第四章:二十年分の大遅刻

 あの卒業式の日の様に寒い日が続いた冬も明け、桜が満開の今日、毎年恒例の新入社員の自己紹介が始まった。


 私は複数人いる新入社員たちの自己紹介を俯きながら聞いていた。ふと顔を上げた時、藤宮菖人ふじみやあやとと名乗る男の子の自己紹介が始まっていた。十九歳の彼は、私と目が合った瞬間、雷に打たれたような顔をして震え出した。私は不思議と嫌な感じがしなかった。けれど、年齢も立場も違う彼と会話することもなく、その日は終わった。


 重い足取りで会社を出て、いつもの川沿いを歩いていた時だ。背後から、がむしゃらに駆け寄る足音が聞こえた。


「……かえで……初田楓はつたかえでさん……ですか……?」


 振り返ると、そこには涙で顔をぐしゃぐしゃにした菖人が立っていた。 「え……? なんで、私の名前を……」


 困惑する私を、彼は衝動的に強く、折れそうなほど抱きしめた。その体温。その匂い。二十年間、夢にまで見た感覚が全身を駆け巡る。


「……楓……っ!!」


 耳元で響いたのは、あの日失った、つむぐの声だった。


「……遅くなってごめん……!!」


 心臓が跳ねた。視界が白く染まり、ぐにゃりと揺れる。顔も、年齢も、名前も違う。けれど彼は、あの日二人で決めた、あの魔法の鍵を口にした。


「つ、紡……!? 紡なの……っ!?」

「……ごめん……ずっと夢で見てたんだ。首に縄をかけて泣いてる君を……。叫んでも届かなくて、毎日、神様を呪った。早く大きくなって、君を助けに行かなきゃって、それだけを支えに生きてきたんだ」


 彼は十九歳の若さで、三十五歳の私を見つけてくれた。 一分でも遅れたら"遅刻"だと言っていた彼が、二十年という途方もない時間を超えて、約束を守りに来たのだ。


「二十年、君を一人にしてごめん。……でも、もう絶対に離さないから。俺の人生を全部使って、君を幸せにするから」


 菖人は――生まれ変わった紡は、涙を服の袖で拭き、最高の笑顔で言った。

「遅くなってごめん。俺と、結婚してください」


 私は人生でいちばんの笑顔で、泣きながら頷いた。 「……おかえりなさい、紡」

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