最終話「証明」
2026年。春。
リクは22歳になっていた。
あれから一年以上が経ち、リクの生活は大きく変わっていた。
ユウのバンドを卒業し、自分のバンドを結成した。
名前は――「REWIND」。
メンバーは4人。リクがギター兼ボーカル。
「よし、今日も練習するぞ」
スタジオで、リクはメンバーに声をかけた。
「おう」
ドラムの男が答える。
「頑張りましょう」
ベースの女が笑う。
「リク、新曲できたんだろ?」
キーボードの男が聞いた。
「ああ。聴いてくれ」
リクはギターを構えた。
新曲――「未来へ」。
歴史を変えた自分の経験を、歌にした曲。
「過去を変えても、未来は続く」
「失ったものも、得たものも、全部抱えて」
「俺は前に進む」
曲が終わると、メンバーたちが拍手した。
「いい曲だな」
「ライブで演奏しようぜ」
「みんな、気に入ってくれると思う」
リクは笑った。
これが、俺のバンドだ。
練習が終わった後、リクは一人で街を歩いていた。
渋谷。変わらない景色。
でも――リクの目には、全てが新鮮に見えた。
俺は、ここにいる。
この世界で、生きている。
ポケットの中で、スマートフォンが震えた。
メールだ。
送り主は――アキラ。
「来月、新しいアルバムを出す。聴いてくれ」
リクは笑った。
アキラは今も、精力的に活動している。
年齢は54歳になったが、まだまだ現役だ。
アキラが生きている。
それが何より嬉しい。
夜、リクはレナと二人で夕食を食べていた。
「リク」
「何?」
「あなた、最近忙しそうね」
「まあね。バンドの活動が増えてきて」
「無理しないでね」
「大丈夫」
リクは笑った。
「俺、音楽が楽しいから」
レナは微笑んだ。
「そう。――ならいいわ」
二人で、黙って食事を続けた。
これが、日常。
リクが長い間失っていた、普通の日常。
温かくて、穏やかで、幸せな時間。
「ねえ、リク」
「ん?」
「あなた――後悔してない?」
「後悔?」
「歴史を変えたこと」
リクは少し考えてから、答えた。
「……してない」
「本当?」
「うん。俺は――正しい選択をしたと思う」
リクはレナを見た。
「アキラは生きてる。ユウさんは音楽を続けてる。母さんとも、一緒にいられる」
「……」
「だから――後悔してない」
レナの目から、涙が溢れた。
「ありがとう――」
「母さん?」
「あなたが――私の息子で、よかった」
レナは涙を拭った。
「本当に――ありがとう」
2026年12月17日。
二年目の、あの日。
リクは今年も、アキラのライブに出演することになっていた。
でも、今回は前座ではなく――共演だ。
「緊張するか?」
楽屋で、アキラが聞いた。
「……めちゃくちゃ緊張してるし、口から心臓が出そう」
「だろうな。俺と一緒にやるのは初めてだもんな」
「うん」
リクは深呼吸した。
「でも――楽しみだよ」
リクは笑って返した。
「俺もだ」
アキラも笑った。
「お前と一緒に演奏できるなんて、夢みたいだ」
「俺の方こそ――」
二人は顔を見合わせてまた笑った。
「よし、行くぞ」
「はい」
二人は、ステージに向かった。
ライブハウス・サーキット。
客席は満員だった。500人以上の観客が詰めかけている。
ステージ上には、アキラとリクが並んで立っていた。
「――今夜は、来てくれてありがとう」
アキラがマイクに向かって言った。
「今日は特別なライブだ」
観客が静まり返る。
「32年前の今日――俺は死ぬはずだった」
ざわめきが起こる。
「でも――誰かが、俺を救ってくれた」
アキラはリクを見た。
「こいつだ」
リクは頭を下げた。
拍手が起こる。
「こいつは――未来から来て、俺を救った」
観客が驚きの声を上げる。
「信じられないかもしれない。でも――俺は信じてる」
アキラはギターを構えた。
「今夜は――こいつと一緒に演奏することを決めた!」
リクもギターを構えた。
「これは――感謝の曲だ」
二人は顔を見合わせた。
そして――
最初の音を、鳴らした。
轟音。
二つのギターが重なり合った。
アキラの経験。リクの情熱。
過去と未来が、一つになった。
これが――音楽だ。魂を込めた音楽だ。
アキラが歌い始めた。
「――あの夜、俺は死のうとした」
「でも、誰かが手を伸ばした」
リクが重なるように歌った。
「――俺はここにいる」
「あなたのおかげで」
二つの声が、ハーモニーを作る。
「これが、証明だ」
「俺たちが、生きてきた証明だ」
客席から、歓声が上がる。
みんな、拳を振り上げている。泣いている。笑っている。
音楽が――人を繋いでいる。
曲が終わった。
静寂。
そして――
割れんばかりの拍手。
ライブの後、楽屋で4人が集まった。
アキラ、ユウ、レナ、そしてリク。
「最高だったなぁ」
ユウが言った。
「ああ」
アキラは笑った。
「リクとの共演――ずっとやりたかったんだ」
「俺もだよ」
リクは頷いた。
「来年も――やりたい!」
「当たり前だろ!」
4人は笑い合った。
レナが口を開いた。
「ねえ、みんな」
「何?」
「私――ずっと思ってたことがあるの」
「何だ」
「私たちは――家族よね」
三人は頷いた。
「血は繋がってない。でも――音楽で繋がってる」
レナの目が潤んだ。
「だから――家族」
アキラが立ち上がった。
「そうだな」
ユウも立ち上がる。
「俺たちは、家族だ」
リクも立ち上がった。
「はい。――家族です」
4人は抱き合った。
涙を流しながら、笑いながら。
これが、俺たちの絆だ。
2030年。
リクは26歳になっていた。
REWINDは、メジャーデビューを果たしていた。
デビューアルバムのタイトルは――「証明」。
オリコンチャート初登場5位。
音楽雑誌で特集が組まれ、テレビにも出演した。
「高梨リク率いるREWIND――新世代のロックバンド」
そんな見出しが、雑誌を飾った。
でも、リクは浮かれなかった。
「まだまだです」
インタビューで、そう答えた。
「俺の目標は――アキラさんを超えること」
「超えられると思いますか?」
「分かりません。でも――挑戦し続けます」
2034年。
リクは30歳。
REWINDは5枚目のアルバムをリリースした。
どのアルバムもヒットし、ライブは毎回ソールドアウト。
音楽賞もいくつか受賞した。
でも――リクの目標は変わらなかった。
アキラを超えること。
いや――違う。
アキラと並ぶこと。
それが、リクの本当の目標だった。
2044年。
リクは40歳になっていた。
REWINDは15枚のアルバムをリリースし、日本を代表するロックバンドになっていた。
そして――
この年、アキラが引退を発表した。
74歳。50年間の音楽活動に、幕を下ろす。
「ラストライブをやる」
アキラは言った。
「12月17日に」
その日は――アキラが死ぬはずだった日。
そして――リクがアキラを救った日。
2044年12月17日。
50年目の、あの日。
ライブハウス・サーキットは、改装されて大きくなっていた。
1000人を収容できる会場。
ステージ上には、アキラが立っていた。
74歳。白髪。皺だらけの顔。
でも――目は、若い頃と変わらず輝いていた。
「――50年前の今日」
アキラがマイクに向かって言った。
「俺は、死ぬはずだった」
観客が静まり返る。
「でも――誰かが、俺を救ってくれた」
アキラは客席を見た。
そこに――リクがいた。
40歳のリク。
「リク――来てくれ」
リクはステージに上がった。
二人は向かい合って立った。
「50年間――ありがとう」
アキラは言った。
「お前のおかげで、俺は生きてこられた」
「俺の方こそ――」
リクの目から、涙が溢れた。
「アキラさんのおかげで、俺は音楽に出会えた」
「そうか」
アキラは笑った。
「なら――最後に、一緒にやろう」
「はい」
二人はギターを構えた。
「証明」
リクが作った曲。
アキラが愛した曲。
二人が――共に歌う曲。
最初の音を、鳴らした。
轟音。
二つのギターが、最後のハーモニーを奏でた。
アキラの50年。リクの20年。
全てが、この音に込められていた。
「――俺はここにいる」
二人が同時に歌った。
「あなたのおかげで」
「これが、証明だ」
「俺たちが、生きてきた証明だ」
客席の全員が、立ち上がっていた。
泣いていた。笑っていた。拳を振り上げていた。
音楽が――時を超えて、人を繋いでいた。
曲が終わった。
静寂。
そして――割れんばかりの拍手。
アキラはリクを抱きしめた。
「ありがとう――」
声が震えていた。
「本当に――ありがとう」
リクも泣いていた。
「こちらこそ――」
二人は、しばらくそのままでいた。
ライブの後、楽屋で3人が集まった。
アキラ、ユウ、そしてリク。
レナは――5年前に亡くなっていた。
69歳だった。
「レナ――見てたかな」
アキラが呟いた。
「見てたよ」
ユウが答えた。
「絶対に」
「そうだな」
アキラは笑った。
「あいつ、泣いてただろうな」
「間違いない」
三人は笑い合った。
「なあ、リク」
アキラが言った。
「――お前に、一つ渡したいものがある」
「何ですか」
アキラはギターケースを開けた。
中には――古いギターが入っていた。
黒いボディ。傷だらけのネック。
「これは――」
「ユウのギターだ」
アキラは言った。
「1994年、俺が最後に弾いたギター」
「……」
「これを――お前に」
リクは震える手で、ギターを受け取った。
「いいんですか――」
「ああ」
アキラは頷いた。
「お前が――このギターの、新しい主人だ」
リクの目から、涙が溢れた。
「大切に――します」
「ああ」
アキラは笑った。
「頼んだぞ」
2054年。
リクは50歳になっていた。
REWINDは25枚目のアルバムをリリースし、30年間活動を続けていた。
アキラは――10年前に亡くなっていた。
84歳だった。
ユウも――5年前に逝った。
89歳だった。
リクは――一人になった。
でも――孤独ではなかった。
2054年12月17日。
60年目の、あの日。
リクは、ライブハウス・サーキットに立っていた。
今年のライブは――特別だった。
リクの、最後のライブ。
「――60年前の今日」
リクがマイクに向かって言った。
「一人の男が、死のうとした」
観客が静まり返る。
「俺は――その男を、救った」
リクは空を見上げた。
「アキラ。ユウさん。母さん。――聴いてるかい」
声が震えた。
「俺は――まだ、ここに立っていられる」
ギターを構えた。
アキラから受け継いだ、あのギター。
「この音が――どうか届きますように」
最初の音を、鳴らした。
轟音。
60年分の記憶が、音に込められた。
アキラとの出会い。ユウとの修行。レナとの再会。
全てが――この音に。
「――俺はここにいる」
リクは歌った。
「みんなのおかげで」
「これが、証明だ」
「俺が、生きてきた証明だ」
客席には、若いミュージシャンたちがいた。
リクの弟子たち。次の世代を担う者たち。
彼らが――音楽を受け継ぐ。
曲が終わった。
静寂。
そして――割れんばかりの拍手。
リクは目を閉じた。
ありがとう――
みんな、ありがとう。
本当に、ありがとう。
ライブの後、リクは一人で屋上に上がった。
60年前、アキラを救った場所。
フェンスの前に立つ。
冷たい風が吹いている。
俺は――やり遂げた。
歴史を変えた。アキラを救った。そして――
60年間、音楽を続けた。
リクは空を見上げた。
星が瞬いている。
「アキラ」
呟く。
「ユウさん」
「母さん」
「――見てくれてるかい」
リクは笑った。
「俺――まだまだ続けるよ」
風が、優しく吹いた。
まるで――誰かが、答えてくれたように。
「ああ。――頑張れ」と。
そんな声が、聞こえた気がした。
2055年。春。
リクは引退を撤回した。
「まだやれる」
インタビューで、そう答えた。
「俺には――まだ、伝えたい音楽がある」
50歳。
まだ若い。
いや――音楽に、年齢は関係ない。
リクは新しいアルバムの制作を始めた。
タイトルは――「継承」。
次の世代に、音楽を託すアルバム。
2064年。
リクは60歳になっていた。
REWINDは35枚目のアルバムをリリースした。
そして――
この年、リクは養子を迎えた。
名前は――蒼空(ソラ)。
15歳。施設出身。ギターを弾く少年。
「父さん」
ソラはリクをそう呼んだ。
「ギター、教えてください」
「ああ」
リクは笑った。
「教えてやる」
これが――継承だ。
2074年12月17日。
80年目の、あの日。
リクは70歳になっていた。
白髪。皺だらけの顔。
でも――目は、まだ死んでいなかった。
ライブハウス・サーキットのステージ。
リクとソラが、並んで立っていた。
「――80年前の今日」
リクがマイクに向かって言った。
「一人の男が、死のうとした」
「でも、誰かが救った」
ソラが続けた。
「その男は――50年間、音楽を続けた」
「そして、その音楽は――今も、続いている」
二人はギターを構えた。
「証明」
リクとアキラの曲。
そして――リクとソラの曲。
最初の音を、鳴らした。
轟音。
二つのギターが、新しいハーモニーを奏でた。
リクの経験。ソラの情熱。
過去と未来が、一つになった。
これが――音楽だ。
終わらない。受け継がれていく。永遠に。
「――俺はここにいる」
二人が同時に歌った。
「みんなのおかげで」
「これが、証明だ」
「俺たちが、生きてきた証明だ」
客席の全員が、立ち上がっていた。
若者も、老人も、みんな。
音楽が――時代を超えて、人を繋いでいた。
曲が終わった。
静寂。
そして――割れんばかりの拍手。
リクは目を閉じた。
ありがとう――
アキラ。ユウさん。母さん。
そして――もう一人の俺。
みんなのおかげで、俺は――最高のステージにいるよ。
2084年12月17日。
90年目の、あの日。
蒼空は、48歳になっていた。
彼は今、自分のバンドを率いている。
そして――養子を迎えていた。
15歳の少女。施設出身。ギターを弾く。
「父さん」
少女は蒼空をそう呼んだ。
「ギター、教えてください」
「ああ」
蒼空は笑った。
「俺の父さんから、教わったことを――全部、教えてやる」
ライブハウス・サーキットのステージ。
蒼空と少女が、並んで立っていた。
「――90年前の今日」
蒼空がマイクに向かって言った。
「一人の男が、死のうとした」
「でも、誰かが救った」
少女が続けた。
「その男の音楽は――今も、生きている」
二人はギターを構えた。
「証明」
アキラとリクの曲。
リクと蒼空の曲。
そして――蒼空と少女の曲。
最初の音を、鳴らした。
---
轟音。
音楽は――終わらない。
誰かが死んでも、誰かが受け継ぐ。
誰かが倒れても、誰かが立ち上がる。
それが――音楽だ。
それが――人生だ。
そして――それが、証明だ。
俺たちが、生きてきた証明だ。
---
REWIND -巻き戻された証明-
【完】
【SF】『REWIND -巻き戻された証明-』 マスターボヌール @bonuruoboro
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