天気連続殺人計画

烏川 ハル

天気連続殺人計画

   

 サークルの仲間達と一緒に、居酒屋の一室で飲んでいた時のこと。

 反対端に座っていた雨谷あまやの言葉が、僕のところまで聞こえてきた。

「そういえば昨日、おかしな夢を見たぜ」


 朗々とした声質なので、彼の声はよく響き渡る。

 だからいつものように、その場のみんなの注意を引きつける結果になった。

 近くに座る一人が、話を促す意味で尋ねる。

「おかしな夢? どんな夢だ?」


「おかしな」という言葉には色々な意味があり、例えば「変な」「異様な」も「おかしな」だが、雨谷あまやの口ぶりは違うニュアンス。「滑稽な」「珍妙な」の方に感じられた。

 だから皆、笑い話のたぐいが出てくると思ったようだ。しかし雨谷あまやは、その予想を思いっきり裏切る。

「俺が殺される夢だ。あれはナイフの一種かな? とにかく刃物で刺し殺される夢だった」


「おい、そのどこがおかしいんだ? おかしいどころか、むしろ怖い夢だろ?」

 当然のツッコミに対して雨谷あまやは、口の端に小さな笑みを浮かべた。

「いや、その俺が刺される瞬間にな。ちょうど雨が降ってたんだ」


 一瞬意味がわからなかったが、すぐに理解が追いついて、納得の反応が聞こえ始める。

「なるほど」

「『雨の日に死す』ってわけか、雨谷あまやだけに」

 女の子たちの中には、顔を見合わせて笑う者もいた。

「でも、現実的じゃないわよね。雨谷あまやくんを殺そうなんて人、いるはずないもん」

「ほんと、ほんと。だって雨谷あまやくんは雨谷あまやくんだからね」


 その場の雰囲気に合わせて、僕も作り笑いを受かべていたが……。

 心の中では、むしろ鬼の形相。

「ここにいるぞ、雨谷あまやを殺したい奴は!」

 と、大きな声で叫びたいくらいだった。


――――――――――――


 雨谷あまやは僕と同学年だが、学部は違う。

 僕は文学部で、彼は法学部だ。


 ただし僕たちの大学の法学部では、卒業しても司法試験を受けたりはせず、最初から公務員や一般企業に進むつもりの者が多い。

 そんな中、雨谷あまやは前々から、

「俺は弁護士になるために法学部に入ったんだ」

 と立派なこころざしを口にしていたし、それが「口だけ」とか「意識高い系」とは思われないような、堅実な雰囲気を漂わせていた。

 だからといって勉強一筋ではなく、サークル活動もしっかり楽しんでいる。練習には欠かさず来るし、サークル内ではグループリーダーの任に就いているほどだ。


 いわば尊敬に値する人物であり、女の子たちから「雨谷あまやくんを殺そうなんて人、いるはずない」「雨谷あまやくんは雨谷あまやくんだから」などと言われるのも当然だった。

 僕も元々、雨谷あまやを凄い奴だと思ってきたし、それでも気後きおくれれしたりせず、普通に友達の一人として接してきた。

 ところが……。


――――――――――――


「ごめんなさい。私も烏丸からすまくんのこと好きだけど、話したり遊んだりするのが楽しいって意味での『好き』で、それ以上の気持ちはないから……」


 同じサークルの晴美はるみちゃん。

 サークル内のグループは異なるので練習中は話す機会もないが、それでも練習後だったり飲み会の場だったり、僕としては結構会話も多い女の子だった。

 特に、夏合宿のレクリエーション。肝試しで一緒のペアになったのがきっかけで、それまで以上に親密になって……。

 夏休み明けには、よく電話で話すようになった。

 サークルの名簿に連絡先は載っているから、前々から電話番号は知っていたものの、男子は普通、何もなければ電話連絡などしないはず。用事がなくても電話をかけてきて、他愛ない話を続けるのは、女の子特有の感覚なのだろう。

 僕にしてみれば新鮮な経験だったし、同時に「晴美はるみちゃんが僕のことをそれだけ親しい存在だと思ってくれているあかし!」と感じられて嬉しかった。

 いつのまにか、すっかり僕は晴美はるみちゃんに惚れていたのだ。

 そして電話で話すだけでなく、休みの日に二人でカラオケに出かけたり、喫茶店でお茶したり。そこまで仲良くなれた時点で、意を決して告白したところ……。

 先ほどの「ごめんなさい」が返ってきたのだった。


 面と向かっての告白ではなく、電話で話しながらなのがわざわいしたのか。

 打ちひしがれる僕の様子など彼女には見えず、だから晴美はるみちゃんは平然と、追い打ちの言葉を続けていた。

「……それに私、みんなには内緒だけど、彼氏いるから。だから烏丸からすまくんとは付き合えないの」


「えっ……?」

 驚きのあまり、思わず叫んでしまう。

 長電話だったり二人で遊びに出かけたり、最近の晴美はるみちゃんは、かなりの時間を僕にいていた。もしも彼氏がいるならば、そうした時間は彼氏相手に使うはずであり、だから僕は「晴美はるみちゃんに彼氏はいない」と判断していたのに……。

 この点に関しては、晴美はるみちゃん自身、少し思うところもあったのだろう。こちらから具体的に尋ねるまでもなく、僕の疑問を勝手に察して、彼女の方から説明してくれた。


「彼は色々と忙しくてね。特に『そろそろ本格的に勉強しないと』って言って、私と過ごす時間が減っちゃって……。それで私、少し寂しくなっちゃったのかな? その寂しさを埋めてくれたのが烏丸からすまくんだったんだけど……」

 正直な気持ちを告げる晴美はるみちゃん。

 恋人がいるのにほかの異性と親しくするのは、たとえ浮気というほどではないにしても、褒められた話ではないだろう。でも、その真摯な口ぶりは逆に好ましく聞こえるくらいだった。

 彼女の台詞が僕の頭の中で反芻されて、日頃は鈍感な僕なのに、この時ばかりはピンと来た。

「ああ、雨谷あまやか。晴美はるみちゃんの彼氏は」


「あら、わかっちゃった? 彼と付き合ってること、さっきも言ったけど秘密にしてるから……。サークルのみんなには内緒にしておいてね、お願いだから」

 僕の呟きを肯定する晴美はるみちゃん。

 てへっと舌を出す様子が電話越しでも目に浮かぶような、可愛らしい口調だった。


――――――――――――


 晴美はるみちゃんは僕をフッたつもりかもしれないが、彼女の「私も烏丸からすまくんのこと好きだけど」という言葉は、僕の中に深く刻まれてしまう。

 惚れた女の子の口から『好き』という言葉が出てきた以上、諦めることなんて出来なかった。

 もちろん「話したり遊んだりするのが楽しいって意味での『好き』」と言われたのも、きちんと覚えているけれど、でもそれは現時点での気持ちに過ぎない。

 少なくとも『好き』なのは間違いないのだし、彼氏がいるにもかかわらず、別の男である僕に対して『好き』という気持ちがあるのだから……。

 もしもその彼氏の存在がなくなれば、もっと僕への『好き』が強くなる可能性だって考えられるのではないだろうか?


 こうして、僕の中に殺意が芽生えた。

 単純な嫉妬心やそれに付随する憎しみ。そんな後ろ向きな、それだけでは何も生み出さないような感情に加えて、「雨谷あまやさえいなければ、僕にもチャンスが……!」という建設的な、前向きな気持ちだ。


 しかし、今もしも雨谷あまやが殺されたとしたら、動機の面から僕が疑われるに違いない。

 被害者の恋人に横恋慕していた男なんて、まさに格好の容疑者ではないか。

 いや、仮に雨谷あまやの死後も晴美はるみちゃんが交際の件を秘密にしたままだとして、警察がそれを突き止めることも出来なかったとしても……。

 その場合、警察からは疑われずに済んで、逮捕は免れるかもしれない。だとしても、秘密を知っている晴美はるみちゃんだけは、僕に雨谷あまや殺害の動機があると気づくだろう。僕を疑うだろう。

 それでは意味がないのだ。少しでも晴美はるみちゃんに疑われたら、もう僕が彼女と付き合える可能性はゼロになるだろうから。


 ならば、別の動機。身近な人間関係とは異なる、全く別の理由で雨谷あまやは殺された……。

 みんながそう考えるような状況で、雨谷あまやには死んでもらう必要がある。

 その点を苦慮していた僕にとって、雨谷あまやが飲み会の席で告げた夢の話は、思わぬ朗報となった。


 雨谷あまや本人が語った奇妙な夢。

 その夢の通りに死ねば良いのだ。

 つまり、雨谷あまやは雨の日に刺し殺される。

 そうすれば、あの話を覚えている僕たちの間では「あの夢が正夢まさゆめになった」という解釈が真っ先に頭に浮かぶだろう。「あんな夢を見たから殺された」という理由付けだ。

 とはいえ、もちろん「正夢まさゆめ」だけでは「理由」としては弱い。しかし幸いなことに、雨谷あまや自身が「雨谷あまやという名前だから雨の日に死ぬ」という理由も提示してくれた。

 いや、これでもまだ弱いかもしれないが……。

 もしも雨谷あまや一人だけでなく、ほかにも同様の死に方をする者が続出したら、それこそが理由という解釈が広く浸透するのではないだろうか。


 いわゆる見立て殺人だ。


――――――――――――


 見立て殺人とは、おもに推理小説に出てくるもので、何かになぞらえる形で連続殺人が進行していくパターン。

 フィクションに限らず現実でも発生例はあるそうだが、現実の場合は「なぞらえる」対象も度合いも緩やかなのに対して、推理小説はエンタメゆえ突飛な場合も多い。

 例えば、日本の有名な作家で言えば横溝正史。『悪魔の手毬唄』では、その題名通り手毬唄にちなんだ連続殺人が起きるし、『獄門島』では俳句、『犬神家の一族』では家宝の「斧・琴・菊」に見立てた殺人事件が発生する。

 この辺りの作品は映画やドラマとして何度も映像化されているから、推理小説に疎い者でも、少しは知っているに違いない。僕が見た映画版の『犬神家の一族』では「斧」の見立て方が原作版とは違っていて、その点が特に印象に残っていた。

 また海外の有名な作家を例に挙げれば、誰でも名前を知っていそうなアガサ・クリスティ。彼女の作品の中でも、特に有名な『ABC殺人事件』や『そして誰もいなくなった』は見立て殺人の一種だ。前者では名前の頭文字のアルファベットに従ってその順番で殺されていくし、後者は童謡「十人のインディアン」に沿って事件が発生するからだ。


 さて、ここで話をフィクションから現実に戻して……。

 僕が計画する雨谷あまや殺しの場合は、天気になぞらえた殺人になるのだろうか。


 インターネットで苗字検索してみると、読み方は「あまや」だけでなく「あまがい」「あめたに」など様々だが、表記が「雨谷」となる苗字ならば、全国で1,000人以上いるという。

「雨谷」に限らず「雨」で探せば、例えば「雨川」は100人以上。「雨水」も数十人いるらしい。

 さらに「雨」にこだわらず、天気全般に視野を広げれば、それこそ晴美はるみちゃんの名前にも「晴れ」を意味する文字が含まれている。

 晴美はるみちゃんの場合は苗字でなく下の名前だが、苗字でも「晴」を含むものがあり、例えば「晴野」や「晴田」は、それぞれ数十人だったり十人程度だったり。

 ほかの天気でも「雪」に対応する「雪野」や「曇り」の「雲田」が、どちらも数百人以上いるようだ。


 雨谷あまやと同じく「雨」にちなんだ苗字に限定したら、殺害候補を探すだけで大変な一苦労。でも天気全般ならば、それほど困難ではないだろう。

 例えば天気の良い日に「晴野」が殺されて、曇りの日に「雲田」が、雪が降ったら「雪野」が殺される。それから雨谷あまやが雨の日に殺された場合、雨谷あまや殺しも一連の見立て殺人の一つとカウントされるはず。

 特に雨谷あまやだけを殺したい者がいるとか、そいつが犯人だとか、そんな疑いは向けられずに済むだろう。

 もちろん「一連の見立て殺人」と思ってもらうためには、それらの事件に繋がりを見出みいだしてもらう必要があるが……。

 その辺りは、推理小説ならば名探偵の名推理でサクッと話が進むとして、現実ではどうだろう? きちんと捜査陣に「これは見立て殺人だ!」と気づいてもらえるだろうか?


 例えば殺害現場に、当日の新聞の天気予報欄の切り抜きを置いておくとか。そうすれば「一連の事件」と認識されるし、天気との関連で「見立て殺人」と意識する者も出てくるだろう。

 事件が雨谷あまや殺しまで進めば、例の夢の件も誰かが証言するだろうし、名前と天気の関連はグッと強調されるはず。その意味では、雨谷あまやを真っ先に殺した方が良いかもしれないが、それでは単独の事件として扱われてしまう。周囲の人間が疑われてしまうから、そちらのデメリットの方が大きいのだ。

 だから、やはり雨谷あまやは3番目か4番目くらいまで残しておくべきだろう。まあ「一連の見立て殺人」と気づかせるための細工に関しては追々おいおい、計画を細部まで煮詰めていくとして……。


 それよりも手始めにやるべきは、殺害候補のピックアップ。

 天気にちなんだ名前の人間を、僕の行動できる範囲内で見つけ出す必要があった。

 どこの住所に、どんな名前の人間が住んでいるか。どんな生活パターンで暮らしているか。

 その辺りの個人情報を調べるのは難しそうに思えたが、これもインターネットを使えば、それほど困難ではないのかもしれない。SNSの中には、本名でしか登録できないサービスもあるので、そちらで目的の苗字を探していくと……。


――――――――――――


 既に木枯らしも吹くような11月。

 2時間ほど電車に揺られて、僕は隣県の地方都市まで来ていた。


 もう夕方だが、まだ帰宅ラッシュには早い時間帯だ。電車はそれほど混雑していなかったし、駅の改札から吐き出される人の数も想定より少なかった。

 駅前から15分ほど歩き、さらにその辺りの住宅街をぐるりと一回りしてみる。

 寒いので、用事がなければ誰も出歩かないのだろう。人通りはまばらで、僕がすれ違ったのは数人だけ。一人は足早に歩いていたし、ほかは全て犬を散歩させていた。

 それらの犬は番犬タイプでなく、愛玩用の小型犬ばかり。地元の人間でない僕を不審者とみなして吠えるような犬はおらず、その点少し安心する。

 周囲の建物に目を向ければ、高いビルは一つもなく、二階建ての一軒家が並んでいた。建売住宅らしき同じ外観の家が並ぶ区画もあったが、そこを過ぎると見えてきたのは……。

「ああ、ここか」

 ほかよりも少し広い、青い屋根の家を前にして、僕の歩くペースが遅くなる。

 門前まで来たところで一瞬だけ立ち止まり、表札を確認。目的の名前である「雪野」が、きちんと書かれていた。


 SNSで見つけた、一人目の殺害候補。

 この家には「雪野ゆきの彩花あやか」という少女が、両親と三人で暮らしている。近くの高校に通う3年生で、SNSに載せられていた写真を見る限りでは、すらりとした体型らしい。

 そんな情報を入手した僕は、いつか雪の日にその少女を殺すつもりで、今日は下見に来たのだった。


 しかし、ようやく「一人目の殺害候補」だ。

雨谷あまやは3番目か4番目くらい」というのであれば雨谷あまや以外に二人か三人、いや雨谷あまやで終わったら不自然だから、雨谷あまやあとにも一つか二つの殺人事件。

 そう考えていくと、最低でも四人くらいは候補が必要なのだが、まだ一人目。

 しかも「雪野」だから殺すのは雪の日、つまり冬に実行しないといけないけれど、こんな状態で今年の冬に間に合うのだろうか?

 極端な話、自転車操業みたいに場当たり的に遂行するのであれば、一人目の候補を見出みいだした時点で第一の殺人を実行することも可能なのだろう。しかし僕としては、それには強い抵抗があった。

 人の命を奪う以上は、見切り発車なんて出来ない。きちんと計画を煮詰めてからでないと、連続殺人はスタートできないと思っていたのだ。


 自分では「一瞬だけ立ち止まり」のつもりだったが、ついつい考え込んでしまい、想定以上に長々とその場にとどまっていたらしい。

 僕を思考の海から現実に引き戻したのは、背後からの声だった。

「うちに何か御用ですか?」


――――――――――――


 ハッとして振り返れば、そこに立っていたのは、長い黒髪の持ち主。制服の上から学校指定のコートを羽織った女子高生であり、SNSの画像では見覚えのある顔だった。

 雪野ゆきの彩花あやかだ。

 僕の連続殺人計画の、一人目の殺害候補だ。


 一目見た途端、心の中に「申し訳ない」という気持ちが湧いてくる。

 罪悪感のようなものだろうか。

 今まで立ててきた殺人計画も将来の遂行を前提としていたけれど、しょせん雨谷あまや以外の被害者候補は会ったこともない他人。だから現実感に乏しく、机上の空論みたいな感覚すらいだいていたのに……。

 こうして実際に相手に直面することで、生々しさを実感させられたのだ。


 とはいえ、今は動揺している場合ではなかった。

 彼女が「うちに何か御用ですか?」と尋ねてきた以上、僕が黙って立っていたら、それこそ怪しい。不審者として彼女の印象に残るのはけたかった。

「いえ、何でもありません。それじゃ……」

 言い訳にもならぬ言い訳を口にして、軽く頭を下げながら立ち去ろうとするが……。


「はあっ? 何ですって?」

 わざわざ彼女が聞き返してくるので、僕の足が止まる。

 いや「わざわざ」というよりも、彼女にしてみれば、ただ単によく聞こえなかっただけだろうか。

 髪と同じ黒色だから目立たなかったけれど、よく見れば彼女は、ふわふわとしたイヤーマフを身に付けていた。防寒用の耳あてだが、遮音効果も伴っていたらしい。


「いえ、何でもありません」

 と大きな声で繰り返して、今度こそ僕はその場から立ち去る。

 しかし数歩くらい歩いただけで、つい振り向いてしまった。

 不審者と思われたのではないか。家の周りをうろついていた男として、僕のことを彼女が両親に話したら、彼女が殺されたあと僕に疑いがかかるのではないか。その辺りが気になって、彼女の様子を窺うと……。

 やはりすぐには家に入ろうとせず、少し小首をかしげながら、こちらに視線を向けている。


 ああ、まずいな、と思った。

 同時に視界に入ったのが、向こうからやってくる銀色の乗用車。

 まさか居眠り運転の暴走車だろうか? 住宅街の道には相応しくないほどのスピードで、後ろから彼女に迫りつつあった。

 しかし、彼女は気づいていないようだ。

「まずい!」

 と叫びながら僕の頭に浮かんだのは、彼女のイヤーマフにはおそらく遮音効果もあるだろう、と先ほど考えたこと。

 さらに、最初にいだいた罪悪感のような気持ちも、僕を後押ししたのだろう。

 咄嗟に駆け寄り、車をける方向へと、彼女を突き飛ばす。

「きゃっ!?」

 驚きの悲鳴。

 彼女を助けることには成功するが、しかしそこまでだった。

 この瞬間、僕の意識は暗転して……。


――――――――――――


 意識を取り戻した時には、僕は病院のベッドの上。

 頭には包帯が巻かれて、右腕と右脚はギブスで固められていた。

 ちょうど彼女の身代わりになる形で、あの車に轢かれてしまったらしい。

 ただし、頭の方は軽く切っただけ。命に別状はなく、腕と脚は全治3ヶ月の骨折だった。


 とりあえずは歩けないので、しばらく入院。

 僕が車に轢かれたと聞きつけて、サークルの仲間達もお見舞いに来てくれたが、実際に僕の姿をの当たりにすると、みんな気が緩んだような雰囲気を示した。

「何だよ、元気そうじゃないか。心配して損したぜ」

「女子高生を助けた代償だって?」

「ヒロイックな行動なんて、烏丸からすまらしくないな。似合わないことするから、そういう目にあうんだぞ」

 と軽口を叩くほどだ。


 見舞ってくれた友人の中には雨谷あまやも含まれていたし、雨谷あまやとは別のタイミングで晴美はるみちゃんも来てくれた。

 おそらくは二人で示し合わせて、わざと時間をずらして来たのだろう。ほかのサークル仲間も一緒ではなく、彼女一人だった。

「久しぶりね、烏丸からすまくん。大丈夫?」

「うん、ありがとう」

 と、ぎこちない笑顔で返しておく。

 サークル内で顔を合わせる機会はあったから、厳密には「久しぶり」ではない。ただし僕の告白以来、サークル以外の時間に二人で会ったり、電話で話したりはしておらず、感覚的には疎遠になっていた。

「これ、お見舞いの差し入れだけど……。その手じゃ剥けないわよね?」

 持ってきた林檎を、僕のために切ってくれる晴美はるみちゃん。

 そんな彼女の仕草を見るだけで、僕はフワッと心が温かくなるが……。


 ちょうどその瞬間、病室のドアが開き、別の見舞客が訪れる。

「こんにちは! 今日もお見舞いに来ました!」

 雪野ゆきの彩花あやかだった。


――――――――――――


 彩花あやかから見れば、交通事故から自分を助けて身代わりとなったのが、僕という男だ。

 もちろん彼女が悪いわけではないが、僕の怪我に若干の責任を感じているのだろうか。彩花あやかは何度もお見舞いに来てくれていた。

 たまたま今までは、僕の知り合いが来ていない時ばかりだったが、今日は初めて鉢合わせする格好になったのだ。


 晴美はるみちゃんを目にした途端、彼女の笑顔がフッと消える。

「あれっ、彼女さん? 私が来たの、お邪魔だったかな……」

「いいえ、違うわ。ただのサークル仲間よ、気にしないで」

 彼女の発言に被せる勢いで、晴美はるみちゃんは急いで否定。それだけは足りないと言わんばかりに、林檎を切っていた果物ナイフも置き、さらに言葉を続けた。

「それに私、彼氏いるから。きちんとした彼氏が」

 何だか誇らしげな表情の晴美はるみちゃん。

 きちんとした付き合いの彼氏という意味にも受け取れる言葉だが、僕よりもきちんとした男と付き合っている、とも聞き取れるニュアンスだった。

 そう感じたのは僕だけではないようで、彩花あやかが眉間に皺を寄せる。自分の命の恩人を見下みくだされたみたいに感じたらしい。

「あれ? まるで烏丸からすまさんが立派じゃないみたいな言い方……」

「まあ、ごめんなさい。そんなつもりないんだけど……。うん、烏丸からすまくんだって、いい人よ? 私が保証するわ」

 取ってつけたような口調のフォローに続いて、

「それじゃ、立派な烏丸からすまくんの看病はあなたに任すわ。私こそお邪魔だったみたいで、ごめんなさいね!」

 と言い放ち、晴美はるみちゃんは病室から立ち去ってしまう。


「何だかちょっと、感じ悪い人……」

「まあ彼女も、大学ではかなり雰囲気違うんだけどね。今日は機嫌でも悪かったのかな?」

 という僕の言葉は聞き流して、切りかけのまま放置された林檎を、彩花あやかは手にするのだった。


――――――――――――


 サークル仲間はみんな一度だけで、頻繁にお見舞いに来るのは彩花あやか一人。

 退屈な入院生活なので僕としては助かるが、高3の冬といえば、大学受験のためにも勉強が大切な時期だろう。僕の相手をしている暇なんてないはずだった。

 しかし、それを指摘したら、

「じゃあ私、ここで勉強しますね。看病のお礼に……と言ったら変だけど、烏丸からすまさん、私の勉強みてもらえますか?」

 と言い出して、病室に参考書や問題集などを持ち込み、僕の病室で勉強するようになった。


 バイト代は出ないものの、一種の家庭教師みたいなものだろうか。

 そうなると彼女が来る頻度もさらに高くなり、僕の退院後も二人で会うようになる。

 もちろん真面目に勉強していたが、それだけ会っていればプライベートな意味でも自然に親交は深まり……。


 春になって、彼女の合格発表の数日後。

 合格のお祝いとして、二人で少し高級なディナーへ。

 その夜から、僕と彩花あやかは付き合い始めた。


――――――――――――


 旅行は計画している時が楽しい、という話がある。

 旅行の場合、時間や経済的に行く余裕がないから計画だけ立てて、った気になって楽しむ、という人もいるかもしれない。

 いずれにせよ、これらは旅行に限らず、他の出来事でも似たようなものだろう。


 例えば僕の雨谷あまや殺害計画も同じで、計画を立てるのは実行の代替行為に過ぎず、それで気持ちを発散させていたに違いない。

 どうせ計画だけだったのだ。しょせん僕は、人を殺せるような人間ではないのだから。


「恋は盲目」という言葉もある通り、確かにあれは一種の熱病だった。

 冷めてしまえば、なんて愚かな考えにとらわれていたのか、と呆れるほどだ。


 いつのまにか晴美はるみちゃんへの恋心は消えていたし、それに伴って雨谷あまやに対する憎悪や嫉妬も消失。

 今では逆に、むしろ二人に感謝しているくらいだった。

 おかげで彩花あやかと知り合うことが出来て、今現在の幸せに繋がったのだから。




(「天気連続殺人計画」完)

   

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