青を待つ

snowdrop

青を待つ

 あの頃の冬は、今よりずっと寒かった。

 一月七日の夕刻、空には青がひとかけらもなかった。

 リビングの窓から見える空に雲が低く垂れこめ、いまにも何かが降ってきそうだった。

 ソファに身をあずけて座りながら、ぼんやりテレビを眺めていた。

 アニメだからという理由だけで点けてみたが、白目のあるちびまる子ちゃんの面白さが私にはわからなかった。

 家の電話が、鳴る。

 両親は買い物に出かけ、兄は二階で勉強中のはず。

 ソファから離れ、受話器を手にし、電話に出る。

 クラスメイトからだった。席が近かったので話したことは幾度かあったが、とくべつ仲がいいわけでもなく、電話で話すのも初めてだった。

 連絡網で回ってきたと断りを入れてから、「――くんがなくなった。明日、学校が終わってからクラスみんなで告別式に参加するから」と告げて、電話が切れた。

 ソファに戻って身をあずける。

 ひょうきんで明るく、クラスで人気があり、私にスーパー戦隊の面白さを教えてくれた子だった。

 なくなったとは、どこかへ行ってしまったのだろうか。

 式に参加するとはなんだろう。始業式とはちがうのかしらん。

 答えのでない問題を頭の中でくり返す。流れていくエンディングテーマ曲は耳に入ってこなかった。


 翌日、澄み切った青空が広がっていた。日陰に残る雪は泥にまみれていた。日の当たらない階段やアスファルトは氷、道端の草に霜が降りていた。

 地区の集合場所で、再会する子たちの顔に笑顔が見える。

 昨日の電話のことを聞こうと、同じ班の同級生に声をかけた。ちがうクラスだったから知るはずもなく、名前を出しても「誰?」と、眉間にシワを寄せて目を細められてしまう。

 そうか、ここにいる子達は誰も知らないんだ。

 私だけが知っている。

 気付かされると、北風に身を切られた。


 登校し、教室に入るとやけに明るかった。

 朝日が差し込み、蛍光灯が室内を明るく照らしていたのだろう。彼の机の上に置かれた、ガラス製の大きな花瓶には白い花が生けられていた。大輪の白いカサブランカが、いくつも咲いている。モロッコの都市名がついているのに、原産国はオランダだったと、何気なく思い出す。

 クラスメイトは誰も近寄ろうとせず、壁際から遠巻きに眺めていた。

 朝の会で先生から説明があり、始業式でも校長先生から全校児童に語られ、午前中で授業が終了。私たちのクラスは、彼の告別式に参加した。

 読経の中、一人ひとりが棺の中に花を入れ、最期のお別れをしていく。

 棺が運ばれた車が走り出すと、担任の先生が顔を上げて大声で泣き吠えた。青空に響き渡った声に、私たちは涙を流すのさえわすれて、思わず振り返っていた。

 

 次の日から、雪は途切れることなく降り続いた。

 日中、車の通る道の雪はすぐに溶け、夕方にはシャーベット状になった。けれど夜のあいだにまた降り積もり、朝には道も屋根も木々までもが白に包まれていた。雪雲の垂れた空からは、音もなく雪が降り続いていた。上着や手袋、マフラーに長靴はもちろん、傘も手放せなかった。

 四十九日まで週命日に彼の家へお参りに行くように、と担任から声をかけられる。

 行ける人だけでいいからと言われたが、嫌がる子はいなかった。帰宅方向が違う人でさえ足を運んだ。みんなで押しかけたせいか、かえって迷惑をかけるからと人数制限がかけられるほどだった。

 私は帰り道に立ち寄れたので、毎回足を運び、遺影に手を合わせた。

 不思議だったのは、訪ねた週命日はかならず雨や雪も降らず、空が晴れ渡っていたことだった。お参りに行った翌日は天気がぐずつき、冬らしい空模様になった。

 彼も、クラスのみんなと別れたくなかったにちがいない。


 あれから年月が流れた。

 どれほどの時間が過ぎたのか、思い出さなければわからないほど記憶も薄れてしまった。

 今年もまた、一月七日が訪れる。

 厚手の服も乾くほどの、絶好の洗濯日和だった。




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