Bパート

 私は水の流れる音で目を覚ました。まず明るい青空が見えた。


「ここはどこ? どうしてここに?」


体中に痛みはあるが、大きなけがないようだ。身を起こすとそこは雪に覆われた谷だった。そばには川が流れている。徐々にその前の記憶がよみがえってきた。


(容疑者を逮捕して連行していく途中だった。確かスタックして村に戻る途中、雪崩に巻き込まれて・・・。谷まで落ちてきた?)


山の上の道から雪ごと滑り落ちてきたようだった。周囲を見渡すと離れたところに山本が倒れていた。毛利巡査長や上野巡査の姿は見当たらない。

 私は山本のそばに駆け寄った。息はしている。


「起きて! 起きて!」


すると山本は目を覚ました。


「俺は・・・どうしたんだ?」

「雪崩でここまで落ちたのよ。山の上から・・・」

「そうか・・・。ここは谷か。確かこの川に沿って下りていくと集落がある」

「本当に? じゃあ、行きましょう」

「それよりこれを何とかしてくれ。歩くとなると危ない」


山本が手錠を掛けられた両手を見せた。


「そうはいかないわ」


この辺のことをよく知っていそうなので、外すと逃走する恐れがある。私は山本の左手の手錠を外し、それを自分の左手にかけた。


「これで少しは歩きやすくなるでしょう」

「仕方がないか・・・」


私と山本は歩きだした。雪が深く積もっているために足が取られる。山本は雪に不慣れな私を助けてくれていた。


「一歩一歩、踏みしめるようにな」

「雪の上を歩くのに慣れているのね」

「ああ。ここに来てもう20年だからな」

「どうしてここに?」

「どうしてだったかな? 必死に逃げてきてここにたどり着いたということかな」


山本はそう答えた。


「やはりあなたが犯人なのね。人を殺して警察から逃げるために・・・」


すると山本は首を何度も横に振った。


「俺じゃない。神に誓って人を殺していない」

「証拠があるのよ。指紋が出ているのよ。逃れられないわよ」


それを聞いて山本はため息をついた。


「確かにそれは俺の指紋だろう。当時、俺は金に困っていた。借金取りに追われて・・・。それである家に盗みに入った・・・」


山本は思い出しながらその時の様子を話し続けた。


「1階で金品を盗んで2階に上がった。すると俺は目撃したんだ。一人の男がネクタイでもう一人の男の首を絞めているところを・・・。俺は恐ろしくなって思わず声を漏らしてしまった。すると殺した男が俺を見つけてじっとにらんできた。それはまるで鬼のような形相だった。俺は恐ろしくなってそこから逃げ出した。そしてそのままここに来た・・・」


山本の話が真実かどうか・・・それは私にはわからない。私は返事もせず、黙々と歩いていた。


「嘘だと思っているのだろう? 確かに俺は村の奴らから『嘘つきオヤジ』と陰口をたたかれている。でも好きで嘘を言ったわけじゃねえ」


山本は一呼吸開けて話しを続けた。


「ここの天気は変わりやすい。だから予報しようとしていたんだ。山にかかる雲の様子や風、気温から。当たる時の方が多くなった。80パーセントくらいかな。それを教えてやったら、たまに外れた時に怒りやがった。それで嘘つき呼ばわりだ。テレビの天気予報でも外れるんだ。やってられないぜ」


山本はため息をついた。彼はそんなことで村から浮いた存在になったのかもしれない。もしそれが嘘でなかったとしたら・・・。


しばらくしてまた空が暗くなった。そして雪まで降ってきた。


「日が暮れるまでに集落に着かないかもしれない。少し急ごう」


山本はそう言って歩くペースを上げた。すると私は石に左足を取られて転んだ。


「あっ!」

「大丈夫か!」


あわてて山本が手を貸してくれた。


「い、痛い!」


左足をひねったようでまともに歩くことができない。雪はますます激しく振ってくる。吹雪になりそうだ。


(私たちはここで雪に埋もれてしまうのか・・・)


そんな恐怖を感じていた。

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