Cパート
山本が心配そうに私に尋ねた。
「どうしたんだ?」
「左足を捻って?」
「どこだ?」
山本が左足を見てくれた。そこは赤く晴れている。
「捻挫したようだな。歩けるか?」
「無理だわ。動かせない」
「そうか・・・困ったな」
もう夕刻が迫ろうとしている。それに雪もさらに激しく降ってきた。
「ここで夜を明かすしかないな。手錠を外してくれ」
「手錠を?」
「ああ。雪に穴を掘る。そこに入れば凍死を免れるかもしれない。だがこのままではやりにくい」
山本はそう言った。ここでビバークするしかない。だが手錠を外すと逃げるかもしれないが・・・。だが今の状況はそう言っていられない。捜索隊が来るまでここで待つしかないのだ。私は自分の左手の手錠のみをはずした。山本の右手に手錠は残るが、それで自由に動かせるはずだ。
「これでいい。じゃあ、はじめるか」
山本は落ちていた木片などを使って、雪を積み上げて横穴を掘り始めた。簡単なかまくらの様なものにするとつもりだろう。私も不自由な足でなんとか穴掘りを手伝った。
「これぐらいでいいか」
しばらくして山本はつぶやいた。確かに穴はできたが一人がやっと入れるくらいだ。
「2人では狭いわ」
「おまえが入るだけだ。俺はこのまま集落に向かう。邪魔になるからこの手錠を外してくれ」
右手にぶら下がった手錠を見せた。山本の狙いはそこにあったのかもしれない。手錠を外させてそのまま一人で逃げるという・・・。そんなことはさせられない。
「ダメよ。危険だわ。日が暮れるし、雪もこんなに降っているから・・・」
私は山本に断念させようとした。
「いや、雪ならすぐにやむだろう。だが日が暮れるから捜索隊は来ない。明日になってもここに探しに来るまでには時間がかかる。それなら俺が集落に行って捜索隊を連れてくる。その方が助かる見込みがある」
そこまで言われると私は反論できない。山本が本当にここに戻ってくるのか・・・私はじっと彼の様子を見た。山本はそれに気づいてこう言った。
「俺が逃げると心配しているのだろう。だが俺はそんなことはしない。必ずここに戻ってくる。信用してくれ」
「嘘つきオヤジ」と言われている山本だ。信じてはいけないのかもしれない。だが・・・彼は真剣な目でそう言っている。私はそれに賭ける気になった。
「わかったわ。お願いします」
私は手錠を外した。
「きっと朝には戻ってくる。安心しな」
山本はそのまま走って行ってしまった。私は一人、狭い穴の中で待つしかなかった。
夜になりさらに冷えてきた。入り口を空気が出入りする程度に小さくしたので外の様子はわからない。だが風の音がビュービュー聞こえる。外は吹雪のようだ。山本の予報が外れたようだ。それに・・・
(この吹雪の中を山本は逃走している・・・)
そんな疑念が渦巻いていた。そうなると山本を連行できないばかりか、私はずっとこのままだ。捜索隊に発見されることもなく、穴の中で凍死してしまうだろう。そんな恐怖が私を襲っていた。
(何とかここにいることを誰かに知らせなければ・・・)
だが日が暮れてしまい、外は吹雪だ。今の私に伝えるすべはない。
(山本を信じるしかない・・・)
私はきっと彼が戻ってくることを祈っていた。そのうちに私は眠ってしまっていた。
◇
「おうい! おうい!」
声が聞こえる。それで私は目覚めた。穴の入り口が明るくなっている。朝を迎えたようだ。そして入口の雪をかき分けて人の顔が見えた。
「大丈夫か?」
それは山本だった。
「ええ、大丈夫。戻ってきてくれたのね」
「ああ、捜索隊を連れてきた。もう大丈夫だ」
私はそれから捜索隊の人たちに助けられて穴の外に出た。
天気は回復していた。空は晴れ上がり、銀世界が広がっている。キラキラと日に照らされた光景は美しいとしかいう他にはない。
「ありがとう。助かったわ」
私は山本に礼を言った。彼は照れ笑いをしていた。
(山本は嘘をつく人間じゃない。盗みに入ったことはあっても人を殺していないだろう)
私はそう確信していた。この山の天気のせいで大変な目に遭ったが、それで山本のことがよくわかった気がした。晴れ渡った空は今の私には青く澄み切って見えた。
山の天気 広之新 @hironosin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます