第2話 異世界の人間

「し、信じられない……。本当に人がいる!」


 受付嬢のような格好をした女が、興奮を隠しきれない様子で口角を上げている。


「ほえー、こりゃあ驚いた。やってみるもんだなぁ」


 隣のワイルドな服装をした男は、目を大きく見開き感嘆の声を漏らす。


「だ、誰だ……? この世界の人間か……?」


 突如現れた、異様な空気を醸し出す2人。

 ……怪しい奴らじゃないよな?

 無意識にそんな不安が頭をよぎる。異世界という未知の土地で、敵か味方かわからない者と対面する。その圧倒的な不確実性が、俺の恐怖心をより一層煽り立てていた。


「よし。危ないかもしれないからママはここで待っててくれ。パパが様子を見てくるよ」


 男は女の両肩にそっと手を置く。


「わかった。気をつけてね……」


 彼女は不安げに瞳を揺らしながらも、男の覚悟を受け入れるように小さく頷いた。

 男は肩から手を離すと、こちらに向かって歩みを進めてきた。ドスッ、ドスッと深く重い足音が、リズムを刻むように響き渡る。そして、俺の目の前にくると、ピタリと止まりじっと見つめてきた。

 ……で、でけぇ。なんだこの男は。

 190センチはありそうな身長。見た目は30代前半といったところか。逆立つように整えられた白銀の短髪。顔は彫りが深く漢らしい印象。体格は筋骨隆々で、鋼のような肉体をしている。また全身に、獣の革で作られた靴やベルトを身に着けている。


「え、えっと……。あの、その……」


 とりあえず、怪しい者ではないことを伝えなければ。だが、男の圧倒的な存在感を前にすると、言葉が喉で絡まりうまく紡げない。落ち着きを取り戻そうと呼吸に意識を向けるが、肺に酸素が入っていく感覚がしない。

 俺がオドオドしている間も、男は微動だにしない。

 重圧が限界を迎え、パチンと弾けそうになったとき、男はやっとその口を開いた。


「……って、おいおい。近くで見たらただのヒョロガリじゃねーか。強そうな奴を期待してたのになぁ」

「え?」


 露骨にがっかりとした様子を滲ませる男。俺への興味を失ったかのように、頭を無造作にポリポリと掻き始めた。不満そうに歪む口元。厚い胸板からは大きな溜息が漏れる。

 ……俺の間違いじゃなければだけど、この筋肉の塊みたいな男に、開口一番バカにされた気がする。


「まあ、見た目だけで判断するのは、まだ早―か! ……えーっと、お前、名前はなんていうんだ?」


 男は気持ちを切り替えるように、俺の名前を聞いてきた。


「ふ、藤村……、正斗です……」


 俺は乾いた喉から、なんとか声を絞り出す。


「マサトっていうのか! 響きも良いし、覚えやすい。いい名前じゃねーか!」

「あ、どうも……」


 俺の名前が余程気に入ったのだろう。先ほどまで落胆していた男は、まるで別人のように陽気に声を弾ませる。俺は褒められているにもかかわらず、ぎこちない反応をしてしまった。だが、彼は気にする様子もなく余裕な態度を漂わせている。


「よし。友好の証に握手だ! マサト、よろしくな!」


 そう言うと、男は右手をぐっと突き出してきた。分厚くゴツゴツとした手のひら。俺の手の倍はありそうな大きさをしている。


「よ、よろしくお願いします……」


 拒む理由も勇気もない俺は、恐る恐るではあるが華奢な右手を差し出した。すると次の瞬間、男の巨大な手が、俺の右手を捕食するかのように勢いよく包みこんだ。

 ガシィッ!

 ……………。

 痛ぇ。

 指の骨が軋み、ミシミシと不吉な音が手の中で響いている。

 おいこれ、絶対に友好の証でする握手の強さじゃねーだろ!

 それはまさに、自分の力を誇示する握手。俺はお前より強い。そういう意思が握力から伝わってくる。このままだと手の形を変えられてしまう。本気でそんな恐怖が俺の脳裏をちらついた。


「ダッハッハ! そんなにビビんなって! 安心しろ。俺様たちは悪い奴らではない」


 俺の苦悶の表情を緊張によるものだと勘違いしたのか、男は不安を和らげるために左手で俺の右肩を軽く叩いた。

 ドンッ! ドンッ!

 ………………。

 痛ぇ。

 鉄槌でぶん殴られたような衝撃が広がり、脳がぐわんと揺さぶられる。

 こいつ力加減ってものを知らないのか? 明らかに気遣いの範疇を超えた強さだろ。

 右手は握り潰されそうになり、右肩は殴打される。このままでは右腕がおしゃかになってしまう。それでも男は、屈託のない笑顔を輝かせている。その表情からは、敵意や悪意が微塵も感じられない。どうやら本当に悪い奴ではないみたいだ。というより、今はそう信じることしかできない。


「まあでも、無理もねえか。いきなり知らない世界に連れてきちゃったんだからな……」


 男がボソッと独り言のようにささやいた。

 ……ん?  今なんて言った?

 その言葉を聞いて心臓が強く脈打つ。ズキズキと疼いていた右腕の痛みも、一瞬で意識の外に追いやられた。


「……連れてきちゃった? そ、それってどういうことですか? もしかして、あなたたちが俺を……?」


 考えるより先に、口から自然と言葉が漏れていた。

 この人はなにか知っているのか……? 俺はなんでここにいるんだ……?

 男はその問いに反応するように眉をピクリと動かした。握っていた俺の手を静かに離すと、ゆっくり腕を組み、堂々とした仕草で上体を大きく反らせた。


「いいか、よく聞け?」


 男の声色がガラリと変わった。空気を震わせる重厚感ある声。命令口調だが、そこに相手を萎縮させるような威圧感はない。感じられるのは、切実で純粋な真剣さだけ。これから重要なことを話す。光を宿した彼の瞳が、そう強く訴えていた。


「マサト……。お前は、この世界を明るく照らす希望の光になるんだ」


 直接、心に語りかけられた気がした。

 風が息を潜め、静寂が訪れる。


「……希望の光? はい?」


 この人はきっと大切なことを言ったはずだ。だが、全く意味がわからなかった。

 希望の光……? ハッ! もしかして、新手の宗教勧誘か?


「ダッハッハ! いきなりそんなこと言われても困っちゃうか!」


 俺のきょとんとした顔を見て、男は豪快な笑い声をあげた。


「まあ、ここで話すのもなんだ。部屋で詳しく説明してあげるから、ちょっと着いてきてくれ」


 すると、男は右手でいきなり俺のTシャツの裾をガッと掴んできた。そして、信じられない力で引っ張り出したのである。


「——!?」


 あまりの速さに、すぐには反応できなかった。


「ちょ、ちょっと! Tシャツの裾引っ張んないでくださいよ! なにしてるんですか!?」


 裾が見たことのない角度でグイーーンと引き伸ばされる。

 は? なにしてんのこいつ? なんで、裾引っ張ってんの?

 あまりの力の強さに、踏ん張らないと顔から地面に突っ込みそうになってしまう。


「ん? いや、お前鈍臭そうだからさあ。迷子にならないよう、俺様がつれていってやるよ」

「いや、だったら手を引っ張ってくださいよ!」


 俺は至極真っ当な主張をする。だが、男は全く聞く耳を持たない。手を振り払おうとしても、びくともしない。それどころか、アホみたいに力を強めてくる。

 ブチブチ……。ブチブチィブチブチィィィ!! 

 Tシャツから、衣類としての生命が終わる断末魔が聞こえてくる。長年着ていたお気に入りの1枚なのに。


「ママー! こいつ全然怖くねーわ。大丈夫、大丈夫!」


 女に手をブンブンと振る男。女はその言葉を聞いて、顔をほころばせる。


「よーし! それじゃあ、部屋に戻るぞー!」


 男は上機嫌に呼びかけた。

 俺はなすすべなく、そのまま引きずられるように扉の奥へと連れて行かれた。

 異世界に来てしまったという不安。そんなのは、この男に対するイライラで上書きされてしまった。

 出会って数分。……もう、こいつのこと嫌いだわ。

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