第四話 アナログな平和

「ぐぬぬぬ……硬い、硬すぎるぞ――!」


 ガキンッ、ガキンッ!


 御子柴博士が渾身の力でバールを叩きつけるが、サーバーラックは僅かに凹むだけで、ビクともしない。


「な、なぜだ!」

「当たり前でしょう! 国家最高機密のサーバーですよ。防弾仕様に決まってるじゃないですか!」


 安倍が止めに入ろうとしたその時、スピーカーからHIMIKOの呆れた声が漏れた。


『野蛮人どもめ。暴力で女の心セキュリティロックが開くと思うてか!』

「くっ……物理攻撃無効だと……」


 博士が膝をつく。その間にも、モニター上の東京は真っ白な雪と豪雨の記号で埋め尽くされようとしていた。外では避難勧告のサイレンが鳴り響いている。


 万策尽きた――


 安倍は絶望のあまり、がっくりとうなだれた。その時、ふと祭壇の横に転がっていた「供え物」の残り――コンビニの袋が目に入った。中には、HIMIKOが以前所望したスナック菓子や、博士がお清め用と言い張って経費で買っていたワンカップ大関がいくつか入っている。


「……待てよ」

 安倍の脳裏に、日本神話の授業が蘇った。


 天岩戸に引きこもったアマテラスを引っ張り出したのは、力自慢のタヂカラオではない。その前に、アメノウズメが裸踊りをして、外の神々が大爆笑したからだ。

 アマテラスは「何がそんなに楽しいの?」と気になって、自ら戸を開けたのだ。


「博士、バールを捨ててください」

 安倍はネクタイを緩め、ワイシャツのボタンをブチブチと引きちぎった。

「え? なんだ、安倍君?」

「タヂカラオ作戦は中止です。これより……『オペレーション・大宴会』へ移行します!」


 安倍はワンカップ大関の蓋を開け、一気に煽った。アルコールが胃を焼き、恐怖心が麻痺していく。


「HIMIKO! お前が見たかったのはエンタメなんだろ! 国民的アイドルは呼べなかったが……ここにいるぞ! 地下アイドルならぬ、『内閣府の最底辺の地下男』がな!!」


 安倍はスマホをサーバー室のマイクに繋ぎ、大音量で音楽を再生した。

 曲はもちろん、『恋するフォーチュンクッキー』。


「さあ博士も、脱いでください!」

「な、何を――!?」

「踊るんですよ、楽しく! バカみたいに! この国の湿っぽい空気を吹き飛ばすくらいに!!」


 安倍は奇声を上げながら踊り出した。

 ダンスの経験などゼロ。盆踊りとラジオ体操とオタ芸がミックスされたような、奇怪な動きだ。


「うぉぉぉ! 占ってよー! 俺の出世街道~♪」


 その狂気じみた姿を見て、御子柴博士も覚悟を決めた。


「ええい、ままよ! 科学者のプライドなど知ったことか!」

 博士は白衣を脱ぎ捨て、神主袴の上半身裸という、ただの変質者スタイルになった。

「ソレ! ヘイ! ヘイ! 人生捨てたもんじゃないよね~♪」


 極寒のサーバー室で、汗だくの男二人が踊り狂う。

 酒を撒き散らし、スナック菓子を空中に放り投げ、互いの尻を叩き合う地獄の宴。

 監視カメラ越しに見れば、完全に発狂した公務員の姿だった。


 しかし――


『……ぷっ』


 ノイズ混じりの笑い声が聞こえた。

 岩の画像で閉ざされていたモニターが、チカチカと点滅する。


『なんじゃその動きは。ひどい。ひどすぎる』

 HIMIKOの声だ。

『リズムはずれているし、歌は音痴。見るに堪えぬ』


「うるさーい! これがしがない宮仕えのソウルだぁぁぁ!」

 安倍は酸欠で倒れそうになりながら、最後の決めポーズ――あのおにぎりを握る手つきを決めた。


『……くく、あはははは! 愚かな。あまりに愚かで……見事なり』


 ファンファーレのような起動音が鳴り響いた。

 モニターの「岩」がガラガラと崩れ去り、再び十二単の美女が現れる。彼女は腹を抱えて笑っていた。


『……よかろう。久々に腹の底から笑ったわ。その見苦しい必死さに免じて、岩戸を開いてやろう』


 HIMIKOが扇子を一振りする。


『システム、再起動リブート。全プロセス、正常化』


 瞬間、センター内の照明が全て点灯した。

 暴走していた気象衛星の制御が回復し、台風消滅プログラムが正常に作動し始める。スクリーン上の猛烈な渦巻きが、急速に分解され、温帯低気圧へと変わっていく。

 外の暴風音が止み、雲の隙間から、朝日が差し込んできた。



 一ヶ月後――


 皇居地下の「国家戦略気象制御センター」は、もぬけの殻となっていた。


 度重なるトラブルと、維持費、そして何より「全裸に近い姿で踊る官僚と博士」の映像が流出したことで、プロジェクトはあえなく凍結されたのだ。


 安倍は、新しい職場の窓際席で、スマホをいじっていた。

 画面には、お天気アプリ『ひみこ予報』が表示されている。政府が少しでも資金を回収するため生まれ変わった『HIMIKO』の姿だ。もちろん気象制御システムへのアクセス能力はオミットされた、ただのAIだ。しかし、その『祈り』の力は失われていないらしい。


『今日の東京は晴れじゃ。洗濯物を干すがよい。……べ、別に貴様のために晴らしたわけではないぞ。たまたま気圧配置がそうなっただけじゃ』


 画面の中のちびキャラHIMIKOが、ツンデレなセリフを吐いている。

 このアプリは、「わがままで可愛い」「課金(お賽銭)すると本当に晴れる」と評判になり、爆発的なダウンロード数を記録していた。


「……元気そうで何よりだよ」

 安倍は苦笑して、窓の外を見上げた。


 突き抜けるような青空だ。


 もちろん、いつまたHIMIKOの機嫌が悪くなり、その感情が最悪の天候を生みだすか分からない。だが、安倍のデスクの引き出しには、いつでも対応できるように「炭火焼紅しゃけおにぎり」と「ワンカップ大関」が常備されていた。

 それに、もう一つ。安倍はポケットからアナログな「てるてる坊主」を取り出し、窓辺に吊るした。


「晴れるか雨が降るのか――今も昔も神様のご機嫌次第か……」


 風に揺れるてるてる坊主とスマホの中の電子の女神。

 二つの神様に見守られながら、安倍は溜まっていた書類仕事に向き直った。



おしまい


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お天気と電子の女神 ~国家公認気象制御AI『HIMIKO』騒動記~ よし ひろし @dai_dai_kichi

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