世界を照らす光援者!

中村ユウト

第1話 異世界転移

 ピピピピッ。ピピピピッ。

 午前7時。枕元にあるスマートフォンが無機質なアラームを響かせる。耳に刺さる尖った電子音が、夢の世界を漂っている脳を無理やり現実へと引き戻した。

 俺は重い瞼を閉じたまま、ノイズの発信源へと右手を伸ばし音を止めた。


「もう朝か……」


 かすれた声が漏れる。

 眠気で鈍った思考の中、枕に沈めていた顔をゆっくりと上げる。必死に体を引き留めてくる布団の心地よい温もり。そんな誘惑をなんとか振り払い、俺はのそのそとベッドから這い出た。

 朝方のひんやりとした空気が肌をなぞる。俺は暗く足元がよく見えない中、慎重に窓際に移動すると、厚手の遮光カーテンを勢いよく開けた。


「んー、いい天気だぁ」


 一瞬にして柔らかな光で満たされる部屋。机や本棚の輪郭が、ぼんやりと溶けていく。

 雲一つない清々しい陽気に、俺の体は自然と上へと伸び上がる。全身の筋が伸ばされると、頭にこびりついていた眠気もどこかへ吹き飛んでいってしまった。


「桜も綺麗に咲いてるな」


 窓からは、近くの公園に植えられた立派な桜の木が見える。淡いピンクの花びらが、優雅な弧を描きながら落ちていく。その美しい風景を見て、本格的な春の到来を強く実感する。


「よしっ」


 そんな幻想的な眺めを見終えると、俺はくるりと振り返り、部屋の隅に佇んでいる姿見に足を運んだ。

 白い無地のTシャツに、青い短パンを履いた男が映り込む。身長は168センチ、体重56キロ。自分では標準的な体型だと思っている。髪は茶髪で少しツンツンとしている。寝癖ではなく、生まれつきこういう髪質なのだ。


「今日から俺も高校2年生か……」


 自分を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「絶対に充実した学校生活を送ってやるからな」


 俺は鏡に向かって慣れないガッツポーズをする。その両手の拳には、貴重な青春時代を無駄にはしないという強い決意が込められていた。

 新学期の始まり。ゾクゾクするほどの高揚感が俺の胸を満たしていた。


「さてと、それじゃあ顔を洗うか」


 決意表明を終え、洗面台に向かおうとした、まさにそのときだった。

 突然、重々しい「ブオン」という音とともに、足元が眩く光りだした。


「えっ?」


 予期せぬ出来事に、困惑と驚愕が混ざった声が溢れる。


「な、なんだこれは!?」


 足元に湧き上がってきたのは、自分を囲うサイズほどの円形状の光。太陽光とは違い、凍てつくように冷たく、どこか神聖的な輝きをしている。その青白い粒子が空間を侵食していき、瞬く間に部屋を非現実的な世界へと変貌させていった。

 光は俺の焦燥感に呼応するかのように、どんどんと光量を増していく。


「な、なんかやばそうだ……。とりあえず、部屋の外に逃げよう!」


 理性を超えた恐怖が体中を駆け巡る。人間が決して触れてはいけない領域、そういった禁忌の匂いがこの光りから伝わってくる。

 ここに留まってはいけないと思い、俺は反射的に部屋の扉に向かって走り出した。だが、円は影のようにピッタリと追尾してくる。それでも振り切ろうと全力で床を蹴る。

 ドアはもうすぐそこ。手を伸ばす。指を伸ばす。あと数センチ。そして、ドアノブに指先が触れようとした、その瞬間。光の輝きが頂点に達した。


「ちょっと待っ——」


 すべてが白に塗りつぶされた。視界から色が消えていく。音が遠ざかる。体の境界線が曖昧になっていく。

 そして、俺は光に飲み込まれて完全に消失した。

 ————————。

 その後、円は任務を完遂したかのように収縮を始めた。淡い光を残しながら小さくなっていき、やがて跡形もなく消えてしまった。

 誰もいなくなった部屋。小鳥のさえずりだけが、微かに響いていた。



「……おいおい。一体なにが起こってんだ?」


 気がつくと俺はいつの間にか尻もちをついていた。床に置かれた手の平からは、硬い石のザラザラとした質感が伝わってくる。また、乾燥した砂埃が大量に舞い上がっており、鼻や喉に張り付きむせ返りそうになる。

 混乱で頭が渦巻く中、ふと視線を下に落とすと地面に何か描かれているのに気が付いた。


「なんだこれは……? もしかして魔法陣?」


 地面には直径10メートルほどの巨大な魔法陣が広がっていた。青白い線が複雑に絡み合い、緻密な模様を形成している。見たことのない文字や記号が、その不気味さを幾倍にも増幅させていた。美しさと禍々しさを兼ね備えた魔法陣。どうやら、俺はその中心にいるみたいだ。

 俺はさっきまで確かに自室にいたはずだ。だが、見慣れたはずの家具が一切見当たらない。それどころか、部屋を区切っていた壁や天井すらない。

 そんなありえない状況に、まだ夢を見ているのではないかと疑ってしまう。だが、どこか重苦しい風が頬を撫でていく。まるで、これは紛れもない現実であると主張するかのように。


「ちょっと周りを見てみるか」


 風が砂埃を吹き払い、霞んでいた視界が徐々に鮮明になってきた。何かしらの情報を掴みたい俺は、不安で震える脚に無理やり力を入れ立ち上がった。

 周囲をゆっくり見渡す。ここは高いところに位置しているみたいだ。遮るものがなく、とても見晴らしがいい。おそらく建物の屋上だろう。

 頭上で煌めく水晶玉のような太陽。汚れのない深く澄み切った青空。地平線を覆う、雄大な山々の稜線が目に飛び込んでくる。……いや、それだけじゃない。

 眼下に広がる異質な光景を見て、今まで感じたことのない鋭利な緊張が体を貫いた。


「どこだこここは……」


 石造りの家が整然と並ぶ美しい街並み。外界の脅威から街を守る巨大な石壁。遠くの空では鳥型のモンスターが、甲高い鳴き声を轟かせながら悠然と羽ばたいている。アニメやゲームでしか見たことのなかった世界が、質量を持った三次元として目の前に展開されているのだ。

 部屋に現れた光の円。巨大な魔法陣。モンスターのいるファンタジーの世界。バラバラだったパズルのピースが、音を立てて噛み合っていく。

 全身に響き渡る荒ぶる鼓動。頬の曲線を伝う冷たい汗。俺はゴクリと唾を飲んだ。


「……もしかして、……異世界?」


 顎から落ちた汗が地面に吸い込まれたときだった。

 バンッ!

 静寂を切り裂く衝撃音とともに、俺の背後にあった木製の扉が勢いよく開かれた。突然の大きな音に思わず肩が跳ね上がる。慌てて振り向くと、そこには男女の姿があった。

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