その街には、星が降らない。
みやっち
ランキング
1.ランキングの墓標
深夜二時。ブルーライトカットの眼鏡越しに見る液晶画面は、今日も変わらず煌びやかで、そして残酷なほどに均質だった。
カクヨムの総合ランキング。
そこには、まるでテンプレートに流し込まれたかのようなタイトルの羅列がある。
「追放された」「実は最強」「ざまぁ」「スローライフ」。
その言葉たちが悪いわけではない。需要があるから供給がある。それはマーケティングの基本であり、エンターテインメントの正解だ。
けれど、僕の指はスクロールを止めることなく、ただ画面の下へ下へと滑り落ちていく。
「……読みたいものが、ないな」
独り言が、狭いワンルームの空気に溶けて消えた。
僕は三十四歳。しがない食品メーカーの営業職。そして、誰にも読まれない小説を書いている「底辺作家」だ。
いや、正確には「書いていた」と言うべきか。あるいは「生成させている」と言うべきか。
僕はため息をつきながら、ブラウザの別タブを開く。そこには愛想のいいAIのチャット画面が待機していた。
『プロンプトを入力してください』
点滅するカーソルが、僕を急かす。
「……ランキング上位の傾向を分析して、冒頭三話で読者をフックできるファンタジーのプロットを出して」
キーボードを叩く指に、熱はない。
数秒もしないうちに、AIは流暢な日本語で物語の骨子を吐き出し始めた。
主人公は不遇な扱いを受けているが、隠されたチートスキルがある。ヒロインはチョロい。敵役はわかりやすく無能で、カタルシスは即座に提供される。
完璧だ。
今のランキング上位に食い込むための要素が、パズルのピースのように隙間なく埋まっている。
僕はそれをコピーし、少しだけ手直しをして、エディタに貼り付ける。
かつては、一行を書くのに一晩悩んだこともあった。キャラクターのセリフ一つに、魂を削るような思いをしたこともあった。
でも今は違う。
会社から帰ってきて、疲弊した脳みそで「更新」を続けるには、これしか方法がなかった。そして何より、僕が魂を削って書いた物語は、誰の目にも留まらず、星の一つもつかずに電子の海に沈んでいったのだから。
AIが書いた文章は綺麗だ。誤字脱字もない。構成も破綻していない。
ただ、匂いがしない。
血の匂いも、汗の匂いも、雨上がりのアスファルトの匂いもしない。
それでも僕は投稿ボタンを押す。
『第124話を公開しました』
画面に表示された文字を見て、僕は安堵と自己嫌悪が混ざったぬるい泥のような感情を飲み込んだ。
2.黄金時代の幻影
風呂上がりに缶ビールを開け、再びランキング画面に戻る。
なぜだろう。読みたくないと思いながら、どうしても確認してしまう。それは一種の自傷行為に近い。
昔は違った。
僕がまだ二十代前半だった頃。WEB小説という文化が爆発的に広がり始めたあの頃。
ランキングを見るのが怖いくらいに楽しみだった。
そこには、見たこともない世界が広がっていた。
プロの作家が書く洗練された小説とは違う、荒削りだが圧倒的な熱量を持った「何か」が、確かにそこにあった。
誤字だらけの文章の向こう側に、作者の叫びが聞こえた。
ご都合主義と言われようとも、そのキャラクターたちは確かに生きていて、泣いて、笑って、僕の心を鷲掴みにした。
朝、仕事に行く電車の中で読みふけり、続きが気になって昼休みを潰し、夜は更新通知を待ちわびてF5キーを連打した。
あの頃の「星」は、単なる評価ポイントではなかった。読者からの「ありがとう」の結晶だった。作者と読者の魂が共鳴した証だった。
「あの人たち、どこに行っちゃったんだろうな」
かつてランキングを賑わせていた作者たちの名前を検索してみる。
ある人は書籍化してプロになり、WEBの更新が止まった。それは喜ばしいことだ。
ある人は、数年前から更新が途絶えている。「仕事が忙しくなりました」「モチベーションが続きません」。エタった(未完で終わった)作品の最終話には、そんな近況ノートが寂しく残されている。
そしてある人は――。
僕は、かつて大好きだったある作者のページを開いた。
重厚なハイファンタジーを書いていた人だ。緻密な世界観と、泥臭い人間ドラマ。決して派手ではないけれど、読むたびに胸が熱くなる物語を書いていた。
その人の最新作を見る。
『【悲報】S級パーティを追放された俺、実は……』
胸が締め付けられるような感覚。
その作品もまた、流行りのタイトルと、流行りの展開で埋め尽くされていた。
星の数は多い。ランキングも上位だ。コメント欄には「更新乙です」「スカッとしました」という短い言葉が並ぶ。
けれど、僕にはわかる。
その文章のリズム、言葉選びの端々に、作者の「諦め」が滲んでいるのが。
彼は、あるいは彼女は、適応したのだ。
読まれるために。生き残るために。
かつてのような重厚な物語は、今のカクヨムの速度感には合わない。スマホでサクサクと読み飛ばし、数秒でカタルシスを得る。それが今の読書体験だ。
そこに「行間」を読む余地はない。
じっくりと腰を据えて読む物語は、「文字数が多い」「展開が遅い」と切り捨てられる。
僕たちは、ファストフードを求めている群衆になってしまったのか?
それとも、プラットフォームというシステムが、僕たちをそう作り変えてしまったのか?
3.AIという名の共犯者
翌日、昼休み。
会社の非常階段で、僕はスマホを取り出した。
昨夜AIに書かせた最新話のPVを確認する。
……12PV。
星は増えていない。
「はは、AIを使ってもこれかよ」
自嘲気味に笑う。
当然だ。AIが出力するのは「平均的な正解」だ。今のランキング上位作品の要素を抽出して再構築した、いわば「ジェネリック・ランキング小説」だ。
本物がひしめく中で、模造品が勝てるわけがない。
それに、AIには決定的なものが欠けている。「狂気」だ。
かつての名作たちには、どこか作者の狂気が宿っていた。どうしてもこれを書かずにはいられないという、歪で、熱くて、どうしようもない衝動。
AIは賢い。だから、狂わない。
だから、つまらない。
「……プロンプトを変えるか」
僕はチャット欄に打ち込む。
『もっと感情的に。主人公の絶望を深く描写して。読者が引くくらいに』
AIが生成を開始する。
出来上がった文章を読む。
『絶望が私の心を支配した。まるで暗闇の中にいるようだ。何も見えない、何も聞こえない。悲しみが押し寄せてくる』
薄っぺらい。
言葉の意味としては合っている。だが、心に刺さらない。記号としての「絶望」が並んでいるだけだ。
僕はスマホの画面を消した。
非常階段の鉄の手すりが、ひやりと冷たかった。
なぜ、僕はまだ書いているんだろう。
売れたいから? チヤホヤされたいから? 書籍化作家という肩書きが欲しいから?
正直、それもある。承認欲求がないと言えば嘘になる。
でも、本当の理由はもっと原始的なところにあったはずだ。
昔、あんなに心を震わせた物語たち。
読み終わった後、現実の世界が少しだけ違って見えるような体験。
それを、今度は僕が誰かに与えたかった。
「ここではないどこか」へ、誰かを連れて行きたかった。
今の僕はどうだ。
AIという優秀な秘書に、マーケットに迎合した粗製乱造品を作らせて、数字が増えないことに一喜一憂している。
これじゃあ、工場のライン作業と同じじゃないか。
4.ランキングの外側で
その夜、僕は家に帰ってもPCを開かなかった。
代わりに、本棚の奥から古いノートを取り出した。
まだAIなんてものが一般的ではなく、僕が「作家」を名乗るのもおこがましかった頃の、手書きのネタ帳だ。
ページをめくる。
下手くそな字で、設定やセリフが書き殴られている。
『空飛ぶクジラの背中で暮らす少年の話』
『言葉が色のついて見える少女の話』
『時間が逆行する図書館の話』
どれも、今のランキングなら「ジャンル不明」「キャッチーじゃない」で一蹴されるだろう。
でも、当時の僕は楽しそうだった。
ノートの隅に走り書きされた『ここで読者を泣かせたい!!』という文字が、痛いほど眩しい。
ふと、モニターを見る。
スリープ状態の黒い画面に、疲れたおっさんの顔が映っている。
「……やってみるか」
僕はPCを起動した。
いつもの執筆支援AIのタブを、閉じた。
エディタを開き、新しいファイルを作成する。
タイトルはまだない。
キャッチコピーも考えない。
「読まれるため」の要素なんて、全部捨ててやる。
指をキーボードに置く。
重い。AIに指示を出すだけの作業に慣れきった指は、自ら言葉を紡ぐことを怖がっているようだった。
書けるだろうか。
今の読者に、こんなものが届くだろうか。
いや、読者じゃない。
僕だ。
僕が読みたい物語を、僕のために書くんだ。
カチッ、とエンターキーを叩く音が、深夜の部屋に響いた。
『その街には、星が降らない。』
一行目を書いた。
AIが出した最適解ではない。僕の頭の中に浮かんだ、僕だけの景色だ。
『人々は下を向いて歩くことに慣れすぎて、空の青ささえ忘れてしまっていた。』
言葉が、少しずつ溢れてくる。
拙いかもしれない。展開が遅いかもしれない。
でも、ここには体温がある。
書き進めるうちに、不思議な感覚に包まれた。
昔、あんなに熱中して読んでいた頃の感覚。
物語の世界に没入し、時間の感覚がなくなる、あの「ゾーン」に入ったような感覚。
ランキングも、星の数も、PVも、どうでもよくなった。
ただ、この主人公がどうなるのか、僕自身が知りたくて、指を動かし続けた。
5.星の在り処
気づけば、窓の外が白んでいた。
八千文字。
AIなら数秒で出力できる文字数を、僕は一晩かけて書いた。
肩はバキバキで、目は充血し、明日の仕事のことが頭をよぎって胃が痛い。
けれど、胸の中には久しぶりに感じる、確かな充足感があった。
僕はそれを、推敲もそこそこに「カクヨム」に投稿した。
タイトルは『星知らずの街の灯火』。
地味だ。あまりにも地味すぎる。
ジャンルは「文芸」。今のカクヨムでは、最も人が寄り付かない過疎地帯の一つだ。
投稿ボタンを押す。
『公開されました』
その瞬間、僕は泥のように眠った。
目が覚めたのは昼過ぎだった(有給を取っておいて正解だった)。
コーヒーを淹れ、恐る恐るPCを開く。
管理画面を見る。
PV:3
思わず笑ってしまった。
そりゃそうだ。新着欄なんて一瞬で流れる。タイトルの引きもない。
これが現実だ。
AIで書いた量産型ファンタジーのほうが、まだマシな数字を出していただろう。
でも、不思議と悔しさはなかった。
むしろ清々しかった。
「ゼロじゃない」
世界のどこかの三人が、僕の魂の欠片を踏んでくれたのだ。
通知マークが一つ、点灯していた。
「応援コメントがつきました」
心臓が跳ねる。
AIによる自動巡回か? 相互評価狙いの営業か?
疑心暗鬼になりながら、コメントを開く。
『偶然見かけて読みました。流行りじゃないけど、文章から匂いがしました。雨の日の、土の匂いのような。昔のカクヨムでよく感じた、あの匂いです。続き、待ってます』
名前を見る。
聞き覚えのないIDだ。
星は三つ。たった三つの星。
けれど、その黄色い星は、ランキング上位に並ぶ数千、数万の星よりも、今の僕には遥かに輝いて見えた。
涙が出た。
三十過ぎたおっさんが、PCの前で一人、ボロボロと泣いた。
ランキングは変わらないだろう。
明日もまた、似たようなタイトルが上位を埋め尽くすだろう。
AIは進化し続け、より完璧な「売れる物語」を量産するようになるだろう。
それでも。
僕は、あの頃のランキングがなぜ輝いていたのかを思い出した。
それは、書いている人間たちが、ランキングのためではなく、「誰か」のために、そして「自分」のために書いていたからだ。
不器用でも、流行遅れでも、そこに魂がある限り、物語は死なない。
僕は涙を拭い、キーボードに手を置く。
AIのタブは開かない。
続きを書こう。
たった一人の、顔も知らない読者のために。
そして、かつて物語に救われた、僕自身のために。
画面の中で、カーソルが静かに、力強く点滅していた。
その街には、星が降らない。 みやっち @miyacchi_novel
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