第5話「再生」
別の時間軸のリク。
その男は、リクよりも少し年上に見えた。20代前半くらい。
髪は短く、目には深い影がある。
「別の時間軸――って、どういう意味ですか」
リクが聞いた。
「文字通りだ」
男――もう一人のリクは答えた。
「俺は、お前とは違う歴史を生きてきた」
「違う歴史――」
「俺の世界では、アキラは死んだ。お前は歴史を変えなかった」
リクは息を飲んだ。
「じゃあ――」
「ああ。俺は、元の歴史のリクだ」
男は笑った。
でも、その目は笑っていなかった。
「お前が変えた歴史を――元に戻しに来た」
「元に戻す――?」
リクは一歩後ずさった。
「どういう意味だ」
「アキラを殺す」
男は冷たく言った。
「歴史を、正しい形に戻す」
「正しい形――?」
「そうだ。アキラが死ぬ歴史が、正しい」
アキラが口を挟んだ。
「ちなみに聞くが。なぜ俺が死ぬべきなのか教えてくれ」
「お前が生きていると――世界に歪みが生じる」
男はアキラを見た。
「お前の存在は――時間の流れを狂わせる」
「時間の流れ――」
「ああ。お前が生きている世界では――リクは存在しない」
男はリクを見た。
「そう、俺は生まれないんだ」
リクは凍りついた。
「生まれない――?」
「そうだ。俺の存在は――アキラの死によって生まれた」
男は続けた。
「アキラが死んだことで、レナは苦しんだ。その苦しみの中で、俺を産んだ」
「……」
「でも、アキラが生きている世界では――レナは苦しまない。だから、俺は生まれない」
男の目が、リクを射抜いた。
「お前が歴史を変えたことで――俺は、消えかけてる」
沈黙が落ちた。
リクは何も言えなかった。
この男は――俺だ。
でも、違う俺だ。
そして――消えかけている。
「だから、元に戻す」
男はアキラに近づいた。
「アキラ――お前には、死んでもらう」
「待て――」
リクが叫んだ。
「そんなこと――させない」
「どうして」
男はリクを見た。
「お前は、人生を失いかけてる。それでもいいのか」
「……」
「アキラが生きていれば、お前の人生が無くなる。それが、歴史を変えた代償だ」
男は一歩近づいた。
「でも、アキラが死ねば――お前の人生を取り戻せる」
「でも――」
「選べ。アキラの命か、お前の人生か」
リクは拳を握った。
そんなの選べない。
どちらも――失いたくない。
その時――
アキラが声を上げた。
「俺が決めてやる」
アキラはフェンスに向かった。
「アキラさん――」
「いいんだ、リク」
アキラは振り返った。
その目は、穏やかだった。
「俺は――もう十分に生きた」
「でも――」
「30年。お前が俺にくれた30年」
アキラは笑った。
「本当は、もう死んでたはずの30年だ」
「……」
「だから――返す」
アキラはフェンスに手をかけた。
「お前の人生と引き換えに」
「やめてくれよ――」
リクが叫んだ。
「そんなの――俺は望んでない」
「でも、俺は望んでるんだ」
アキラはリクを見た。
「お前には――音楽が必要だ」
「アキラさん――」
「俺の分まで――弾いてくれ」
アキラはフェンスを越えようとした。
その時――
別の声が響いた。
「待て、アキラ」
「なんで来たんだよ。空気読めないやつだなぁ。ユウ――」
ユウが屋上に飛び込んできた。
息を切らしている。
「お前――何やってんだ」
ユウはアキラに駆け寄った。
「また死のうとしてるのか」
「ユウ――これはだな――」
「聞いてた。全部」
ユウは階段を指差した。
「下で、レナと一緒に」
「レナも――」
「ああ。来てる」
ユウはアキラの腕を掴んだ。
「頼む。死ぬな」
「でも――リクが――」
「リクのことは、俺たちで何とかしよう」
「だから、お前が死ぬ必要はないだろ」
「ユウ――」
「30年前――リクがお前を救った」
「今度は、俺たちがリクを救う番だ」
アキラは何も言えなかった。
ただ――涙を流していた。
レナが屋上に上がってきた。
「リク――」
「母さん――」
レナはリクを抱きしめた。
「大丈夫。あなた人生は失わない」
「でも――」
「私が、守るから」
レナはリクの顔を見た。
「あなたの人生を。あなたの記憶を」
「母さん――どうやって――」
「方法はあるはずよ」
レナは別の時間軸のリクを見た。
「あなた――もう一人のリク」
「……何だ」
「あなたは、元の歴史のリクね」
「ああ」
「なら――あなたの記憶を、この子に渡せないかしら」
別の時間軸のリクは、目を細めた。
「記憶を――渡す?」
「そう。あなたが持っている、元の歴史の記憶を」
レナは続けた。
「そうすれば、この子は失わない」
「……不可能だ」
「不可能じゃない」
レナはポケットから、小さな装置を取り出した。
銀色の箱。見たことのない形状。
「これは――」
「記憶転送装置。私が、研究してきたもの」
リクは驚いた。
「母さん――そんなもの、作ってたの?」
「ええ。30年間、ずっと」
レナは装置を見つめた。
「アキラが死んでから――私は、記憶の研究を続けてきたの」
「……」
「記憶を保存する方法。記憶を転送する方法」
レナはリクを見た。
「そして――記憶を、別の人間に移す方法」
別の時間軸のリクは、長い間考えていた。
そして――
「……分かった」
「本当?」
「ああ。俺の記憶を、俺に渡す」
男はリクを見た。
「記憶を渡した俺はどうなる?」
「俺の記憶を全部渡したら――俺は消えるのか?」
リクは息を飲んだ。
「消える――?」
男は笑った。
「まぁ――それでもいいか。元の歴史に未練はない」
「なぜ――」
「俺は、今の俺に生きてほしい」
男はリクの肩を叩いた。
「お前は――俺がなれなかった存在だ」
「……」
「アキラを救い、ユウを救い、レナを救った」
男の目が潤んだ。
「だから――お前には、幸せになってほしい」
リクは涙を流した。
「でも――お前が消えたら――」
「いいんだ」
男は笑った。
「俺の記憶は、お前の中に残るんだから」
「……」
「ある意味――消えない」
レナが装置を起動した。
低い唸り声。青白い光が、銀色の箱から漏れ出す。
「二人とも、座って」
リクと別の時間軸のリクは、向かい合って座った。
レナが、二人の額に電極を貼り付ける。
「少し痛いかもしれない。でも、我慢して」
「はい」
二人は頷いた。
「じゃあ――始めるわ」
レナがスイッチを入れた。
青白い光が、二人を包んだ。
意識が――溶けていく。
記憶の海。
リクは、暗闇の中を漂っていた。
何も見えない。何も聞こえない。
ただ――
記憶だけが、流れ込んでくる。
別の時間軸のリクの記憶。
施設での生活。孤独な日々。音楽との出会い。
CIRCUITのCDを聴いた日。アキラの声に心を打たれた瞬間。
ギターを始めた日。初めて弦を弾いた感触。
これが――音楽。
これが――俺の原点。
記憶が、次々と流れ込んでくる。
ユウとの出会い。ギターを教わった日々。
バンドを組んだこと。初めてのライブ。
そして――
1994年へのタイムスリップ。
アキラを救った夜。
全ての記憶が、リクの中に刻まれていく。
光が弾けた。
リクは目を開けた。
屋上。現実。
向かいに座っていた別の時間軸のリクが――
消えかけていた。
体が透けている。輪郭が曖昧になっている。
「お前――」
「大丈夫だ」
男は笑った。
「俺の記憶は、お前の中にある」
「……」
「だから――俺は、消えない」
男の体が、さらに薄くなっていく。
「リク」
「ん?」
「お前――幸せになれよ。絶対に」
「……ああ」
「そして音楽を、続けろ」
「ああ」
「そして――」
男は最後に笑った。
「俺の分まで、生きてくれ」
光が弾けた。
男の姿が――消えた。
リクは立ち上がった。
体が軽い。頭がクリアだ。
そして――
音楽が、戻ってきた。
記憶が、蘇ってきた。
施設での日々。CIRCUITとの出会い。ギターを始めたきっかけ。
全てが――鮮明に。
「リク――」
レナが声をかけた。
「大丈夫?」
「……ああ」
リクは頷いた。
「大丈夫。――すごく、良い感じだよ母さん」
アキラが近づいてきた。
「記憶――戻ったのか」
「はい」
リクは笑った。
「思い出した。忘れかけてたことも全部」
ユウも笑った。
「よかったな」
「はい」
リクは三人を見た。
アキラ。ユウ。レナ。
この人たちが――俺の家族だ。
「ありがとうございます」
リクは頭を下げた。
「みんな――ありがとう」
2025年1月1日。午前0時00分。
新年が明けた。
SOUND WAVEの中では、カウントダウンイベントが行われていた。
ステージ上で、リクはギターを弾いていた。
ユウのバンドのメンバーとして。
客席には、アキラとレナがいた。
二人とも、笑顔で見守っている。
(これが――俺の居場所だ)
曲が終わった。
割れんばかりの拍手。
リクは客席を見た。
アキラが親指を立てている。
ユウが笑っている。
レナが涙を流している。
――めっちゃ、幸せだ。
ライブの後、4人は屋上に上がった。
夜空には、星が瞬いていた。
「なあ、リク」
アキラが言った。
「お前――これから、どうするんだ」
「どうするって――」
「音楽、続けるのか」
「当たり前ですよ」
リクは笑った。
「一生、続けます。音楽の楽しさを思い出したから」
「そうか」
アキラは嬉しそうに笑った。
「なら――一つ、提案がある」
「提案?」
「来年の12月17日。俺のライブに、出ないか」
リクは目を見開いた。
「俺が――アキラさんのライブに?」
「ああ。前座でいい」
アキラはリクの肩を叩いた。
「お前の音を――みんなに聴かせてくれ」
リクは涙をこらえた。
「……はい」
2025年。
リクは新しい生活を始めた。
母さんと一緒に暮らし、ユウさんのバンドで演奏し、アキラさんのライブを見に行く。
そして――
自分の音楽を、作り始めた。
「証明」という曲。
30年前、アキラがリクの前で弾いた曲。
その曲を、もう一度作り直す。
新しい歴史で。新しい記憶で。
リクは毎日、ギターを弾いた。
指が痛くなるまで。声が枯れるまで。
これが、俺の音だ。
これが、俺が生きてきた証明だ。
2025年12月17日。
一年が経った。
リクは、アキラのライブに出演していた。
前座として。
ステージ上で、リクは一人、ギターを構えた。
客席には、300人の観客がいた。
「……こんばんは」
リクはマイクに向かって言った。
「高梨リクです」
拍手が起こる。
「今夜――一曲、聴いてください」
リクは深呼吸した。
「この曲は――『証明』といいます」
弦に指が触れる。
「俺が――ここにいる証明です」
最初の音を、鳴らした。
轟音。
歪んだギターの音が、ライブハウスに響き渡った。
一年前とは、違う音。
荒削りだったフレーズは、滑らかになっていた。
不安定だったリズムは、安定していた。
そして――
≪魂が、込められていた≫
「――俺はここにいる」
リクは歌い始めた。
「誰かに、届くと信じて」
客席を見る。
アキラがいた。ユウがいた。レナがいた。
みんな、笑顔で見守っている。
「この音が、証明だ」
涙が溢れた。
でも、止まらなかった。
「俺が、生きてきた証明だ」
最後のコードを、かき鳴らした。
余韻が、消えていく。
静寂。
そして――
割れんばかりの拍手。
ステージを降りると、アキラが待っていた。
「最高だったぞ、リク」
「ありがとうございます」
「お前――もう、立派なミュージシャンだな」
アキラは笑った。
「俺の分まで――弾いてくれ」
「はい」
リクは頷いた。
「一生、弾き続けます」
ユウとレナも、駆け寄ってきた。
「リク――泣けた」
ユウが言った。
「お前の音――魂が入ってた」
「ありがとうございます」
レナは何も言わず、リクを抱きしめた。
ただ――涙を流していた。
これが――家族。
これが――俺の居場所。
リクは目を閉じた。
俺は――ここにいる。
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