百段の上の景色

鷹森涼

百段の上の景色

 百段近く階段を上って、ようやく見えた大鳥居。春翔はるとは汗だくになりながらハーッと大きく息を吐いて、後ろを振り返った。

 突き抜けるような八月の青空の下、松城まつしろの街が広がっている。ジオラマみたいだ、と春翔は思った。


夏音かのんの病院は……あれか)


 街を見渡せば、妹が入院している病院はすぐ見つかった。普段は地面から見上げる巨大な建物が、ここからだと小さい模型のように見える。

 ひとしきり街を見渡して感動した春翔は、きりりと顔を引き締めて、大鳥居へと向き直る。なにも街を見下ろすために、ここまで上ってきたわけじゃあない。


 軽く頭を下げてから鳥居をくぐり、春翔は石畳の参道を進み始めた。





 生まれつき心臓の悪かった妹の夏音に画期的な治療方法が見つかった、という話を聞いたのは先月のことだった。


 難しいことはよくわからないけれど、手術が成功すれば、生まれて八年、ずっと病院と家を行ったり来たりの夏音が、普通の女の子のように、学校に通えるようにもなるかもしれないそうだ。

 けれど、その手術はすごく難しく、県内だと松城にある大きな病院の、若くて腕のいいお医者さんだけができるらしい。しかも、成功確率は五分といったところだとか。


「やる!」


 話を聞いた夏音は、一も二もなくそう断言した。


「元気になれる可能性があるなら、やる!」

「でも夏音、失敗したら、死んじゃうかもしれないって言うのよ? お母さん、そんな簡単には決められない」


 お母さんが涙を浮かべて、夏音を抱きしめながら言った。お父さんもベッドの横で、難しい顔をしている。

 春翔は何も言えないまま、三人を見つめていた。


「このまま一生病院で過ごすなんて、絶対いや! こんな病気の私じゃ、スーパーな女の子にはなれなかったけど、せめて普通の女の子にはなりたい!」


 夏音はお母さんの腕の中で言い切った。病気で苦しむ小さな女の子とは思えないほど、力強い輝きをその目に宿しながら。


 ことあるごとに「スーパーな女の子」と口にする妹。思うように体を動かせない夏音にとって、小説や漫画、アニメなどで大活躍するスーパーな女の子の姿は、なりたかった自分の姿なのだろう。


 決意をこめた夏音の言葉。お父さんもお母さんも、そして春翔も、覚悟を決めるしかなかった。





 夏音にしてあげられることが、なにかないだろうか。


 春翔はいろいろと調べて、少彦名すくなひこという医薬の神さまのことを知った。この近くだと、松城の外れ、山の中腹に建てられた篠塚しのづか神社で祀られているそうだ。

 それならばと、春翔は次の日曜日、朝早くから自転車に乗って篠塚神社へ向かった。


 くねくねした山道を自転車で漕ぎあがり、さらに百段の階段を上るのは、小学生の春翔にはきつかった。


(これだけきつかったんだから、すっごくご利益りやくあるかもしれない)


 ただの勘違いかも知れないけれど、そう、思いたかった。


 春翔は拝殿の前に立つ。事前に本で調べたとおり、お賽銭箱にお金を投げ入れ、ガランガランと鈴を鳴らす。二回頭を下げてから、パンパンと二回手を叩く。手を合わせながらもう一回頭を下げて、春翔は強く、祈った。


(神さま、お願いです! 夏音を助けてください! 妹の頑張りに、力を貸してください!)


 心の奥底から、精いっぱいの願いを込めて、春翔は祈る。

 いつまでもいつまでも、春翔は祈りを続けた。





「うわ~すごい景色!」


 夏音が嬉しそうに言った。


「だ、だろ? 僕も夏に来たとき、す、すごく、感動したんだ」


 中腰の姿勢でハアハアと息を切らせながら、春翔は白い息とともに声をしぼり出した。


「あ、あれ私の病院だよね? うわ、ちっちゃいねぇ」


 はしゃぐ夏音の様子を見ながら、春翔は自然と笑みをこぼす。

 夏音の手術は成功した。まだ薬は手放せないけれど、この一月から学校にも通えるまでに回復した。


 たくさんの人たちに感謝をしながらこの半年過ごしてきた春翔は、元日の今日、少彦名さまにお礼参りをしようと考えた。すると夏音が自分も行きたいと言う。

 まだ百段の階段を上り切る体力はないからとなだめても、夏音はどうしてもついて行くと言ってきかなかった。

 わがままを言えるぐらいには回復したのかなと、春翔はあきれながらも夏音を連れてきた。妹をおんぶしての階段上りは、めちゃくちゃきつかったけれど――。


「にれい、にはくしゅ、いちれい、だっけ」


 夏音が春翔にたずねる。


「そう、よく覚えてるな、夏音」

「だって、ちゃんとお礼しなきゃ。それに、お兄の受験のことも」


 ニヒヒと笑う夏音。

 なるほど、妹がついてきた理由が分かった。たしかに来月、春翔は中学入試を控えている。

 でも――。


「それは神さまには頼まないよ。自分でなんとかできることは、自分でなんとかしないとね」

「ふーん、そんなもんかな?」

「そんなもんだよ」


 夏音が、「そっか」と元気いっぱいの笑みを浮かべた。


 妹のこんな笑顔を見ることができるなんて。

 眼の奥がじいんとするのをこらえながら、春翔は妹の髪をくしゃくしゃとなでた。

(了)

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百段の上の景色 鷹森涼 @TAKAMORIRYO

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