ただ重なる祈願に

たねありけ

ただ重なる祈願に

■■橘 香 ’s View■■


 窓の外を見れば雪が舞っていた。彼は今頃、寮に籠って勉強だろうか。初詣で会ったばかりだというのにまた会いたくなってしまう。


「学校は明後日から……」


 お昼休みに廊下で待ち構えるといつも彼は驚く。その表情が面白くて可愛くて、何度でも見たくなってしまうのだ。また始業式の日から待って声をかける——想像しただけで顔がにやけてしまう。えへへ、と漏れそうな声を押し殺し、気持ちを冷やそうともう一度、窓の外へ目をやった。


「……さくら?」


 雪に紛れて長い銀髪が通りに揺れていた。この街であんな髪色をしているのは彼女しかいない。どうしてこんな雪の日に傘も差さず出歩いているのだろう。


 そういえば年末の彼との話を彼女から聞き出すのも良いかもしれない。そう理由をつけて私は厚手のコートを手に取った。



 ◇



——ガラガラガラ


 純朴な鈴の音の後の二礼、二拍手。私でも見惚れるほどに洗練された作法。雪と見紛う手を重ね彼女は祈願していた。表情は真剣そのもの。その願い事はひとつ、問うまでもない。


「や、さくら」

「た、橘先輩!?」

「こんな雪の中、わざわざ桜坂の氏神様詣りとは信心深いのね」


 祈念が終わり振り返ったところで声をかけると彼女はその銀色の瞳を丸くした。


「……その、京極さんがお詣りした鹿嶋神社でわたしもお詣りしたくて」

「あ~、そういえば今日、実家から戻って来たんだっけ。その足でそのまま来たってところか」

「え!? どうして分かるのですか?」


 そんな旅行鞄を持っていれば誰でもわかる。秀才なのにちょっと抜けているところが彼女らしくて可愛い。


「ほら、風邪ひくよ」

「あ、えっと……」


 傘も持たず雪に晒されていたさくらを傘に入れてやる。アルビノの彼女に雪が同化して、薄っすらと頭や肩に積もっているのが分かりづらい。軽く払ってその肩に腕をかけた。


「ひゃっ。あ、ありがとうございます……?」

「さくら、ところでさぁ、何をお願いしたの?」

「え、えっと……」

「ほらぁ、教えてよ。何なら当ててあげようか?」

「ええ!?」


 この世間知らずな後輩はからかうと面白いように表情を変える。パスタの会でいじっていると彼によく怒られる。


「ほら、武くんの……」

「ああ!? だ、駄目です!」


 願い事は口にすると叶わない。彼に教えてもらったジンクスを彼女も知っていたのか——それは私にはわからなかった。ただ私と同じように純真な彼女が愛しくて、こうして絡んでしまうのだ。



 ◇



「……とんだお笑い種ね」


 涙が零れた。秋口の冷たい風が頬を叩く。たかがお詣り。されどお詣り。最初は楽にできるものだと思っていた。けれども誰にも言わず続けるということが私にはとても辛かった。悪い予感を肯定してしまっているようで。


 前にさくらをこの神社でからかってから1年と半年。彼が旅立ってから私は毎日、鹿嶋神社へお詣りしていた。お百度詣りを実践するために。私にはそのくらいしか彼にしてあげられることがないから。


「はぁ…………」


 手の甲で涙を拭う。あの土手で彼に拒絶されたさくらは塞ぎ込んでいた。そんな彼女を立ち直らせることを、彼が後顧の憂い抱かぬよう私が請け負っていた。だから彼女のように私が崩れるわけにはいかなかった。


 何より彼の覚悟に見合う自分になりたい。“致死率90パーセント”に巡り合うために発った彼。帰って来て、卒業をしたら返事をしてくれる——そう約束したことだけを頼りに、ただ待つだけの女にはなりたくない。命を懸けている彼に比べて自分の平穏さがとにかく許せない。


 だけど心が追いつかなかった。こんなにも弱い自分が嫌になる。収まったはずの涙がまた溢れて来そうだった。


「——橘先輩……」

「……さ、さくら!?」


 その声に驚いた。寮で引き籠っているはずの彼女が目の前にいた。まるであの雪の日の立場が逆になったように。


 泣いているところを見られたのかと焦った私は無理に笑顔を浮かべた。いつも愛想のよい彼女は真顔のままだった。


「もう、お祈りは済ませましたか?」

「……まだ、よ」

「では、わたしと一緒にお祈りしましょう」

「え?」


 それだけ言うと私の前を素通りし賽銭箱の前までさくらは進んだ。そう、彼女は願いに来た。願う事など聞かずとも分かる。私はさくらの横に並んだ。


 鈴を鳴らし二礼。二拍手。祈りの前に先輩後輩の垣根はない。ただあるのは彼への想いだけ。恋敵の彼女が、このときほど頼もしく、心強く感じたことはなかった。


——どうか、どうか、彼の身をお守りください

——どうか、どうか。彼を無事にお帰しください


 目を閉じた静寂。彼女と共にするこの沈黙。私にはそれがとても心地良かった。


 長い長い祈念の後。深く深く礼をした私とさくらは、互いに目を合わせると自然と笑みを浮かべていた。それは同じ想いを抱いた彼女とだけ通じ合える、沈黙の会話だった。


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ただ重なる祈願に たねありけ @Penkokko

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