第5話

 莉紗から連絡があったのは、翌日の亜紗のことだった。スマホのメッセージで淡々と。


「妃菜のために、距離を置きたい」


 つまりは、そういうことだった。


 そんなのはごく当たり前のことだった。恋人もどきのような関係の元カノが、いつまでもウロウロしているだなんて、今カノにとっては面白くないに決まっている。


 思えば、あのデートのドタキャンもそのせいだったのではないか、2人が付き合い出した時期は、計算してみると私とデートする予定だった日と重なる。


「SNSは、全部ブロックします」


 確認してみると、その言葉どおり、既に全てをブロックされていた。

 メッセージを返したけれど、既読が付くことはなかった。



 *



 さすがに、きつかった。何日も、涙が止まらなかった。

 もう莉紗のことなんて、きっぱり忘れるべきだった。


 それなのに、なぜ、私たちは今、こんなところにいるのだろう。


 私たちがいる場所は、新宿のラブホテルだった。


 あれからしばらくしてから、結局いつものバーで出くわしてしまった私たちは、軽い会釈だけしてその場を離れるはずだった。


 だけど、どういうわけか、2人とも閉店まで残っていた。店の端と端で全く会話をすることもなく。……なのに。


 閉店と共に、店を追い出された直後のことだった。


 酔いすぎたりさが転倒したのだった。幸い、頭は打っていなかったようだったけど、足を軽く捻ってしまって、それで終電ダッシュができなかった。


 万年金欠の莉紗は帰る手段を無くして。


 でも、だったら私は、ただタクシー代を貸してやればよかったのだ。ただそれだけなのに。


 そうできなかったのは、私が悪い。

 だけど、その時には全く、そんなことさえ、思いつかなかっただけなのだ。


 私は莉紗を連れて、すぐ近くのラブホテルに入った。軽く怪我の手当てをしてやり、水を飲ませてベッドに寝かせた。


 私はソファーに横になった。

 ベッドに近寄らなかったことを褒めて欲しい。


 ……だけど。


 夜中に目を覚ました莉紗は、ソファーに寝転ぶ私を起こして。


「こっちおいでよ」


 なんて言って、私をベッドに誘う。


「ダメでしょ、そんなの」

「千晶がベッドに来ないなら、私もそこで寝る」


 まだ酔っているのかそんなことを言って床を指差すものだから、私は仕方なく一緒にベッドに入る。


 すぐに懐かしい感触に抱きすくめられる。


「何やってんの。……彼女持ちのくせに」


 私がそう言うも、莉紗は返事をしない。


 その代わりに寝ぼけて、誰かの名前を口にしようとした。


 ……手を伸ばせば、届きそうで。


 その口を塞ぐことだって、その気になればできたのに。

 私はそうしなかった。


 だって、やっぱり、好きだから。


 好きな人の好きな人は、私にとっても大事にしなきゃいけない人だ。


 彼女の大事な想いも、関係性も、全て。


 私は気づかれないように、そっとベッドを出る。

 コートを着て、帰り支度をする。


 テーブルの上に、ホテル代のお札だけを残して。

 私は部屋を出た。


 それは、私が人として大切なものを守るため。


 ……ルール違反は、したくなかったから。

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Rule 霜月このは @konoha_nov

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