第六話 動き出したニンニン
「ニンニーーンッ!」
居酒屋の座敷。ヒーローショーで子供たちが主役の名を呼ぶかのような純粋さと、酒の回った大学生特有の無責任な熱狂が混ざり合い、『ニンニン』というシュールな咆哮が店内に響き渡る。
司会のお姉さん役を演じている先輩も、完全にノリノリだ。
「良い子のみんな〜、声が小さいぞ〜。せーのっ!」
「ニンニーーーーンッ!」
満を持して現れたのは、忍者……というよりは、ただの全身タイツに身を包んだ女子大生たちだった。
彼女たちは人差し指を合わせて「ニンニンで御座る〜」を連呼しているだけなのだが、酒の席は最高度の熱気に包まれていた。
(なんだ……このサークルは……)
これまで、この世にいる「救いようのないアホ」は男子特有の生き物だと思っていた。だが、女子の中にもこれほどのアホが存在することを、里香は初めて知った。喜ぶポイントが小学校低学年の男児と何ら変わらない。
里香は呆れ果てながら、周囲の温度に合わせて力なく拍手を送るしかなかった。
ただ、入ってみて分かった利点もある。ここは男子禁制。女を舐め腐ったオスどもを忌み嫌う里香にとって、この隔離された空間は思いのほか居心地が良い。
「リカちゃん、飲んでるぅ〜?」
「はい、飲んでますよ」
肩にもたれかかってきた酔っ払いに、里香は冷静に答える。
すでにミッションはクリアしていた。酒の席が温まりきる前に、同じ学部の同級生とかなりの数の連絡先を交換した。これで「休み時間の孤独」という最大の敵は排除された。
「先輩、このサークルって、普段は何をするサークルなんですか?」
絶対にまともな答えは返ってこない。そう確信しつつも、暇つぶしに聞いてみた。
「きょのシャークルはねぇ……のみシャークルの皮をかぶった、カクメーのシャークルなんらぉ……」
「……そうですか」
何を言っているのかさっぱり聞き取れなかったが、とりあえず分かったふりをして返事をしておく。
すると、まだ酔いの回っていない全身タイツの先輩が、隣から静かに説明を補足してくれた。
「里香ちゃん。フェミニズムって知ってる?」
「しょーしょ、フォマニスムゥ……」
横の酔っ払いがろれつの回らない声で繰り返す。
「知らないですね。知りたいとも思いません」
里香が素っ気なく答えると、全身タイツの先輩は不敵な笑みを浮かべた。
「このサークルはね、女を舐め腐ったクソガキどもを、この世から残らず駆逐するために暗躍するサークルなんだ。具体的に言うと、女を『褒めればホイホイついてくるテンガ』としか思っていないクソガキにわざと騙されたふりをしてついて行き、スタンガンの猛追でトラウマを植え付ける」
里香は思わずビールを吹き出した。
むせ返りながら泡を拭き取るふりをして、おしぼりのなかでほくそ笑む。
(……やっていることが……私と全く同じだッ!)
「里香ちゃんは見込みがあるね」
「適当なこと言わないでください。どこを見てそう思ったんですか?」
「君、スタンガン持ち歩いてるでしょ」
里香の心臓がわずかに跳ねた。
「持ってませんよ。そんな物騒なもん」
「いやいや、持ってるね。歩き方を見れば分かる。スティック型の……そうだね、ミサワのV-MAXネオお奉行様じゃないかな?」
(アタリだ……こいつ、只者じゃない……)
隠し通すのは不可能と判断した里香は、口で答える代わりに、ポケットからその『ミサワのV-MAXネオお奉行様』を取り出し、無言でテーブルに置いた。
先輩の目が、鋭く細められる。
「だいぶ使い込んでいるね。何人やった?」
「いちいち覚えてませんね。先輩は今まで潰した蚊の数を覚えているんですか?」
その言葉に、全身タイツの先輩が刺すような、それでいて同類を見つけたかのような歓喜の視線を返した。
「……ニンニン」
(……どういう意味?)
里香にはその挨拶の真意は分からなかったが、負けじと同じ鋭さの視線を返し、短く応じた。
「……ニンニン」
居酒屋の喧騒のなか、里香の耳には、停滞していた大学生活が激しく動き出した音が聞こえていた。
六年制ニート、時々、世直し。〜愛犬の介護をしたいので、バカな男はまとめて沈めます〜 ダメだ里香ちゃん @damedarikachan
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