第2話 ワルシャワ、地獄の蓋が開く

略奪のパレード】

ワルシャワの市街地、オホタ地区。

そこはもはや戦場ですらなかった。一方的な「狩り場」だ。

私がカミンスキーの傍らで目にしたのは、軍隊という組織が完全に崩壊し、欲望剥き出しの「武装集団」へと先祖返りした光景だった。兵士たちは家々を巡り、家具を通りに放り出し、気に入ったものは何でも荷馬車に詰め込んでいく。

「通訳! この家だ、この家に金があるはずだ!」

一人の兵士が、半狂乱で私を呼びつける。

私の役割は、彼らが「効率よく奪う」ための道具だ。

「おい、家主に言え。隠し場所を言えば指は切り落とさないとな」

私は、目の前で震えるポーランド人の老夫婦に向き合う。

彼らの目は、私を人間として見ていない。ただの「動く災厄」として見ている。

「……お願いだ、教えてくれ」

私は喉の奥から絞り出すように、ポーランド語で囁く。

「教えれば、彼らは満足して次の家に行く。抵抗すれば、奥さんまで殺される。頼む、俺にこれ以上言わせないでくれ」

老夫婦は絶望に顔を歪め、壁に掛けられた絵画の裏を指し示した。

そこから金貨が出てきた瞬間、兵士たちは歓喜の声を上げ、老夫婦をゴミのように蹴散らして金に群がった。

助けたのか?

いいえ、私は彼らの「尊厳」を奪う手伝いをしただけだ。

彼らは命を拾ったかもしれないが、その目は二度と私を許すことはないだろう。

【虚無の戦利品】

その日の夕方、私は宿営地となった廃墟の庭で、少年兵アザマトが「戦利品」を洗っているのを見かけた。

それは、血のついた銀のブローチだった。

「見てくれよ、旦那。これ、俺の故郷の妹に似合うと思わないか?」

アザマトの瞳は、数日前までの「家に帰りたい」と願っていた純朴な光を失い、代わりにどんよりとした、熱に浮かされたような濁りを帯びていた。

「アザマト、それは……どうやって手に入れた?」

「……拾ったんだ。道に落ちてたんだよ。ただ、持ち主がちょっとだけ、離してくれなかっただけでさ」

彼は笑った。その爪の間には、乾いた血がこびりついている。

私は彼を叱ることも、諭すこともできなかった。

なぜなら、彼に「略奪の許可」を、彼らの国の言葉で伝えたのは私自身なのだから。

言葉が通じるということは、相手の「善意」だけでなく「悪意」や「狂気」もまた、正確に自分の心に転写されてしまうということだ。

私の耳は、四方八方から聞こえる悲鳴や銃声を、休むことなく翻訳し続けている。

「殺さないで」「どこへ行くの」「俺の金だ」「もっと奪え」

脳内が、汚泥のような言葉で満たされていく。


闇の囁きと暗殺の予感

夜のワルシャワは、火災の照り返しで不気味な橙色に染まっていた。

略奪した酒で泥酔したRONAの兵士たちが、あちこちで気勢を上げ、略奪品を奪い合って喧嘩を始めている。もはや軍隊の呈をなしていない。

私はカミンスキーへの報告書を届ける途中で、ドイツ軍が設置した臨時の司令部——元は豪華な邸宅だった場所の影で、足を止めた。

中から漏れてくるのは、冷徹で、規律の取れたドイツ語。

カミンスキーたちの汚らしい罵声とは対照的な、磨き上げられた刃物のような響きだ。

「……野蛮人ども(カミンスキー旅団)の状況はどうだ?」

「ひどいものです、将軍。オホタ地区は地獄絵図だ。あいつらは敵を殺すことより、女を犯し、ピアノや時計を盗むことに熱中している。軍事的な価値はゼロだ」

私は壁に背を預け、息を殺した。

「SSのハインリヒ(ヒムラー)は、当初あいつらを『毒には毒を』と重宝していたが、今はもう恥部と考えているようだ。規律を重んじる国防軍(ヴェアマハト)からの苦情も限界を超えている」

「では、予定通りに?」

「ああ。カミンスキーには近々、勲章の授与式という名目でロストフへ呼び出しをかける。そこで奴を……『掃除』する」

心臓が早鐘を打つ。

カミンスキーが死ぬ。そうなれば、梯子を外されたこの旅団は、ドイツ軍によって解体され、最前線の死地へ放り込まれるか、あるいは「目撃者」としてまとめて処分される。

その時、背後から足音がした。

「……何してるんだ、旦那?」

振り返ると、アザマトが立っていた。

略奪した高級なコートを不釣り合いに羽織り、手にはウォッカの瓶を持っている。

「中に、美味い肉でもあるのか? ドイツの旦那たちは、何を話してるんだ?」

私はアザマトの無垢な問いに、答えることができなかった。

今聞いたばかりの言葉を、彼に分かる言葉で訳してしまえば、彼の「希望」は一瞬で瓦解するだろう。

「……何でもない。明日も早いから、寝ろと言っているだけだ」

「なんだ、つまんねえな」

アザマトは笑って去っていった。

私は、彼が羽織っているコートの持ち主がどうなったかを考えないようにしながら、夜の闇を見つめた。

私の耳は、自分たちの「死刑宣告」を完璧に理解してしまった。

だが、それを伝えるべき相手は、もうどこにもいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る