噂のあいつは大道芸人
参った。
実に参った。
「・・・」
「・・・」
互いに何も言わない。
夜の朱雀大路で、あたりも、しんと静まり返る。
それはそうだ、天下の新撰組組長と、一介の町人の斬り合い・・・といっても一方的だが・・・に、周りを取り囲む平隊士たちは、手出しをしかねて迷っているようだ。
「さぁ、答えてもらおう。貴様は何者だ?」
「さぁてね。おまえさん方に、仇なすつもりはねぇよ」
くつくつと笑いながら、町人風の男は笑う。
すらりと抜かれた新撰組組長の刀。対する町人は、鍔のない長ドスのような刀を鞘に納めたまま、左逆手に握り、牽制する。
ふ、と空気が変わる。その瞬間に新撰組組長が動く。目にも留まらぬ速さでその月光に白刃をひらめかせ、町人に斬りかかった。
「っ!」
周りの隊士たちは思わず目をつむる。
が、そこに想像した血しぶきは舞わない。
「あっぶねーなァ」
「・・・」
そんな、どこかのんきな声が聞こえる前に、組長には自分の刃が斬ったものが空であることがわかっていた。かすかに前かがみになっていた身をおこし、ただゆっくりとその視線を自称町人の男に向ける。
その目は、どこまでも暗く、そして深い。
表情をあまり露わにしない性格なのか、自分の刃がかわされたことに対しても、大した感慨を持っていないようにすら見える。
怖いもんだねぇ、と町人風の男ー紅はぺろりと舌を出した。新撰組には適当な使い手はいると知ってはいたが、これほどの粒ぞろいとは。
「沖田と同じくれぇか・・・」
まったく、日中にやられたのではたまったものではなかった。夜であれば闇に紛れてどうこうできるし、またヒトの目も少ない。それは不幸中の幸いだったか。こんなところで見せ物になってはたまらない。
「もう一度問おう。貴様は何者だ。出身と名を言えぬということは、そういうことだと思っていいのだな」
いちいち、やたらと丁寧な口調。沖田と同じく、冷たく鋭い刃のような印象があるが、沖田と違ってそれを隠そうともしない。
・・・だから、ヒトはおもしろい。
だが、おもしろがってもいられない。
一番はじめの出会い頭に、一撃を肩に食らっている。あれは居合いをかじったのだろうか、あまり相手にすることがなかったため、遅れをとった。なかなかおもしろい剣術を使うものだと密かに笑う。
「その傷では、逃げ失せることもできまい。おとなしく捕縛されるのだな」
「・・・それはまっぴらだな」
土方に怒られる。その上で、蒼にしかられる。沖田には・・・きっと同情されるだろう。
こっそり紅は笑うと、
「そうだなぁ・・・」
悩む。
このまま、最初の勢いで出してしまった愛刀を使ってしまえば、このヒトを殺してしまうだろう。かといって、捕まってしまうのはごめん被りたい。夜といっても、素直にただ逃げ仰せるにはヒトも多い。
それにしても、この朱雀に抜かせずとも刃をとらせるとは、この人間、結構やるものだ。
さぁて、どうしようか。
いばしの逡巡の後、紅はにやりと笑う。
「よし、いいぜ。来いよ!相手してやらぁ」
紅の挑発に、浅黄色の男はぐっと唇をかみしめた。その動きを見て、紅はちりりと指先にしびれを感じた。
殺気だ。
来る。
思った刹那、男が地をけり、一瞬ののちには紅の目前へと迫ると、その刃をしっかりと紅の喉元へ向けていた。
「っと!」
その刃のぎりぎりで、紅は思い切り垂直に地をけった。目を見開く男の頭上を超え、一気に男の背後に回った。
「!!」
人間とは思えぬ動きに、男は目を見開いたまま紅に向きなおろうと体勢の制御をはかり、平隊士に至っては、目の前に紅が降り立ったとしても、とっさのことに動けない。
「なーんてな」
が、紅はこの人間たちをどうこうするつもりはみじんもない。
「じゃぁな!」
けたけた笑うと、そのまま駆け出し、ひょいと再び隊士の前から姿を消したと思うと、築地塀へとあがった。
「なっ!!」
男は思い切りおどろいた顔をして、すぐに追いかけてくる。隊士たちもようやく我に返ったらしく、築地塀においすがった。
「そういや、おまえの名前、なんだぇ?」
これほどの使い手、そしてこの目。
なかなかおもしろいものだが、名を聞いてみたくなった。
「・・・答える義理はない」
「ほぉ。俺は紅だ。くれないと書いて、コウ。俺は名乗ったぜ?」
「・・・」
武士たるものの礼儀を示してやれば、相変わらず表情のないまま、答えた。
「新撰組三番隊組長、斎藤一」
「覚えておこう。じゃぁな」
「待て!!」
男ー斎藤の叫びむなしく、紅はさっさと屋根にあがり、人間離れた動きでもってちょこまかと逃げ、とうとう彼らの目から消えてしまった。
「・・・沖田と同じくらい、と言ったか・・・」
斎藤はぐっと唇をかむと、きびすをかえした。
「く、組長、お怪我は・・・」
「いや。他のものも皆怪我はないな。では、巡察を続ける」
表情にこそ出さなかったが、内心、動揺していた。
アレはいったい、なんなのだ。
大道芸人か、あるいは手妻師か。
「俺もまだまだ、修行が足りぬということか・・・」
とりあえず、副長に報告をせねば。
そしておそらく、腹を詰めることになるだろう。
不貞浪士を問いつめ追いつめておきながら、むざむざ見逃したのだ。武士として、当然の責任のとりかただ。
「・・・斎藤組長?」
「いや、月も、今宵限りかと思ってな」
「は?!」
気遣わしげに声をかけてきた隊士にさらりと応じると、隊士の方はぶっとんだ顔をして斎藤を見つめる。
「・・・士道不覚悟だ。当然だろう」
「そ、そんな・・・あんな大道芸人みたいな奴のために・・・!?」
「大道芸人のような奴だからこそ、だ。大道芸人ごときに遅れをとって、なにが新撰組副長助勤だ。笑わせる」
「そそそそ、そんな・・・!!」
「極端なやつだなぁ・・・」
紅と名乗ったのだから、それを土方に伝えてくれるとよいのだが。そうすれば土方も、慰めこそすれ腹を切れなどとは口が裂けるても言えぬはず。
「それにしても、大道芸人かよ・・・」
いけね、涙出てきた。
夜の闇に、じくりとうずく肩口に手をやり、紅はため息をついた。
「・・・飲みにでもいくか」
どうせ土方にも蒼にも怒られるのだ。
今くらい、一人自分を身の、心の傷をいやしてもいいではないか。
「ちぇ、つまんねぇことしちまったよ・・・」
紅のつぶやきとともに、その身の周りに炎が立ち上がり。
その赤が引いたとき、そこにはなにもいなかった。
fin...
おまけ
「副長、失礼いたします」
「おう、ご苦労だったな」
「あ、一、おかえりなさい」
「総司もいたのか。・・・副長、ご報告したきことが」
「なんだ」
「今宵、不貞浪士と思しき妙な男を発見いたしました」
「おー、そうか。とらえたか」
「いえ、取り逃がしました」
「おい、なんで捜索をしねぇ?」
「あの者、まるで人間でないような動きをし、あっという間に逃げ仰せました」
「・・・・人間でないような、だと?」
「は。なんの助走もなく垂直に俺を飛び越えたり、そのまま取り囲んでいた隊士たちを飛び越え、築地塀にあがったり、そのまま築地塀から屋根に上がり、屋根から別の屋根へと飛び移り・・・いささか捜索をするには、手に負えぬものかと。また、実際に何かをしていた、というものでもないですので・・・・」
「・・・・・」
「土方さん・・・」
「しかしながら、この斎藤。士道不覚悟に他なりません。ここは、腹を詰めて・・・」
「まて、斎藤。その怪しい野郎ってなぁ、緋色の着物を着ていたりしなかったか?」
「は、緋色に炎の柄のあしらわれた、頭の軽そうな着物でしたが」
「は、一、その人、江戸の人っぽくなかったですか?」
「うむ、確かに江戸言葉を使っていた。が、それが俺が腹を詰めぬ理由にはなるまい」
「おい、斎藤。そいつ、名乗らなかったのか?」
「いえ、名乗りました。くれないと書いて、コウだとか」
「・・・・」
「・・・・」
「副長の手を煩わすまでもない。介錯は不要。三文字でここで一気に・・・」
「いやまて、斎藤。下がっていいぞ」
「・・・は?」
「腹詰めなんぞする必要はねぇ。アレは・・・俺にだってどうしようもねぇ。つぅか、ここでやろうとすんな目覚め悪ぃ」
「も、申し訳ございませぬ。では場所を変えて・・・」
「だから一!切らなくていいって・・・」
「放っておいてくれ、総司!たかだか大道芸人ごときに遅れを取るとは・・・!誰が許しても俺自身が許せぬ!止めないでくれ!」
「大道芸人?!え、あいつって大道芸人だったのか?!」
「ええ?!知りませんけど?!」
「とりあえず斎藤落ち着け!!」
「ほ、ほら、一、飲みにいきませんか?!」
「そ、それがいい。つぶしちまえば忘れる!!」
「えぇい放せ!!俺は、俺はぁぁぁぁぁ!!!」
後日。
「紅さんって、大道芸人だったんですか?」
「・・・斎藤・・・やっぱ殺っときゃよかったか・・・」
長々し世を 鷹司刀璃 @linklink
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