第4話

 その後も私と莉紗は、何もなかったかのようにまた友人としてデートを繰り返していた。季節は11月の初め頃だった。11月生まれの私の誕生日祝いも兼ねて、近場のバラ園に行って、その後ちょっとしたディナーをしようという約束をしていた。


 私の心は躍った。それはまるで、本当の恋人同士のデートみたいだったから。


 本当は違うのだとわかっていても、私はその日を心待ちにしていた。手帳に印をつけ、近くのお店を予約して。


 だけど、運命は残酷だ。

 私が心待ちにしていたその日が来ることはなかった。


 *


「ごめん……風邪引いちゃった」


 当日朝の、莉紗からの連絡だった。体調不良なら仕方ない。

 お店をキャンセルし、代わりのスケジュールを提案しようとしたのだけど、11月は忙しくて予定が立たないと言う。


 嫌な予感はしていた。そして、そういうとき、そんな予感はだいたい当たっているのだ。


 数日後に、いつものバーでイベントがあった。その日の主役はとあるアーティストの女性だった。なんでも、かなり実力のあるピアニストだという。


 楽しみにイベントに行くと、驚いたことに、彼女の演奏と一緒に、なんと莉紗も一緒に笛を吹いてステージに立っていた。

 莉紗からは、そんなことは一切知らされていなかった。


 演奏が終わった後、喫煙コーナーで莉紗と会話した。

 そこで莉紗は言った。いつものように、あっけらかんと。


「実は、彼女ができたんだよね」と。


 一瞬にして、目の前が暗くなる。そんなことが、本当にあるなんてこと、私はこのとき初めて知った。


 時が止まったように感じたのは、息をするのも忘れたからだ。

 それでも吸っていたタバコの煙で咽せることもなく、落ち着いて言葉を返せた私を、自分で褒めてやりたい。


「そうなんだ。おめでとう」


 なんの感情もこもっていないように、淡々と聞こえるように。

 意識したわけじゃないのに、まるで練習してきたみたいにその言葉はすらすらと出てきた。



「ありがとう」


 莉紗は照れたように、とても幸せそうに笑った。すごくわかりやすかった。

 莉紗の新しい彼女は、今日の主役、ピアニストの妃菜さんという女性だった。


「紹介するよ」


 そう言って莉紗は、妃菜さんのところへ私を連れて行った。


「この子は千晶。ギター弾くんだ。私の元カノでさ」


 よりによって、そんな余計なことを言う。本当に信じられない女なのだ。こういうときは無難に、『友人』とだけ説明すればいいものを。


 そう思ったのは私だけではないようで、妃菜さんのほうも、その言葉を聞いて顔を曇らせたのがわかった。


 その後じゃ、なんだか気まずいような雰囲気を感じながら、バーでも時間を過ごした。終電が早い妃菜さんはさっさと帰ってしまって、「送るよ」と言って、莉紗も当たり前のように着いて行った。


『溺愛モード』の莉紗を見るのは久しぶりで、私が何も感じないわけがなかった。


 その日の記憶は、もうそこまでしか残っていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る