第2話 黒鱗と無垢の翼

『ぐおおお』

「…………」

『ぐおおお』

「…………」

『ぐおおおおお』

「……っ! もう勘弁してくださいよ、そのいびき……っていうか寝ブレス!! 眩しいし熱いし、あと臭いし!!」

『お……?』

「自覚ないんですか? ますます酷くなってますよ……あーあ、周りの樹も焦げちゃって」


『耳栓や鼻栓を――』

「してますよ当然。けど龍なんですよあなた。んなもん貫通してくるんです」

『なら別々に寝ればいいだろう。わざわざ寝床を共にせずとも』

「目を離すとすぐ何かしでかすでしょう。こないだなんて……転げ回った挙句、崖から落ちて翼を折ったし」

『まあ……うむ、そうだな』


「はあ、まだ夜明けまで数刻……眠れるかな」

『……すまない』

「謝られると私が悪者みたいじゃないですか。仕方ないです。これも一族の使命なん、です…………ぐう」

『寝たぞこいつ……』


―――――――


「さて、朝ごはんにしましょうか。罠に鹿でも掛かってくれればいいんですけど」

『また鹿か? たまにはもっとこう、魔力たっぷりの高位の霊獣なんかをだな』

「そんなもんが罠に引っ掛かるとでも?」

『以前は狩ってきてくれたじゃないか』

「あれはあなたがあまりにも弱っていたからです。強いんですよあの連中は……見てください、この傷。あの時の一突きでこうなったんです。全然治らないんですよ」

『……人前でそんな風に脱ぐもんじゃない』

「龍前でしょ、何を紳士ぶって目を背けてんですか」


――――――――――


「ごちそうさまでした」

『……不味い。せめて少しは焼いてくれ』

「生じゃないと魔素が壊れますよ? ただでさえ老化で魔力が減ってるのに、好き嫌いはダメです」

『ううう……』

「泣いても無駄です。ほらさっさと食べて、湖で沐浴しなきゃ」

『本っ当にお前は腹立たしいな!』



『気を付けろよ。私の黒鱗は鋭い。そして――』

「――”逆鱗”に触れるな。はいはい。いつも気を付けてますってば」

『そうじゃない。その……デッキブラシで適当にがしがし洗うのはやめろと言いたいんだ!』

「手作業じゃおっつかないじゃないですか。ほら右翼上げてくださいー」

『…………』

「そうそう、素直に聞いてくれればすぐ済みます」

『…………』

「…………」

『ところで、さっきから人間の子供がこっちを見ているのだが』

「へっ!?」


 ――あ、あわわ、あわわわわ……。


―――――――――――――――――


「あー、こんにちは? びっくりしましたよね。ええと……お嬢ちゃん?」

「お、おねえさん。それって、りゅう……」

「そうですね。龍です」

「りゅうと、お話してた……」

「そんな目で見ないでください……私まで化け物みたいじゃないですか」


『グルルル』(充分化け物だろう)

「がるるる!がるるがーる!」(なんですって失礼な! いちおう年ごろの乙女ですよ私だって!)


「ひええ……」

「あ、すいません。うん。付近に住んでる子? うん。日課の水汲み? そうですか。私たちは旅の途中の者です。明日にはこの地を離れるので心配しないで――」

「りゅ、りゅうって、ほんとうにいるんですね」

「そうですね、多くの者は寓話や神話……遠い世界の絵空事だと思っているでしょうが」


『グルルル』

「がるる」


「りゅうと、お話できるんですか?」

「え? ああ、はい。一応そういう仕事なので」


――――――――――


「――という訳で、このじじい……じゃなくてお年を召した龍と私は旅をしているわけです」

「……このりゅうさん、もうすぐ、死んじゃうの……?」

「ああ、泣かないで。それは自然なこと……と言ってもまだ納得できないよね……」


『人間の子か……久しく食べてない。うまそうだな』

「こら! この子が怖がるでしょ!!」

「ひっ!」


「あぁあ、ごめんね、ごめん」

『冗談だ』

「そのボケは笑えませんってば」

「ふええ……」「ごめんね? ほら落ち着いて……」

『忙しそうだな』

「そう思うなら茶々を入れないでください!」


「……おねえさんは、りゅうさんと、なかよしなんですね」

「えっ? あ、ああ……そう見えます? そうですか……」

「それに、とてもきれいなりゅうさん」

「あっ、触っちゃダメですよ。あの鱗は、触れるだけで怪我しちゃいますから」


――――――――――


「ばいばーい! げんきでたびしてねえ!」

「はーいさようなら、あなたこそ気を付けて帰るんだよ~」



『はあ……』

「はあ……」

『なんだその溜息は』

「そっちこそ」

『子供は苦手だ。キーキー喚かれてかなわん』

「それがいいんじゃないですか。打算も嘘もない無垢。未来の象徴ですよ」

『…………未来、か』

「……なんですかその意味ありげな間は」


『お前にも繁殖の欲求があったとはな』

「……言い方、もっと他にあるでしょう……」

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死にたがりの龍とドラゴンケアラー Shiromfly @Shiromfly2

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