☆7かいめ☆ メイクオーバー
「な、な、なんじゃあ、これは……!?」
ラビリスは腰を抜かしそうになりながら、目の前の光景を指差した。
「階段が……階段が、勝手に上に吸い込まれ、地面から湧き出ておるではないか!!」
「ふふん、これは『エスカレーター』だ」
大地は、まるで自分が発明したかのようなドヤ顔で胸を張った。
「次の階まで階段を上らずに運んでくれる、素晴らしい発明だぞ。さらに別の階に部屋ごと運んでくれる『エレベーター』ってのもある。後で乗せてやるからな」
(へ、部屋ごと……?何を言うておるのじゃこやつは……。空間ごと転移させる高位の空間魔法の一種か? いや、この世界に魔法はないと言うておったし……)
ラビリスが未知の技術に頭を抱えていると、大地は構わず彼女の手を引いた。
「お、おい!まだ動いておる!いつ止まるのじゃ?次に停止するのはいつなのじゃ!?」
「ん?止まらないぞ。このまま流れに沿って、ひょいっと上に乗るんだよ」
「う、動いたままじゃと!?冗談ではない!足元の床が、まるで生き物のように絶えず湧き出しておるではないか!これに乗るなど、罠に自ら飛び込むようなものじゃ!!」
「大げさだなぁ。ほら、リズムに合わせて……せーのっ」
「ぎゃあああああ!!死ぬ!余はここで死ぬのじゃあああ!!」
大地が強引に手を引くと、ラビリスは目を見開き、決死の覚悟で動く床へと飛び乗った。
ガクンと軽い衝撃が体を揺らす。
「……ひぃっ!?」
彼女は反射的に、大地の腰辺りにしがみついた。
だが、数秒経っても痛みも衝撃も来ない。
代わりに、足元がゆっくりと、しかし確実に浮上し始めた。
「……む?おお……?浮いておる、余が、浮いておるぞ!」
薄暗かった地下駐車場の天井が遠ざかり、代わりに眩いばかりの光と、賑やかな音楽が頭上から降り注いでくる。
視界が開けるにつれ、そこには色とりどりの商品が並ぶ、ラビリスの想像を絶する広大な空間が姿を現した。
「…………」
エスカレーターを降りた瞬間に降り注いだ光の束に、ラビリスは言葉を失った。
影一つ作らぬほどに眩い天井。どこまでも続く、鏡のように磨かれた白い床。そして、視界を埋め尽くす色とりどりの装束や宝飾品の数々。
地下の静寂とは対照的な、賑やかな調べと人々の活気が、彼女の五感を激しく揺さぶる。
「どうしたんだ?急に黙り込んで……」
突然、石像のように硬直した彼女に、大地は不思議そうに顔を覗き込んだ。
(これは……なんと煌びやかな……)
ラビリスは、繋がれた大地の手に無意識に力を込めた。
(我が魔王領の祝祭ですら、これほどの輝きはなかった。人間が、これほどの富と光を……。ここには、この世の全てがあるのではないか?)
彼女の小さな震えは、もはや恐怖ではなく、未知の豊かさへの圧倒的な感銘へと変わっていた。
「……お、おい。あそこにいる奴らは、何かの儀式でもしておるのか?」
ふいにラビリスが、フロアの一角を占める巨大なショップを指さした。
週末のセール目当てに、凄まじい数の人間が吸い込まれていく。
「いや、ただの買い物だ。ちょうどいい、まずはあそこでお前の着替えを買うぞ」
大地は躊躇なく、その「人混みの渦」へと彼女を誘導した。
「な、ななな……!?待て!これほど多くの人間が、武装もせずに密集しておるなど正気か!?」
店内に一歩足を踏み入れた瞬間、ラビリスは彼の手に全力でしがみついた。
(右を見ても人間、左を見ても人間……!しかも皆、殺気のかけらもなく、布切れを手に取ってはニヤついておる……。ここは狂人の集まりか!?)
「ほら、ラビリス。これとかどうだ?部屋着にちょうどいいぞ」
大地が棚から一着のパーカーを抜き取り、彼女に差し出す。
「なっ……き、貴様!何を無作法に!このような見事な染色の布、素手で触れて汚れたらどうするつもりじゃ!」
ラビリスは、パーカーの滑らかな手触りと、均一な縫製をひと目見て戦慄した。
(馬鹿な……。我が魔王領の司祭が身につける法衣ですら、これほど細やかな糸は使っておらぬぞ。一体、どこの国の国宝じゃ!?)
「え?いや、これ1,990円だし、そこら辺にある服の中で一番安いくらいだぞ?」
「……い、いちきゅうきゅうまる?それはどれほどの価値なのじゃ。やはり、数年間の強制労働でもせねば手に入らぬのか?」
「いや。あそこにいる、鼻を垂らして走り回ってるガキでも買えるくらいの値段だよ」
大地が指さした先では、小学生くらいの子供がパーカーを雑に掴んで、母親に「これ買ってー!」と放り投げていた。
「……なっ!?あの下等な幼子までもが、この至高の衣を……!?ああ、見よ!あそこの男など、この国宝級の布をカゴに三枚も重ねておるぞ!狂っておる……この世界の人間は、皆一様に大富豪なのか!?」
「いや、みんな普通の人だよ。っていうか、そんなに驚くほどのことか?」
「驚くどころではないわ!このような質の良い衣が、これほど雑に、これほど大量に、これほど無価値なものとして扱われておるとは……!そなたらの世界には、布を織る精霊でも住み着いておるのか!?」
ラビリスは、山積みにされた色とりどりのパーカーを「神への冒涜」でも見るような目で凝視し、ガタガタと震え始めた。
彼女の知る「経済」という概念が、音を立てて崩壊していく。
「……おい、いつまで震えてるんだ。ほら、これも持て。あとこれと、下着も必要だよな……」
大地は呆れながらも、適当なサイズの服を次々とラビリスの腕に積み上げていく。
「な、ななっ……!待て!これほど多くの国宝級の衣を、余に持たせるとは……!重い、重すぎるぞ、物理的にも価値的にも!」
服の山に埋もれそうになりながら、ラビリスが声を上げる。
「とりあえず、サイズが合うか着てみないとな。ほら、あっちの『試着室』に行くぞ」
大地が指さした先には、いくつかの白いカーテンで仕切られた小部屋が並んでいた。
「し、しちゃく……?ここで、脱げと言うのか!?狂ったか貴様!こんな、人衆の真っ只中で!」
ラビリスが顔を真っ赤にして後ずさる。
「誰もそんなこと言ってないだろ。あのカーテンの中に入るんだよ。あの中は個室になってるから」
「……個室?あのような、布一枚で仕切られただけの空間がか!?刺客が来たらどうするのじゃ!せめて鉄扉と結界を用意せぬか!!」
「いいから入れって!」
大地は半ば強引に、服の山を抱えたラビリスを試着室の一つへと押し込み、カーテンをシャッと閉めた。
「ひ、ひぃぃぃっ!?……む?」
突然の静寂。カーテンの中は、三面を白い壁に囲まれ、床にはふかふかのカーペット、そして壁には巨大な一枚の板がはめ込まれていた。
(な、なんじゃ、この空間は……。狭いが、不思議と落ち着く……。そして、この正面にあるのは……伝説の『真実を映す魔鏡』か!?)
ラビリスは、全身を隅々まで鮮明に映し出す姿見の美しさに息を呑んだ。
彼女の世界の鏡といえば、磨いた金属板でできた、歪んで暗いものばかり。
自分の顔をここまで鮮明に、しかも頭の先からつま先まで見たことなど、一度もなかったのだ。
「……これが、余の真実の姿……」
「おい、生きてるか?早く着替えないと、次の店に行けないぞ」
カーテン越しに大地の声が響く。
「……!う、うむ。今、始める……!」
我に返ったラビリスは震える手で、ゴスロリドレスのボタンに手をかけた。
(……ふん、よかろう。そこまで言うのなら、この『ぱーかー』という国宝、袖を通してやろうではないか!)
数分後。
「……大地よ、終わったぞ」
どこか自信なさげな声と共に、カーテンがゆっくりと開く。
そこにいたのは、豪奢なドレスを脱ぎ捨て、オーバーサイズの薄紫のパーカーに、黒のレギンスを合わせた、どこにでもいる少し不機嫌そうで、だが、「めちゃくちゃ可愛い少女」だった。
「……お、おい。どうした。なぜ黙っておる。やはり、余には似合わなかったか?このような、魔力のかけらも感じられぬ布切れ……」
大地の沈黙を「不評」と受け取ったのか、ラビリスが不安げに裾をいじりながら見上げる。
「いや……」
大地は、あまりの「ギャップ萌え」……もとい、普通の子供に見えるようになったラビリスの姿に、思わずスマホを取り出そうとして堪えた。
「……普通に似合ってるぞ。っていうかドレスもよかったけど、それはそれで何か来るものがある。よし、それで行こう」
「ふ、ふん……。そなたがそこまで言うのなら、しばらくの間、余の『仮の装束』として採用してやらんこともない!」
ラビリスは顔を背けながらも、鏡に映る「真実の自分」を、どこか嬉しそうに何度も盗み見ていた。
どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜 彩月鳴 @Lavit
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