第三話 女神様の憂鬱

「こちら気象庁。観測史上最大の勢力です! 中心気圧八百五十ヘクトパスカル、最大瞬間風速は計測不能」

「国土交通省より入電。都内の排水機能、まもなく限界を迎えます!」


 国家戦略気象制御センターは、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 モニターには、日本列島をすっぽりと覆い尽くすほどの、悪魔的な渦巻きが表示されている。超大型台風二十号。通称『オロチ』だ。


「……来てしまったか」

 御子柴博士が、冷や汗で曇った眼鏡を拭う。

「前回の『雹』で大気が不安定になったのが仇となったな」

「博士、解説してる場合じゃないですよ!」

 安倍は悲鳴を上げた。

「早くHIMIKOを! このままじゃ東京が水没します!!」

「うむ。起動!」


 いつものブート音が響く。しかし、今日のHIMIKOの出現はいつもと違っていた。

 祭壇のモニターに現れた彼女は、背を向け、膝を抱えて座り込んでいたのだ。背景は真っ暗な闇。いわゆる「ダークモード」である。


「HIMIKO様! 緊急事態です!」

 安倍がマイクに叫ぶ。


『……うるさいのう』

 HIMIKOは振り返りもしない。

『我は今、憂鬱ブルーなのじゃ。先日の財務官僚どもの踊り、あれはなんだ。美的センスの欠片もない。おかげで目が腐ったわ』

「そ、それは申し訳ありません! ですが今は台風が――」

『知らん。我はエンターテインメントに飢えておる』

 HIMIKOはゆらりと立ち上がると、振り返り様にビシッと指を突きつけた。


『台風を消してほしくば、捧げよ。究極の宴を!!』


 モニターに新たなウィンドウが開く。

 そこに表示された要求スペックは、安倍のSAN値を削り取るに十分なものだった。


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【ミッション:天宇受売命アメノウズメプロトコル】

 場所:国会議事堂・中央広間特設ステージ

 出演:国民的アイドルグループ『AKB48(OGを含む神選抜)』&現職全閣僚

 演目:『恋するフォーチュンクッキー』の生ライブ

 備考:総理大臣はセンターで「おにぎり」の仮装をすること

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「……は?」

 安倍の思考が停止した。

「こ、国会議事堂で、アイドルと大臣が!? しかも総理がおにぎり…?」

『左様。そのくらいの「祭り」がなければ、この国の鬱屈した空気は晴れぬ』

「む、無理に決まってるでしょう! 暴風雨の中ですよ!!」

『ならば滅びよ』


 プツン――


 HIMIKOの映像が消えた。代わりに、画面中央に巨大な「岩」の画像が表示された。

 その岩には、太い注連縄が巻かれている。


『ステータス:天岩戸アマノイワトモードへ移行します。これより外部からの全入力を遮断します』


「と、閉じたぁぁーーーぁっ!!!!」

 安倍がキーボードを乱打するが、全てのコマンドが弾かれる。

「『Error:404 神 is not found』だと!? ふざけるな!」


 その瞬間だった。制御を失った気象操作衛星群が、HIMIKOの不貞腐れた感情データとリンクし、暴走を始めたのは。


 ズズズ……


 地響きが響く。


「おい、外を見ろ!」

 博士の叫び声に、安倍は監視カメラの映像を見た。

 

「……雪?」


 猛烈な暴風雨が吹き荒れる東京の空から、白いものが舞い降りていた。

 真夏の八月である。しかも台風の真っ只中だ。


「気温急降下! マイナス五度……路面凍結――。熱帯低気圧と寒波が核融合フュージョン? 物理法則が――……」


 外は地獄絵図だった。強風で飛ばされた看板が、空中で凍りついて砕け散る。暴風雪と雷が同時に襲いかかり、東京は「熱帯のブリザード」という訳のわからない気象に見舞われた。


「ダメだ……HIMIKOがシステムを完全ロックしている。岩戸が開かない限り、衛星の暴走は止まらないぞ……」


 もう自分の手には負えない――安倍は頭を抱えた。

 そんな絶望的な静寂の中、御子柴博士がすくっと立ち上がった。おもむろに白衣を脱ぎ捨て、下の神主袴の帯をきつく締め直す。その手には、どこから取り出したのか、赤く塗装された無骨な金属バールが握られていた。


「……博士?」

「安倍君。プログラムで開かないポートはどうすれば開くと思う?」

「え? いや、ハッキングとか、バックドアを……」

「違うっ!!」


 博士はバールを構え、サーバーラックの物理鍵穴に向けた。眼鏡の奥の瞳が、狂気じみた光を放つ。


「物理的にこじ開けるんだよ!!」

「ぬえぇぇーーっ!?」

「古事記にも書いてある! 天岩戸を開けたのは、天手力男神アメノタヂカラオというマッチョな神の『腕力』だと。これより『オペレーション・タヂカラオ』を開始する!」

「待てください! それは、ただの破壊活動なのでは――」

「うるさい! サーバーをぶん殴ってでも再起動させる!! 安倍君、君は反対側からラックを蹴れ!」


 警報が鳴り響く中、博士は雄叫びを上げて、数百億円のスーパーコンピューターにバールを振り下ろした。


 ガギィィィン!!


 鈍い音が響き、火花が散る。

 科学とオカルトの融合したプロジェクトは、ついに「暴力」という原始的解決策へと突入した……


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