第20章「新たな時代へ——職人の遺産」
魔王討伐から五年が経った。
世界は、大きく変わっていた。
◇
王都アルヴェスの「建設院」は、今や大陸最大の教育機関となっていた。
本部の建物は五階建てに拡張され、数百人の生徒が学んでいる。各地に支部が設立され、技術者の養成が進められている。
「大親方、次の講義の準備ができました」
トムが報告した。今や彼は、「建設院」の副院長を務めている。
「ああ、今行く」
健太——いや、この世界では「大親方ケンタ」として知られる彼は、講義室に向かった。
教壇に立つと、若い顔が並んでいる。第六期生たち。彼らは、「建設院」で技術を学び、各地に散らばって建築に携わる。
「今日は、『安全の哲学』について話す」
健太は黒板に大きく書いた。
『安全第一』
「これは、俺が異世界から持ってきた言葉だ。意味は——」
講義が始まった。
◇
講義を終え、健太は王城に向かった。
王との定例会議だ。
「大親方、報告を」
レオンハルト三世——いや、今は五年の歳月で髪に白いものが混じり始めた国王が言った。
「はい、陛下」
健太は資料を広げた。
「王国全土の建造物点検が完了しました。危険箇所は九割方補修されています。残り一割も、来年中には完了予定です」
「素晴らしい」
「また、各地の『建設院』支部から、技術者が着実に育っているとの報告が来ています。もう数年すれば、私がいなくても、この国の建築は安全に維持できるようになるでしょう」
王は微笑んだ。
「お前がこの国に来てくれて、本当に良かった」
「……ありがとうございます」
◇
王城を出ると、リーナが待っていた。
今は騎士団長となり、王国の守りを担っている。
「健太。久しぶりだな」
「ああ。元気そうで何よりだ」
「お前もな。……相変わらず、働き過ぎじゃないか」
「職人だからな。手を動かしてねえと、落ち着かねえ」
二人は並んで歩いた。
「他の連中は元気か」
「ああ。ガルドは『建設騎士団』を率いて、災害復興の最前線に立っている。メイリルは『魔導建築学』の研究で、学会を席巻中だ」
「そうか」
「ブロックはドワーフ族に技術を広めてる。ポップは各地を旅しながら、技術指導をやってるらしい」
「……みんな、頑張ってるな」
「ああ。お前のおかげだ」
「俺のおかげじゃねえ。みんなの力だ」
リーナは笑った。
「相変わらずだな、お前は」
「何がだ」
「謙虚なところが」
二人は街を歩いた。
五年前と比べて、街並みは大きく変わっていた。傾いた家屋は直され、崩れかけた橋は補修され、危険な建物は建て替えられている。
「良い街になった」
健太が呟いた。
「ああ。お前のおかげで」
「だから、俺のおかげじゃ——」
「いいから、たまには素直に褒められろ」
健太は苦笑した。
◇
夕方、健太は新築の橋の前にいた。
職人たちが、最後の仕上げをしている。「建設院」の卒業生たちだ。
「大親方、完成しました」
若い職人が報告した。
「よくやった。見せてもらうぞ」
健太は橋を点検した。「現場監理」のスキルを起動し、隅々まで確認する。
「……問題ない。合格だ」
「ありがとうございます!」
職人たちが歓声を上げた。
健太は橋の上に立ち、仲間たちを見回した。
若い顔。希望に満ちた目。五年前、自分が教えた生徒たちが、今はもう一人前の職人になっている。
「よし、最後に一つ」
健太は深呼吸をした。
そして、二十年以上前から変わらない、あの言葉を口にした。
「ご安全に」
職人たちが唱和した。
「ご安全に!」
その声は、夕暮れの空に響き渡った。
◇
夜。
健太は宿の窓から、星空を見上げていた。
五年前、この世界に来た時のことを思い出す。何も分からず、何もできず、ただ茫然としていた。
だが今は——
「変わったな」
呟いた。
この世界も。そして、自分も。
異世界から来た、ただの鳶職人が、「大親方」と呼ばれるまでになった。王国の建築を支え、技術者を育て、世界を少しだけ安全にした。
「……満足か」
自分に問いかける。
答えは——
「まだだな」
やることは、まだたくさんある。自動修復システムに頼らない建築技術を確立するまで、あと数年。その後も、次の世代を育て、技術を伝え続けなければならない。
だが、それでいい。
それが、職人の生き方だ。
◇
翌朝。
健太は新しい現場に向かった。
郊外の村で、老朽化した集会所を建て替える仕事だ。「建設院」の生徒たちも同行している。
「大親方、今日もよろしくお願いします」
「ああ。さあ、始めるぞ」
健太は道具を手に取った。
空は青く、風は穏やかだ。絶好の現場日和。
「まずは基礎からだ。地面を掘るぞ」
生徒たちが作業を始める。健太も自ら鋤を握り、土を掘った。
汗が流れる。筋肉が悲鳴を上げる。だが、それが心地よい。
これが、自分の仕事だ。
これが、自分の生きる意味だ。
◇
昼休み。
生徒たちと一緒に、弁当を食べていた。
「大親方、一つ聞いてもいいですか」
若い生徒が言った。
「何だ」
「大親方は、異世界から来たって聞きました。向こうの世界に、帰りたいとは思わないんですか」
健太は少し考えた。
「……最初は、思ったこともあった」
「でも、今は?」
「今は——この世界が、俺の居場所だ」
生徒は不思議そうな顔をした。
「どうしてですか」
「仲間がいる。弟子がいる。やるべき仕事がある。それ以上、何が必要だ?」
健太は空を見上げた。
「人間ってのは、居場所があれば生きていける。俺は——ここに居場所を見つけた」
生徒は黙って聞いていた。
「お前たちも、いつか見つけるさ。自分の居場所を」
「……はい」
◇
夕方。
作業を終え、健太は村の入り口に立っていた。
明日も、明後日も、ここで作業が続く。そして、この村の集会所が完成したら、次の現場がある。その次も、その次も。
終わりのない仕事。
だが、それこそが、職人の幸せだ。
健太は深呼吸をした。
そして、いつものように——
「ご安全に」
誰もいない道に向かって、呟いた。
その言葉は、風に乗って、空へと消えていった。
◇
これは、一人の鳶職人が異世界に転生し、その「現場力」で世界を変えた物語。
戦闘チートも、魔法チートもない。
あるのは、二十年の経験と、「ご安全に」という信念だけ。
それでも——
世界は、変えられる。
一人の職人の手で。
【完】
鳶職人×異世界転生『俺の現場力が異世界を変える』〜鳶職人、勇者パーティの建築顧問になる〜 もしもノベリスト @moshimo_novelist
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