第32話

わたくしたちの婚約は、王都に帰還したその翌日に、国王陛下の御前で正式に発表された。

父であるヴェルナー公爵も、そして、国王陛下もまるで最初からこうなることが決まっていたかのように心からわたくしたちの未来を祝福してくださった。


『国の至宝には、国一番の騎士がやはりふさわしいだろう』


玉座でそう言って、実に楽しそうに笑っておられた陛下の顔をわたくしはきっと一生忘れないだろう。


国の英雄同士の、電撃的な婚約の知らせは瞬く間に、王都中を駆け巡った。

悪役令嬢として、都を追われたはずのわたくしの汚名は完全に雪が溶けるように消え去っていた。


民はこぞって、わたくしたちの婚約を祝福し、その熱狂ぶりは、まるでお祭りのようだったと後にアンナから聞かされた。



それから、数ヶ月後。

それぞれの物語は、新たな一ページをめくっていた。


かつて王太子であったユリウス様は、西の離宮で静かに、そして穏やかに暮らしていると聞いた。

全ての権力と虚飾を失った彼は、生まれて初めて自らの意思で書物を読み、この国の歴史と政治を学び始めているらしい。

彼が、いつか本当に己の犯した罪と向き合い人として再生できる日が来るのかそれは誰にも分からない。

ただ、わたくしはもう彼のことを思い出すことはほとんどなかった。


『聖女』を騙った売国奴アイラ・ミモザは、その罪の重さ故に人知れず北の果ての黒の塔へと幽閉された。

彼女の、その後の人生を知る者は誰もいない。


そして、わたくしが愛したあの辺境の領地。

わたくしが遺していった計画書は、老執事のゼバスチャンとやる気に満ちた村長たちによって、見事に引き継がれ実行されていた。

わたくしが、開発したハーブティーとベリーのジャムは今や王都の貴婦人たちの間でなくてはならない高級品となり、その莫大な利益は辺境の地を驚くべき速さで豊かにしていた。

領民たちの生活は格段に向上し、子供たちの明るい笑い声が村の至る所で響いているという。



そして、今日。

わたくしは、ヴェルナー公爵邸の一番日当たりの良い部屋で、純白のウェディングドレスにその華奢な身を包んでいた。


「まあ、お嬢様……! 本当に、本当に、お綺麗です……!」


侍女のアンナが、わたくしの姿を見て、うっとりと涙ぐんでいる。

鏡に映る、自分は自分であって、自分でないような不思議な感覚だった。


その時だった。

コンコン、と、部屋の扉が控えめにノックされた。


「……リリアンヌ。準備は、できたか」


そこに立っていたのは、真新しい純白の騎士の礼服に身を包んだアレクシス様だった。

彼は、わたくしのその純白の花嫁姿を、見た瞬間、その青い瞳を驚きに見開いて完全に言葉を失っていた。


彼の、そのあまりにも真っ直ぐすぎる視線に、わたくしの心臓は、またしてもうるさく鳴り響く。


「な、何ですの、閣下!」


わたくしは、照れ隠しに、ついいつもの塩辛い口調になってしまう。


「そんなに、わたくしのことを、じろじろと! このドレスに何かおかしなところでもありますの!?」


すると、彼はふっと柔らかく微笑んだ。

わたくしだけが知っている、あの氷を溶かす優しい笑顔で。

そして、ゆっくりとわたくしの元へと歩み寄ると言ったのだ。


「いや、あまりにも美しかったのでな」


「え……」


「我が、妻となる女性がこれほどまでに美しいとは。俺は、この国の、いやこの世界で一番の幸せ者だ」


その、あまりにもストレートすぎる甘い愛の言葉に、わたくしはもはや反論する術を持たなかった。

ただ、顔を真っ赤に染めて俯くのが精一杯だった。


「……ば、馬鹿なことを、おっしゃらないでくださいまし……」


アレクシス様は、そんなわたくしの手をそっと優しく取った。


「リリアンヌ。俺はお前と出会えて心の底から良かったと思っている。お前のその強さも賢さも、そして誰よりも不器用で温かいその優しさも全てを、心の底から愛している」


「……わ、わたくしだって……」


わたくしは、か細い声で、ようやく本心を口にした。


「貴方様のことが、その……す、好き、です、わ……」


わたくしたちは、見つめ合った。

彼の青い瞳に宿るのは、どこまでも深く、そして、穏やかな愛情。


「これからは、俺がお前を生涯をかけて守り抜く。もはや、監視役としてではなくお前の生涯ただ一人の夫として」


その誓いの言葉に、わたくしは、にっこりと笑って言い返した。


「……残念ながら、わたくしは、ただ守られてばかりいるようなか弱いだけの女ではございませんことよ」


そして、わたくしは彼の胸に手を当てて誓った。


「わたくしも、貴方様を、そして、貴方様が、命を懸けて愛するこの国をわたくしの持てる全ての力で支え守り抜いてみせますわ」


わたくしたちは、ただ愛し合うだけの恋人ではない。

この国の未来を、共に支え共に歩んでいく最高のパートナーなのだ。



後日。

王都の大聖堂では、わたくしたち二人のための、盛大な、盛大な、結婚式が執り行われた。

この国の、全ての人々から祝福の言葉と花びらを浴びながら、わたくしたちは、神の前に永遠の愛を誓った。


かつて『悪役令嬢』と呼ばれた一人の少女は。

今、この瞬間、最高の、伴侶を、その隣に得て誰よりも幸せな笑顔を浮かべていた。


そして、かつて『氷の騎士』と呼ばれた一人の男は。

その隣で、ただ一人、愛する妻にだけ見せる、どこまでも、どこまでも、温かい優しい眼差しを注いでいた。


わたくしの、長きに渡った『推し活』は、これにて一旦終了となった。

なぜなら。

これからは、毎日、毎日すぐお隣で。

夫となった『最推し』の、その尊いお姿を心ゆくまで思う存分、堪能することができるのですから。

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塩対応の悪役令嬢ですが、婚約破棄?わかりましたわ。 パリパリかぷちーの @cappuccino-pary

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