第12話 鋼鉄の処世術

パート1:泥沼の外交官

 権限が拡大し、周囲の「やっかみ」が限界に達していることを、俺は肌で感じていた。

 特に、実戦部隊の中隊長たちは、一介の少尉である俺が車両の修理順を決め、貴重な部品を握っていることに、静かな怒りを燃やしている。

(……力だけでねじ伏せれば、いつか背中から撃たれる。この地獄で生き残るのは、強い奴ではなく、味方が多い奴だ)

 俺は「軍需資源再生局」の看板を掲げた工場の奥に、一つの「特別応接室」を作らせた。そこには、ディルレヴァンガーから流れてきた極上のコニャックや、本国でも手に入らない高級な煙草が備えられている。

「第1中隊長、シュルツ大尉。わざわざお越しいただき、恐縮です。……少尉の分際で、お呼び立てするような形になり申し訳ありません」

 俺は、険しい顔で乗り込んできた大尉に対し、まず徹底的に「階級の礼儀」を尽くして頭を下げた。相手のメンツを、まずは一番高い場所に置く。それが交渉の第一歩だ。

パート2:利権の分配

「……シュミット少尉。貴様の工場のせいで、我が中隊への正規の部品補給が三割も削られた。……説明してもらおうか」

 大尉が不快そうに言い放つ。俺は、何も言わずに最高級の煙草に火をつけ、彼に差し出した。

「大尉殿。正規の補給品は、今やベルリンの官僚たちの書類の中で消えていくばかりです。……ですが、ここには『実物』があります」

 俺は工場の在庫リストを彼に見せた。

「本来、HSSPFへ直接納品すべき再生部品ですが……書類上、十パーセントの『整備不良(ロス)』が出たことにしました。……そのロス分を、大尉殿の中隊の『予備』として、極秘に回させていただきます」

 大尉の目が、わずかに揺れた。

「……それは、横流しではないか」

「いえ、『現場の判断による効率化』です。大尉殿の部隊が戦果を上げることこそが、国家にとっての最優先事項ですから。……代わりに、私の工場を警備する兵士たちに、温かい食事の便宜を図っていただければ、それで十分です」

 俺は利益を独占せず、相手の「戦果」というメンツを立てるために差し出す。

 大尉は煙草を深く吸い込み、やがて満足げに口角を上げた。

「……貴様は、なかなかの分きまえを持っているようだな、シュミット少尉」

パート3:見えない帝国の王

 大尉が去った後、俺は次々と訪れる各部隊の幹部たちを、同じように「もてなし」た。

 ある者には優先修理権を、ある者には書類の改竄による余剰物資を。

 俺は「HSSPFの特別委任状」という剣を鞘に収め、代わりに「利権」という名の絹の糸で、大隊全体を絡め取っていった。

「ハンス……いや、シュミット少尉。あんた、いつの間にあんなに愛想が良くなったんだ?」

 マイヤーが、あきれたように尋ねる。

「マイヤー、これが『管理』だ。……俺たちが匿っている『資源』たちの命を守るには、あいつらを俺の共犯者にしちまうのが一番早いんだよ」

 今や、俺を「生意気な成り上がり」と呼ぶ者はいない。

 誰もが「シュミット少尉がいなければ、自分の部隊は動かなくなる」と信じ、俺の工場の裏側――そこに隠された何百人もの「UK(不可欠な要員)」の存在に、あえて目をつむるようになった。

 俺は、泥だらけの広場を見下ろした。

 俺は警察少尉だ。だが、この地区においては、どの将軍よりも確かな「見えない帝国」の王になりつつあった。

 

 相手に頭を下げさせない。代わりに、相手の足を俺の土俵に引きずり込む。

 鋼鉄の処世術が、俺の聖域を、鉄壁の要塞へと変えていた。

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その制服(グリーン)は、血で染まる 夕凪 @Hans1

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