閑話2

⭐︎夕飯をしっかり食べたはずなのに、お腹がすいちゃって夜食をこっそり食べる話。

⭐︎本編完結後だと思って読んでください。



 霧島side


 真歩と暮らし始めて半年が過ぎた。月日という物は無常なまでに素早く過ぎていき、思いを伝い合った冬は去年の事になっていた。


 しかし、月日を過ごすという事は何も悲しい事ばかりでは無い。まず、俺の生活の質は間違いなく向上した。恋人になってから一人暮らししていた時期は、真歩が思ってくれるならとコンビニ弁当から、下手くそながらに自炊をするようになった。下手の横好きではあるが、人に食わせられる程度には上達したものだ。

 次に、真歩との時間が幸せだと自覚する事が出来るようになった。表立って手を繋いだり、外でキスしたりなんかは、本当はしたいけれど真歩が恥ずかしがるから家でしか行えない。ただ、顔を赤める真歩も、笑った顔も全て俺のものになったと思うと気分が良い。何より、俺の少しの施しで天地がひっくり返った様に喜ぶ真歩を見ているだけで、俺は幸せ者だ、と感じるのだ。


 真歩と暮らし始めてから、2人の新居へ引っ越した。東京から動く事は無かったが、真歩の会社が少し近くなって2人で居れる時間が少し長くなった。俺は相変わらず『武灯冬和』を名乗りながら物語を書き続けている為、在宅で仕事をさせて貰っている。出勤前、真歩が玄関で土足に履き替えている時に頬に軽いキスを落とすのがマイブームになった。

 真歩が休みの日は2人で食料品や消耗品の買い物なんかに出かけて、帰り道に友達や親友とは違う距離で並んで歩く。俺が幼少の頃は味わえなかった“ありふれた幸せ”という物を真歩と共有できている。


 再開したての真歩は、「自分は子供だから、何も知らない」「霧島の方がよっぽど知っている」なんて顔をしていたが、間違いなく“家族の在り方”を教えてくれたのは真歩だ。

 そんな真歩に感謝してもしきれないし、何より歪な俺の隣に居座ってくれた事実が途方もなく嬉しい。それを感謝したくて思い付きで購入したペアリングを渡した時の真歩の、驚きとも、嬉しさともいえる泣き笑いは今でも心の中に居座ってくれている。


 そんな真歩は、毎日の様にペアリングを着けてくれていて、休日に得意の料理を振るう左手で美しく光を反射させている。他でもない俺が贈ったものを喜んでくれている真歩が可愛くて、出来き上がりつつある料理よりも真歩の横顔を追っかける事に必死である。


「お待たせ、冬一。今日は鶏そぼろ作ってみたぁ」


 テンポよく副菜や汁物、白米を並べていく真歩。そして最後に、ドンッと大皿に盛られた鶏そぼろが出てくる。つやつやとLEDの光を打ち返す汁が良く染みたの鶏そぼろが湯気を上げながら机上へ鎮座した。相変わらず料理の上手な真歩の手料理達は、俺が作る物と雲泥の差で旨そうだ。


「すげー!めっちゃ旨そうじゃん」

「冬一の為に美味しくなるように念じて作ったからね」

「ぶふっ…!念なんだ」


 軽口もそこそこにしないと腹の虫が騒ぎ出しそうで、椅子に座っている体がそわそわと揺れる。早く食べたい、と顔に出さないように笑顔を張り付けているがバレてしまうのも時間の問題だろう。


「「いただきます」」


 2人で向き合って手を合わせるが、はやる気持ちが抑えられなくて早速鶏そぼろに手を伸ばした。

 ホカホカのごはんに、つやつやの鶏そぼろを乗せて一口。甘じょっぱい砂糖醤油の味と、出汁と鶏肉のコクが箸を止めさせない。小鉢で出された青菜の芥子和えと合わせればコクをすっぱと打ち切ってくれるさわやかな辛みが癖になる。

 もぐもぐと真歩の料理に舌鼓を打っていれば、蕩ける様な笑顔で俺を見る真歩の目が合い笑い合う。


「食わねえと、全部食っちまうよ?」

「冬一は小食だからなぁ~。おれが全部食べるの」


 同じような締まりのない顔をして食卓を囲んで笑い合う姿。小さい頃に夢見た“家族の形”をしている気がした。



 その日の深夜。小さな飢餓感を感じて霧島は目を覚ます。成人男性2人で寝転がるには余裕たっぷりのベッドには、愛しい恋人が長いまつ毛で太陽色の綺麗な双眸を隠してしまっている。

 小さく緩やかな寝息が真歩の髪の毛を揺らしている。寝る前までは霧島に抱きついていた腕は寝返りを繰り返して離れていってしまっていた。

 可愛い寝顔にふっと笑みを溢しても、腹の減りは収まらず、バレないようにベッドから抜け出す。肩を肌蹴させて寝ている真歩に、霧島の体温で温まった布団をかけ直してやった。


 さて、小腹満たしたさにキッチンまでやってきたが何を食べようか迷いどころである。インスタントの袋麺では重すぎるし、食パン一枚じゃ味気ない。おかずを乗せようにも白米は食べ切ってしまったし、今日の夕飯は和食だ。到底食パンには似合わない。仕方なく袋麺を取り出そうと棚へ振り返った時。


「真歩!?」

「……」


 暗闇の中、扉の隙間からジト目でこちらを見つめる真歩がいた。

 幽霊でもみたようなゾッと血圧が下がるような不穏な雰囲気を持つ真歩に、霧島の寿命が縮こまる心地である。


「お腹……すいたの?」

「お、おん。だからちょっと夜食を……」


 ススス……と扉から姿を現した真歩は、旅館の女将の様な滑らかさで霧島の隣へやってきた。そして、がっしりと両肩を掴まれる。前髪で真歩の瞳が見えず、「怒られるかも……」と覚悟を決めた霧島は恐る恐る真歩と目線を合わせた。


「夜食ならまかせろ!」

「へ?」


 底抜けに明るい真歩の一言は、サムズアップされた親指と共に朗らかに言ってのける。

 霧島の推理は便乗した真歩によって邪推に終わった。



 悪戯をする少年の様な面持ちの真歩が腕まくりをしてキッチンへ立つ。その横では夜食の完成をじっくりと観察する霧島の姿がある。テキパキと材料を並べる真歩の表情は笑みを堪えるのに必死で、霧島とする初めての〝悪いこと〟への衝動が止められないようだ。

 並べられた材料は以下だ。10枚切りの食パン、半分だけ食べられたレトルトカレー、夕飯の残りの鶏そぼろ、蕩けるチーズ、サラダ用に購入したミニトマトだった。果たして一体これから何ができるのか、想像がつかない霧島は真歩の邁進におっかなびっくり苦言と言うなの質問をする。


「……これ、何になんの?」

「まあまあ、できてからのお楽しみ」


 真歩はルンルンと食パンの封を切り2枚取り出した。オーブントースター付属の凹凸のついた鉄板へパンを乗せた。次に、上部が少し水気を失ってカピカピになっている食べかけのレトルトカレーをパンの上に塗り広げ始めた。「え?物理的カレーパン?」と初めて見る工程に目を向く霧島とは裏腹に、味の足し算を繰り返す真歩は不安な様子は一切見られない。


「これマジ、何味なんだろ……」


 口の中で噛み砕いた言葉がポロリと溢れ落ちた。そんな事も意に返さない真歩は続けて鶏そぼろに手をかけた。そしてそのまま、鶏そぼろを豪快に物理的カレーパンの上に散らしていく。


「真歩!?」


 まさか、一品になるとは想像もしていなかった霧島はびっくりして真歩の名前を呼ぶ。和食とインド料理の合体された産物を作っている真歩は霧島に名前を呼ばれた理由がわからず、クエスチョンマークを頭に浮かべている。


「合うのか?これ」

「うん、合う合う。多分」

「多分!?」


 真歩の意外な返事に霧島が再度仰天する。まさか、初めて作る料理だったとは思わなかった霧島は、真歩の作る料理がまずいわけない、しかし何を食わされるのかわからない、という真歩を信じたい気持ちと、未知との遭遇で心の天秤が揺れ動いている。


「最後に〜」


 一粒のミニトマトを半分にわり、霧島と真歩の食パンに一個ずつ乗せ、業務用の蕩けるチーズを下が見えなくなるまで振りかける。

 予熱しておいたトースターにパンを突っ込んだ真歩は霧島へ振り返る。その手にはピースを携え混沌は満足気である。


「名付けて即席カレーピザ!絶対美味しいから!」


「そんな顔しないで!」ふふんと、鼻を鳴らした真歩に励まされるが、霧島は味が心配で仕方なかった。トースターに温められているパンは、少しずつ狐色に変化し、溶けたチーズがぷつぷつと気泡を作ってはパチンと弾けさせる。何処となく旨そうな香りがして腹の虫がギュルゥと一度鳴いた。

 チン、軽い音を立てて温め終了を合図したトースターは、早速2人によって開かれる。内側の照明が落ちて、完全な出来上がりは見れなかったから、完成品が楽しみである。

 手前へ引いて姿を現した即席ピザは、ほんのり湯気を上げながら姿を現した。こんがり色目がついたパンとチーズ。ぐずぐずと溶岩の様に隆起するカレーとそぼろの海は見るからに熱そうで、でも口に入れた瞬間の温かさを醸し出している。水分がなくなって萎れたプチトマトは、甘みが凝縮されてますよ、と言わんばかりな風体だ。香辛料と甘っ辛い和風の匂いが混ざり合ってなんとも言い難い美味しそうな匂いをしている。

「これは……」霧島がポツリと呟いて完成した即席ピザに感嘆の声を漏らした。「ね、旨そうでしょ?」真歩が安心した様に霧島を見て笑った。


 そそくさと皿を2枚持ってきた真歩は指先で即席ピザを挟み急いで皿に移す。冷めないうちに食べるべきだろう、霧島も真歩を見習って自分の分を取り分けた。


「「いただきます」」


 またしても2人で声を掛けて食事の共にする。口先まで持ってきた即席ピザを睨む霧島。『真歩が作ったものだから……旨いと、信じる!』思い切ってかぶりつけば、シャクゥ、という音と共に、旨味が駆け巡る。

 ゴロゴロしたそぼろと、滑らかなカレーとチーズが相まって食感のコントラストが素晴らしい。香りもトースターから香っていた通りで食欲を掻き立てた。チーズとカレーの黄金的組み合わせに和風の鶏そぼろが加わる事で、思いの外がっつりした旨味が加わり、トマトの甘味と酸味がそれを打ち消す。

「食べていて手が止まらない、即席にしては出来すぎている」霧島は感動と衝撃を覚えた。

 ハフハフと猫舌を発揮している真歩はあと三分の一程度残ってたが、バクバクと食べ進めた霧島はあっという間に一枚平らげてしまった。


「そんなに気に入った?」


 目線をよこさず真歩に問われる。


「うん、ヤバかった」

「へへ、やったね」


 自慢気な真歩はニコリと笑を携え、最後の一口を放り込んだ。もぐもぐと幸せそうに噛み締める真歩を見ていると、なんだかどうしようもない愛おしさが湧いてくる。


「おれも思ったより上手く出来て嬉しいよ」

「……真歩は、すげぇな」


 慈愛のこもった声色で問いかけられた真歩は少し頬を赤らめて、照れた様に霧島へ笑いかける。


「冬一がいてくれるなら、おれはなんでもできる気がする」

「一人じゃさせねぇよ、一緒にやる」

「なんだそれ」


 笑いながら夜は更けていく。日本中が寝静まった深夜に交わされた言葉の応酬の裏側、優しく歪な関係は、ちょっとしょっぱい即席ピザの味がした。

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神渡真歩には夢がない 武灯冬和✒️灯四季譚 @fuyukazu_m

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