第2話:平民ラビ、測定器を壊す
――アルカディア魔術学院。
この国の頂点に君臨する門をくぐった瞬間、鼻を突いたのは潮風でも花の香りでもなかった。
鼻持ちならないほど濃密な――『選民意識』の匂い。
並ぶのは、金糸の刺繍が施された豪奢な馬車。
宝石をちりばめた杖を携える貴族の子弟たち。
その傲慢な光景の中を、借り物の質素な服に身を包み、たった一つの鞄を抱えた僕が歩いていく。
「おい、見ろよ。平民が混ざっているぞ」
「魔術学院も落ちたものだな。ああいう『数合わせ』を招き入れなきゃならないとは……」
隠そうともしない蔑みの視線。
だが、今の僕にとって、そんな言葉は風の音と変わらない。父の抱擁と母の涙。そして、従者たちが叫んでくれた僕の本当の名前。
それらを胸の奥に閉じ込めている限り、僕の心は誰にも踏み荒らされない。
「次……来い。名前は」
受付の試験官が、面倒そうに書類へ目を落としたまま言った。
「……ラビ。ただのラビです」
愛すべき二人から授かった、ラヴィリオという名前は今、この瞬間に眠らせる。
試験官は名簿を指先でなぞり、ふん、と鼻を鳴らす。
「ラビ……出身地不明。魔法適性鑑定は……無し?」
顔を上げ、露骨な侮蔑を向けてくる。
「冷やかしか? 魔法の使えない者がここに通って何になる。帰って土でも耕していろ」
「適性がなくても、入学資格はあるはずです。筆記と身体能力の試験は、すべてパスしています」
僕が淡々と、しかし一点の揺るぎもない姿勢で答えると、試験官は忌々しげに舌打ちをした。
「……規約は規約か。なら、そこに手を置け」
促されたのは、台座に据えられた巨大な魔力測定用の水晶。
適性の有無に関わらず、その人間が持つ魔力の総量を数値化するためのデバイスだ。
周囲の受験生たちがニヤニヤとこちらを見ている。
適性のない者の魔力量など、灯火にも満たない。
それが、この世界の
「おい、早くしろ」
試験官に急かされ、僕の右手は静かに触れた。
――次の瞬間。
透き通っていた水晶が、一瞬にしてどす黒く濁った。
いや、濁ったのではない。許容量を超えた情報が、水晶という端末の中に溢れ出したのだ。
――ビ、ジ、ジ……ッ!
聞いたこともない異音が空気を震わせる。
水晶の内部で、複雑に組まれた術式の回路が、僕から流れ込む魔力を処理しきれずに悲鳴を上げているのがわかった。
「な、なんだ!? 故障か!?」
試験官が椅子を蹴って立ち上がる。
周囲の笑い声が、一瞬で凍りついた。
水晶に亀裂が走る。
測定器の針が、右端の限界点を何度も叩き、火花を散らしてへし折れた。
バリン、という硬質な音と共に。
学院が誇る最高精度の測定器が、僕の手に触れている部分から粉々に砕け散った。
「…………」
静寂が、会場を支配する。
砕けた破片の間から、行き場を失った僕の魔力が、目に見えるほどの陽炎となって揺らめいていた。
僕はゆっくりと手を離し、呆然とする試験官に向けて、平民らしく不器用に――けれど、背筋だけは伸ばしたまま告げる。
「すみません。……機械が、少し古かったみたいですね」
誰かが、息を呑む音がした。
僕が求めていたのは、平穏な学生生活だった。
だが、砕け散った測定器の残骸が、それを許してはくれそうにない。
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魔法適性ゼロの落ちこぼれ、実は世界の魔法をデバッグできる規格外だった ~名を捨てた少年はゴミ箱クラスから理を書き換える〜 天代皋ゆかり @T0n_jI-ChE
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