赤い血肉は柘榴のように鮮やかに 改訂版
間川 レイ
第1話
私は、自分の血を見るのが好きだった。股間から勝手にあふれ出す血なんかじゃなくて、自分の意志で傷つけた傷口から血があふれ出すのを見るのが好きだった。普段は皮膚に覆われて見えない、柘榴のように鮮やかな朱色をした血肉から赤黒い血がじわりじわりと滲みだしてくるのを見るのが好きだった。そして、その皮膚の下に覆われているぶよぶよとした生肉をツンツン押したり触ったりしてみるのも好きだった。手についた血を舐めとるのも好きだった。元気がいいときは濃い鉄の味がして、元気がないときは血も薄味になるのが面白かった。
何で、そんな趣味嗜好を持つに至ったか、なんて。そんなことはどうでもいい。幼いころ怪我をした際に舐めとった血が思いのほか美味しかったからかもしれない。
あるいは、両親から中学校に入り上がらぬ成績について詰問されたりとか。毎日毎日馬鹿みたいに殴られ怒鳴られ詰られたりとか。なんでそんな簡単な問題もできないの、なんて悲鳴にも似た怒鳴り声なんて飽きるほど聞いた。こんな問題も解けないなんて、お前は本当に頭が悪いなと何度も殴られた。やる気がないなら辞めればと何度も言われた。本当に辞めようとすれば、本当に辞めるんだ、根性ないね。ママもあなたのお世話辞めようかなと言われた。あなたが好きにするなら、私も好きにするよと言って家を出て行かれたりした。本当にお前って可愛げがないな、なんて言葉なんて腐るほど聞いた。あなたって何でそんなのなのかなという台詞なんて何度も吐かれた。そんなつまらない叱責は頻繁に飛んでくる割に、時たま食事は出てこなかった。
はたまた部活で先輩と後輩の板挟みにあったりとか。県大会突破を目指す先輩方と、そこまでの熱意はない後輩たち。なんであいつらはそんないい加減なんだという愚痴と、そんな熱くなって馬鹿みたいじゃないですか。そんな愚痴の両方をきいた。お前なら私たちの気持ちを分かってくれるよなと無垢な信頼を向けられた。そして勝手に裏切られたとか信じていたのにとかそんな人だと思わなかったと言って離れていった。
もしくは全然みんなやる気のない委員会とか生徒会に対する苛立ちとか。先生ですら適当だった。そんなの去年通りでいいんだよ。わざわざ目立つようなことしなくても。新しいことやるのにはお金がかかるんだよ。学校側としてはその案に賛成できないな。文化祭のテーマが創造の割に、誰も彼もがだらけ切っていて。とりあえずなあなあで片付ければ万事オッケー。そんな生ぬるい梅雨時の空気みたいな雰囲気が堪らなく気持ち悪かった。
そんな空気に浸かっていると頭がぐちゃぐちゃになる。頭が茹って自分が自分で無くなりそうになる。何もかもぶち壊して、周りの人を片端から刺して頭をかち割ってしまいたくなる。もうこの世全てのものがめちゃくちゃでいい加減なように思えて、価値があるものなんてどこにもないように思えて。もうこうなったら死ぬしかない、そう思って試みに手首を切ってみたら、なぜだか気分がすっきりしたからかもしれない。はたまた、どくどくと鼓動に合わせて滲んでくる血が、可愛らしく思えたからかもしれない。
まあ、理由なんてどうでもいい。大事なのは、私は自分の血を見るのが好きだということ。私は繰り返し繰り返し手首を切った。私の腕には、消えない傷が幾重にも残った。定規で測ったみたいにまっすぐな傷が、何本も、何本も。腕の表にも裏にも。真っ白なキャンバスに無数の線を引いたかのように。正直、半そでを着ると悪目立ちするのが難点だ。それでも、周りの人間は何も言ってこなかったけれど。周りの友人も、大人たちも。学校の先生や、スクールカウンセラーの人たちでさえ。私の傷だらけの腕を見て、汚いものを見たように目を背ける人はいても、何かを言ってくる人はいなかった。
そうやって真っ白なキャンパスに線を刻み続けて。歳を重ねて大人と呼ばれるようになった今。昔より自分を傷つけることは減った、と言いたいところだけどそれは嘘。今でも私は線を刻み続けている。ぶちぶち、サクサクと言う独特の手応えと共に。
一人暮らしを始めた今、いきなり怒鳴りつけられる事も殴られる事も無くなった。誰かの手が動くたびに頭を庇いたくなる衝動も減った。たまに帰省しても滅多なことでは怒鳴られないし殴られない。皮肉やわざとらしいため息が飛んでくるだけ。あるいはいつ結婚するの?もう28だよというお説教が飛んでくるぐらい。もしくは子供は早めに作ってね。きちんと男の子で。家を絶やすわけにはいかないんだからと。はいはいと適当に頷いて。
会社でも、挨拶をしても挨拶すら返さないような覇気のない同僚に囲まれて。毎日変わり映えのしない事務業務をただこなす。朝の9時には出社して、夜6時には帰路に着く。あんまり早く自分のノルマをこなして手持ち無沙汰にならないように仕事のペースを調整して。それでも時間が余れば他人のノルマを奪ってきて。それでも時間が余れば何も映っていないデスクトップをただ眺める。時たま仕事でミスをして。嫌味たっぷりの上司や先輩の叱責にただ頭を下げる。
そんな毎日を送っていると、かーっと頭が煮詰まってきて。頭の中がぐちゃぐちゃになる。自分が自分で無くなりそうになる。衝動的に隣の先輩の首を絞め、上司の頭を叩き割りたくなる。無表情で街を行き交う人々を刺し殺したくなる。まさかそんな事をするわけにも行かないから、私は今日も真っ白なキャンバスに線を引くのだ。ぱっくり開いた傷口から、柘榴のように鮮やかな血肉が顔を出すまで。
赤い血肉は柘榴のように鮮やかに 改訂版 間川 レイ @tsuyomasu0418
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