第二章:魔法の鍵と、図書室の約束

 昔の話をしよう。向かいの家に住んでいた木谷紡きたにつむぐとは、物心つく前からの幼馴染だった。小学三年生の時、野犬に追いかけられた私を、細身の体で助けてくれたあの日から、彼は私の"ヒーロー"になった。


 寂しがり屋だった私は、いつも彼のシャツの裾を掴んで歩いていた。ある日の夕暮れ。遊び終えて別れる間際、私は泣きそうな顔でつむぐに聞いた。「ねえ、バイバイしても、つむは本当につむのままなの?明日、別の人になってたらどうしよう」 子供特有の、目に見えない繋がりが消えることへの恐怖だった。


 そんな私を見て、紡は真剣な顔で提案してくれた。「じゃあさ、かえで。二人だけの『合言葉』を決めよう。顔が見えなくても、どんな姿に変わっても、僕たちが僕たちだってわかる、魔法の鍵だ」


 それから数日後、紡は図書室でこんな本を読んだ。

 ある一途な兵隊が、愛する姫のもとへ戻るために幾多の困難を乗り越える物語だ。最後に再会したとき、兵隊はボロボロになりながらも、ただ一言『待たせてごめん』と告げる。

 紡は少し照れながら言った。

「合言葉、『おそくなってごめん』がいいな」


 少し変わった合言葉に、私は首を傾げた。 「なんで?もっとかっこいいのがいいよ」 「あのね、楓。好きになればなるほど、一緒にいない時間は『もったいない時間』になっちゃうんだよ。だから、たとえ一分でも一秒でも、僕がいない間、君を一人にしちゃったら……それは僕にとっての大遅刻なんだ」


 紡は私の手をぎゅっと握った。 「一秒でも早く会いたい。それくらい楓が好きだから。だから、どれだけ急いで帰ってきても、僕はきっと『遅くなってごめん』って言っちゃうと思う」


 それが、二人の魂に刻まれた"最初の約束"だった。

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