第7話 空と雲

「信じられねーくらい、変わったな……」


白くて、果てのない世界の中。

ソルは、ふとプラの横顔を見て、そんな言葉を漏らした。


「……えっ?」


プラがきょとんとした顔で振り返る。

ソルはくすっと笑って、指を差す。


「お前だよ、お前。最初の頃なんて、無機質でカタっ苦しいロボットみたいだったのに、今じゃすっかり――」


彼女が頬をふくらませる。


「可愛いって言いたいんでしょ?」


「そうそう、さすが観測者。話が早い!」


「はぁ……名前を可愛くしただけで、話し方まで可愛くなったって言ってたよね、ソル」


「うん。でも間違ってなかったろ? 名前ってすごいよなー、存在を変える力があるんだもん」


ソルがそう言うと、プラはむずがゆそうに笑って、そっぽを向いた。


 


そんな何気ない会話の中で、ソルはふと眉をひそめた。


「なあ、俺さ……ここに来てから、なーんも食ってないのに腹減らねーんだよな」


「え?」


「トイレも行きたくならないし、寝てないのに眠くならない。てか、夜すら来ないし太陽もない」


言葉にして初めて気づいたように、ソルは顔をしかめた。

するとプラが、空を指さした。


「そういえば、空も……ずっと白いままだよね」


「そう! 明かりないのに明るいってどゆこと? ――空、つくろうぜ!」


 


* * *


 


ふたりで空を見上げる。


「青がいいな。晴れた空って、なんか前向きになれる」


「わたしも、雲をふわふわさせたい。軽くて、風に揺れるようなの」


ソルが目を閉じ、プラの手を軽く取る。

観測を合わせ、意識を共有する。


すると、白い空に、淡い青がパッ……とにじむように現れてきた。


「うおっ、出てきた! ぱっぱっぱっぱって荒い画面みたいに! しかも段々リアルになってく!」


「……これは、大地とはちがう感じだね。空は、もっと上の階層……」


青が広がり、そこに綿のような雲が現れた。

雲は風に乗って、ゆっくりと流れていく。


ソルは空を見上げながら、にっこり笑った。


「やっぱ空があると、世界っぽくなるなぁ!」


プラも、その横で目を細める。


「うん……青空って、思ったより安心感あるね。広いし、優しい」


 


少しして、ソルはぽつりと聞いた。


「なぁプラ。この世界って、やっぱヘンだよな? イメージだけでモノが出てくるし、俺、死んだ……とか?」


プラはそっと首を振った。


「わたしも全部は分からない。でも……世界には、いくつかの層があるの。たとえば――」


彼女は、指を立てながらゆっくり語った。


「マテリアル=物質の世界。アストラル=精神と感情。メンタル=思考。スピリチュアル=魂の層。そういうレイヤーが重なって、世界ができてるって、どこかで聞いたことがある気がするの」


「じゃあ、この世界は?」


「……たぶん、マテリアルだけが欠けてる。物質的な“重さ”がない、観測と創造が直結する世界。だから、食事も睡眠も、物理的な制約も……ないのかも」


ソルは、顎に手をあててしばらく考える。


「そっか。そんで、俺たち以外に人や生き物もいないわけだ。……ま、今はそれでもいいか」


プラが、そっと微笑む。


「今は、ふたりだけで。ね?」


 


ふたりの目の前に、青い空と白い雲がゆったりと流れていた。

何もない世界の中に、少しずつ「風景」が増えていく。

そのどれもが、ふたりの観測によって生まれ、確かに“存在して”いた。


 


「さて……次は、何を作ろっか?」


 


ソルが問いかける。

空に浮かぶ雲の形が、まるで答えるようにふわりと変わった。

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記憶のない俺が白紙世界に降りたら、観測者の女の子がそばにいた件。可愛い名前をつけたら話し方まで可愛くなってきたし、とりあえず一緒にいろいろやってみることにした。 @Mc-Tan

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