階級の圧政は減り、社会主義に傾倒した国家が増える事になるだろう。しかし、やはり欲望を抑えるというのは困難であり、イレギュラーの存在を考慮せねばならない。それこそイレギュラーにより、私が生まれている時代には常識が消えてしまう可能性も高い。
社会的影響度は貧困層全体の最大幸福化という観点から見ればかなり良い結果であるが、社会全体の共産化は、技術進化の停滞が考えられ、それは功利主義的に宜しく無い。即ち、これも論外である。
第3に思い付くのは「複数の主張の相違点は、主張者の名誉を棄損するものではない」だ。
汎ゆる喧騒は「名棄棄損」によって発生する、しかしそれらの殆どはただの「主張の食い違い」であり、名誉を棄損したものではない。
その最悪の勘違いを、常識改変によって減少させる。これにより、議論の質は途轍もなく高まり、"反論"が美徳とされる世界へ変化するだろう。それは民主制の進化を意味し、独裁政や絶対王政などの失敗した政治形態を減らせる事となるとも思える。
理想論チックだが、功利主義的的によろしい結果になる可能性は高い。何より、恐らくイレギュラーの発生が少ない事が良いだろう。主張の相違に対し苛立ちを覚えるのは、結局の所その者が無知である事または何らかの問題を抱えているからだ。それを常識という形で保護し、名誉棄損と思い込まない事は、なんら難しい事ではない。
となると、イレギュラーの発生確率は低く社会が破綻してしまう可能性も低い…これで、人類史に観測される「愚かな勘違い」は粗方消せるだろうが…純粋に「利益」を求めた結果生まれた損失は消せないだろう。
「あなたの国の土地が欲しいです」なんて言っても、当然拒否されるだろう。そう言う事が名誉棄損にならなくとも、土地が欲しい事に変わりないのだから戦争は起きる。
それ即ち、外交手段としての戦争を止める事は出来ない。となると、より理論的な議論を出来るようになった各国は"外交としての戦争"の有用性を深く理解し、戦争は増えてしまう可能性は考慮すべきであり、既存の名誉の回復を目的としない侵略戦争の殆どは消えないだろう。
それは功利主義的に良い結果とは言えない、この常識は候補程度に収まるだろう。
第4に考え付いたのは「人類は共同体である」という常識だ。
まず、こう思い込む事で社会を破綻させる可能性は少ないだろう。共同体であるという認識を持つことで、国境や海すらも越えて、言語も人種も関係なく仲間意識を持つ事になる。これは差別を減らす事となり、戦争の発生も減らすだろう、共同体意識を持つ事で先程の改変候補の問題点である「利益を追求した争い」というのも減らせるはず。
イレギュラーが発生したとしても、常識の影響力の強さによっては排他意識により、イレギュラーを自ら排除してくれる可能性も高い。それが正しいとは言わないが、何かしら問題を起こされて大きな歴史的損失を齎すほうがよろしくない。
平等を目指すものでも無いので、資本主義社会との整合性は取れ技術進化の速度も変わらないどころか、各国が協力し速くなる事も想定できうる。
だが…やはり過度な共同体意識は社会主義への傾倒が考えられてしまうだろう、それに共同体意識は小規模であるまたは宗教の様に偶像でも"完璧なリーダー"がいるから成り立つものだ。大規模化すると、間違った方向に進んだ瞬間に奈落に落ちてどうなるか予想できた物じゃない。
功利主義的に良い結果をもたらすが、社会的影響度が高すぎて何が起きるかは運だ。候補の1つとしてはアリだが、運に左右されやすく危険な常識だろう。
第5は「無知である事は自身の名誉を棄損しない」だ。
この常識によって「知らない事を知らないと言う」をやりやすくする土台を作り、効率性を高める。
社会的に大きな動きが生まれる訳でも無いが、個人間での問題解決は進むだろうし、それこそ知らないままに突っ走って自滅する…だなんて所業も減る。
イレギュラーの可能性も少ないだろう、知らない事を知らないと言う事は恥ずかしい事ではないとさえ認識していれば、誰でも出来ることだ。それが常識として全人類に浸透するのであれば、イレギュラーは考えるまでもなく少ない。
逆に国家間の交渉などでも質問が多く出て、効率的な議論を可能とするだろう。そう考えると、社会的影響力は大きいが先の理由からも社会を破綻させる可能性も少ない。
だが、この常識の追加は単純な"失敗"を減らすものであり、今まで問題視してきた殆どの悪事を減らすものでは無い。議論の場にさえ立てば良い結果をもたらすだろうが、議論の場は今まで通り作られづらいままだろう。
幾つかの内容を考えてみたが、どれも穴はある…私はどのような改変を願うべきなのだろうか?
そんな時、神託と言った方が良いのだろうか、悩み続ける私を前に、神はこう述べた。
「お前の願い1つで、歴史はそう変わらん。何故ならば、生まれるものは生まれ、消えるものは消えるからだ。」
そう言われた私は1つの疑問が浮かんできた。どうやら、絶対に確認しておくべき事項を忘れていたようだ。これは私の致命的なミスである。
私は1つ、神に疑問を投げ掛けた。
A「その常識は、他の常識のように時の流れによって消えうるのか?」
Q「1つだけ、特別扱いをする訳にはいかない。」
つまり、それの意味する事は1つだ。常識は歴史の"正義の側"によって簡単に変えられうるもの…それこそ、今私たちが普遍的に感じている常識だって、最初は弩級の悪人が国を乗っ取り制定した最悪のルールの1つだったかも知れない。
私が願う事に意味が無いとは言わない。しかし、私の思う理想の常識が存在しない事は、決まってしまった。
であれば、どうするべきか?
正直に言えば、ここまで条件が狭められたら結論は簡単に出るだろう。結局の所、私は自分の時代が良くなれば、それで良いのかもしれない。いやはや、私もまだまだ未熟である。もっと、常識を疑うべきだったかな。
私は改変を願った。
そうして、神は言った。
「では、"改変"する。」
……………………………………………………………
残念ながら、世界が大して変わる事は無かった。世界大戦が起きなかった事にならない。差別は依然として存在する。社会問題も理性的でない喧騒も多い。
だが、間違いなく変わった事はあるだろう。
その変わった結果は、神しか知り得ないのだが。
神「常識を1つだけ改変してやろう」 ちかてぃ @chikati
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