第27話 全てが消えた世界

兄様のいない世界は、音がなかった。

色彩も、温もりも、寒ささえも-----存在しなかった。


-----あの日。

セイカの亡骸を連れて帰ってから、

ユイはずっと、兄を抱き続けていた。


古参の側近たちは、その姿に、かつての光景を重ねていた。

リーシの亡骸を抱き、後を追ったケイシの姿を。


「殿……殿……」

「セイカ様……なぜ……なぜ、セイカ様が……」


嗚咽は、途切れることなく続く。


だがユイは-----

涙が枯れ果てたのか、

死人のように白い顔で、ただ、ただ、

壊れ物を抱くようにセイカを抱いていた。


「…………」


小さな、小さな声で、何かを呟いている。


「……ユイ、様……?」


泣き叫んでいた側近たちが、一斉に静まり返る。


「……はやく……しにたい……

 はやく……兄様の……もとへ……」


「ユイ様ーー!!」


誰かが、嗚咽を押し殺しながら叫んだ。


「殿の……殿の、ユイ様への遺言を……

 お忘れですかーー!!」


それでもユイは、

セイカを抱いたまま、壊れたように呟き続ける。


父ケイシが、リーシの後を追って自害したことは、

赤子だったユイには伏せられていた。

病に倒れたのだと、そう伝えられていた。


だが-----

物心つく頃には、知っていた。

誰かの会話を、聞いてしまったのだ。


(兄様……兄様……

 なぜ、俺はいけないの?

 父様は、母様の後を追ったのに……

 なぜ、俺は駄目なの……)


枯れたはずの涙が、再び頬を伝う。


(城も、国も、戦も……

 もう、どうでもいい)


翌日。

セイカは静かに埋葬されることとなった。


かつてはケイシとリーシの部屋。

今は、セイカとユイの部屋となった、その庭に。


そこには、花に囲まれた墓石がある。

ケイシとリーシの眠る場所。

その隣に、セイカは眠ることになった。


「ユイ様……」


誰が声をかけても、ユイは一言も発しない。


(しにたい……

 なぜ……あのような遺言を……兄様……)


ふらりと、ユイが棺へと近づいた。


-----ばさっ。


何かが落ちる音。


皆が目を向けると、

ユイはセイカの髪を一束切り、

自らの艶やかな黒髪も一束切って、

そっと、兄の胸元に置いていた。


見守る者たちは、誰一人、声を出せなかった。


次の瞬間-----

ユイは、短刀を自分の左頬に当てた。


「ユイ様ーー!!」


制止の声は、間に合わない。


ユイは、自らの左頬を、深く、深く切り裂いた。

流れ落ちる血を、

棺の中で組まれたセイカの右手に塗り重ねていく。


-----その大きな手は、

いつも、優しくユイの左頬を撫でていた。


やがて、血に染まったその手は、

静かに胸の上へ戻された。


-----セイカは、

ユイの髪と、ユイの血に守られながら、

眠りについた。

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