第16話|月光の檻(ルナ視点)



 最近、名前を呼ばれることが増えた。


「ルナ=ルミエール」


 廊下でも、訓練場でも。

 以前なら考えられなかったことだ。


 視線が集まる。

 好意と、期待と、少しの羨望。


 胸の奥が、くすぐったい。


 ——認められている。


 それは、嬉しい。


 でも。


「……ルナ」


 その声が聞こえた瞬間、

 すべての雑音が遠ざかる。


 レオンくん。


 自然と、彼の方へ足が向く。


「行きましょう」


 そう言われると、

 なぜか逆らえない。


 隣に並ぶと、

 さっきまでの視線が、嘘みたいに消える。


 ——守られている。


 そう思うと、

 胸がほっとする。


 夜、寮の自室。


 ベッドに腰掛けて、

 今日の出来事を思い返す。


 貴族の人に声をかけられた。

 魔法を褒められた。


 そのたびに、

 レオンくんが間に入った。


「……嬉しい、はずなのに」


 小さく呟く。


 彼が守ってくれるのは、

 間違いなく嬉しい。


 拒絶されてきた過去を思えば、

 誰かが前に立ってくれることは、

 救いだった。


 でも。


 ——僕は、自分で立てているだろうか。


 そんな考えが、

 一瞬だけ浮かぶ。


 すぐに、振り払う。


 考えすぎだ。

 レオンくんは、僕の味方だ。


 扉がノックされる。


「ルナ、入るぞ」


 返事をする前に、

 扉が開く。


 彼はいつもそうだ。

 迷いなく、入ってくる。


「……大丈夫か?」


 心配そうな声。


「はい」


 反射的に答える。


 心配されるのが、

 嫌じゃない。


 むしろ、

 安心する。


 ベッドの隣に腰を下ろされ、

 肩に手が置かれる。


 重くない。

 でも、確かだ。


「今日は……視線が多かった」


 低い声。


「嫌だったか?」


 少し、迷う。


 正直に言えば、

 嫌ではなかった。


 でも、それを言えば。


「……少し、怖かったです」


 そう答えた。


 半分は、本当。


 すると、

 彼の手に力がこもる。


「なら、尚更だ」


 視線が、真っ直ぐ僕を捉える。


「俺のそばから離れるな」


 命令みたいなのに、

 声は優しい。


「俺が全部、引き受ける」


 その言葉に、

 胸がぎゅっと締めつけられる。


 ——全部、任せていい。


 そう囁かれているみたいで。


「……ありがとうございます」


 敬語が、自然に出る。


 彼は少しだけ眉をひそめるけど、

 何も言わない。


 代わりに、

 額に口づけられる。


 優しくて、

 逃げ場のない距離。


「……レオンくん」


「何だ」


「僕……役に立てていますか?」


 不意に、そんな言葉が出た。


 彼は即座に答える。


「必要だ」


 迷いなく。


「いないと困る」


 その一言で、

 胸の中の疑問が、

 静かに沈んでいく。


 ——必要とされている。


 それだけで、

 考えるのをやめたくなる。


「……それなら、いいです」


 微笑むと、

 彼は満足そうに目を細めた。


 抱き寄せられて、

 胸に額を預ける。


 ここは、

 安全だ。


 少し、息苦しくても。


 月明かりが、

 窓から差し込む。


 檻みたいだ、と思った。


 でも同時に。


 ——檻の外で、

 一人になる方が、

 ずっと怖い。


 僕は、その事実から、

 まだ目を逸らしている。

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『月光に導かれ僕は、騎士の瞳に閉じ込められる』 @Nagisa_nico

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