第2話 アルス・ギルバートと深淵の怪物
連れていかれた先は王城の牢獄ではなかった。
敵を捕まえたときに使用される捕虜専用の建物だ。
出入り口はたった一つ。地下への扉のみ。
魔法結界が付与されていて、声紋はたった一人にしか反応できないようになっている。
つまり、ルフ騎士団長だけだ。
「アルス・ギルバート、早く入れ!」
大声を上げながら俺の背中を蹴りつける。
――てぇっめぇえ、覚えてろよ?
宮廷魔法使いになってからというもの、まず矯正したのは言葉遣いだ。
平民出身の俺が、貴族の連中と同じような丁寧語を話すわけがない。
最初は口ぶりが悪くよく注意されていた。
しかし、先代の王の恩もあって矯正したのだ。
けれども、こんな仕打ちをされたら素が出そうになる。
……落ち着け、俺。
まだ、もう少し泳がしてからだ。
俺は、ゆっくり中に入る。
「なぜ、
王城の牢獄と違って、ここの環境は最悪だ。
まず光が一切入らない。
ヒカリゴケと呼ばれる植物が壁に生えいるおかげで、足元は明るくなっているものの、視界は最悪。
さらに生活水路の通り道になっているからか、下水の匂いも充満している。
俺がここに来たのは、最初に王城を案内してもらったときだけだ。
百年前の戦争時に使われていたと聞いていて、今は誰も近寄らないと。
その割に、ルフ騎士団長は見知った場所に来たような雰囲気がある。
普通なら、もっと周りを確認するように見たり、匂いに対して反応しそうなものだ。
……匂うな。
二つの意味で。
「足元に気を付けろよ。もっとも、そうしてくれたら裁判の手間は省けるがな」
牢屋は遥か地下にある。
螺旋階段が下に続いていて、真ん中が吹き抜けになっていた。
手すりなんて優しいものはなく、ここに落ちたら待っているのは死だろう。
「殺すつもりですか?」
「何を言ってるんだ。裁判の前に安全な場所に移したいだけだ。安心しろ。後ろから押したりはしない」
意地汚く笑いながら、ルフ騎士団長は俺の後ろをぴったり歩く。
警戒しながらの数十分、水でぬかるんだ階段を下りていった。
ようやく終わりが見えてきた。
途中で牢屋はあったものの、ご丁寧に俺は一番下の特等部屋みたいだ。
「ここで止まれ」
「どうせなら一番下の牢屋が良かったんですけど」
「あそこは狭いし息苦しいぜ? ま、俺も昔見ただけだけどな」
立ち止まった部屋は一つ手前の牢獄だった。
誰もいないはずなのに、なぜここに?
……まったく、怪しいことだらけだ。
扉にも魔法結界が付与されていた。
これもルフ騎士団長しか開けられないらしい。
中に入ると、筆舌に尽くし難いほどの匂いがした。
足元はぬるっとしたコケに覆われている。
当然かもしれないが、ベッドなんてものはない。
ヒカリゴケも生えておらず、扉を閉めた瞬間、待っているのは闇だろう。
「ちょうど山賊を捕まえて王城の牢屋がいっぱいなんだ。安心しろ。たったの
「へえ、そうですか」
俺は、まるで興味のない話を聞いているかのように答えた。
その反応が気に障ったのか、思い切り蹴りつけくる。
衝撃で膝から地面に崩れ落ち、手で受け身を取ると黒と緑の汚れで真っ黒になった。
……ぜってぇぇっ、コロス。
「それとコックは長期休暇なんだ。腹が減っても我慢してくれ」
ルフ騎士団長は扉を勢いよく閉めた。
小さな小窓から覗き込む。その目は、心底愉悦に満ちていた。
「じゃあな、アルス」
「ええ、連絡、待ってますよ」
俺を怖がらせたかっただろうが、そんな弱みを見せるほどやわな鍛え方はしていない。
ルフたちが階段を上がる音を聞きながら、周りを見渡す。
俺が暗闇恐怖症なら発狂してただろうな。
さらにここに閉じ込めておきながら、まだ魔法手錠も外さないとは……。
これは明らかに計画的な犯行だ。
おそらく、裁判なんてものはないだろう。
すぐ殺さないのは謎だが、まあそれも調べればいいか。
「さて、と」
見張りをおかなかったのは、魔法手錠に全幅の信頼を置いているからだろう。
俺の知っている限りでも、これを付けられ、魔法を使えた者はいない。
確か、100人以上を殺した
だが――その逸話も今日で終わる。
「
俺は、手錠がかけられている手首に視線を向けた。
暗闇で全く見えないが、そこにあるのはわかっている。
体内の魔力をかき集めて、手首に集中させた。
魔法は術式だ。魔法を放つには構築がいる。
解除するには、それを瓦解させればいい。
俺の得意な魔法は防御、結界、治癒だ。
それだけは、誰にも負けない自信がある。
構築ができるなら、その逆も当たり前に可能だ。
――カチッ。
手錠は、まるで鍵を外されたかのように静かに開いた。
ほんの少しだけ火花のようなエフェクトが光る。
「これは……もらっておくか。まったく、仮にも
さて、次だ。
周りの壁は、すべて魔法石灰と呼ばれる特殊な石で出来ている。
それぞれが植物のように生きていて、魔力を持っているのだ。
魔法ってのは繊細な技術が必要で、小さな魔法はまだしも、大きな魔法を使う際には周りの魔力に影響される。
端的にいえば、発動しづらくなる、だ。
特に、この魔法石灰は魔力をゆがませる。
まあこれも、俺以外ならの話だが。
「
俺は、扉に触れながら魔法を詠唱した。
すると、誰かに開けられたかのように開く。
これは初期魔法だ。
だからこそシンプルで、だからこそ極めれば最大限の力になる。
俺は、それをよく知っている・
外に出れたのはいいものの、何も見えない。
ヒカリゴケも、ルフ騎士団長が来るときにしか反応しないんだろう。
両目に魔力を集めて、暗闇に目を慣れさせる。
三秒経過すると、俺の目には周囲が手に取るようにわかった。
「しかし、出入口はあそこか」
上を見上げて、声を漏らす。
問題はここからだ。
深い地下なので、横穴を開けようにもできない。
といっても、さすがに上には見張りがいるだろう。
逃げ出すことができても、それだと意味がない。
俺があえて捕まったのは、真相を暴くためだ。
今のルフ騎士団長は油断している。ボロを出す可能性も高い。
その為には、気づかれずに外に出る必要がある。
「うーん――」
――ナゼ、アナタハ、ソトニ、イル、ノ。
そのとき、酷い頭痛に襲われた。女の声が聞こえる。
痛みで頭を振るも、その声は、一番下にある牢獄から聞こえているようだった。
「……使われてないんじゃなかったのかよ」
――ナゼ、アナタハ、ココニ。
「……いってえ。なんだこれ
百年前、魔族が連携で使っていたと聞いたことがある。
クッッッソ、いてえ。
「…………」
俺は、声に導かれるように下へ降りる。
――ここに、誰かが、何かがいる。
扉の前に立つと、それが直感でわかった。
「いつからここにいる? 何者だ?」
俺はこの国の宮廷魔法使いだ。いや、もう過去形か。
敵を追い返すことを生業としていた。
もちろん、犯罪者についても詳しい。
それなのに、ここに人がいるなんて聞いたことはなかった。
仕事柄のせいか、こんなときにでも気になってしまう。
――タス、ケテ。ワタシハ、ナニモ、シテイナイ。
こんなところにいるやつが何もしてないってことはないだろう。
いや、そう言うと俺もそうなるか……。
「悪いが信用できない。ほかのやつを当たってくれ」
俺は善人じゃないし、よくわからないやつを外に出す義理もない。
それより、ここから逃げ出すことを考えなきゃな。
しかし、なんか特殊な魔法でも使えない限りは――。
――ソト、デレル。
「……あ? なんだ、俺の心を読んでるのか?」
いや、さすがにそれはないか。
牢屋に閉じ込められたってことは、俺のことを犯罪者だと思っているのだろう。
しかし、魔法が使える可能性は高い。
これは、賭けだな。
「――聞け、俺はここから出たい。だがそれは、誰にもバレずにだ。お前にそれができるか? 言っておくが、俺は人の嘘に敏感だ。たとえカタコトでも、わかると思うぜ」
返答はなかった。まあ、放っておけばいいだろう。
――デキ、ル。
……ハッ、本当か嘘かわかんねえが、まずはツラを拝ませてもらうか。
俺は、そっと扉に手を触れた。
「――
――――――
――――
――
―
「ルフ騎士団長、ワインをどうぞ」
「ご苦労。しかし、アルスのやつ何もわかっておらんかったな。これで忌々しいやつがようやく消える」
ルフは、自室で側近秘書と話していた。
足をのばし、まるで一仕事を終えた顔をしている。
「しかし……あの
「ありえん。あの化け物にも、そしてアルスにも『魔法封じの手錠』は嵌めてある。それにそもそも、人間という種そのものを心底憎んでいる。協力などするはずがない」
「それだと……よいのですが」
「無意味な心配をするな。そんな力はもう残っておらん。なんせ、百年以上も拷問を受け続けているのだからな。――
次の更新予定
2026年1月10日 10:05
敵国の最強暗殺者ギルドを一人で壊滅させ続けていた俺を「無能扱い」ですか? ~それなら結構。俺は辺境の村を『絶対防御』の要塞国家に作り変えて独立します~ 菊池 快晴@書籍化進行中 @Sanadakaisei
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