第4話
1
『魔王』が討伐され、『西の国の王女』がカースト制度撤廃の声を上げてからというもの、『噂話』は同カースト内に限られていたが、多少緩和傾向にあった。
しかし、地下迷宮があり、往来の多い『西の国』と比べ、他の王国は、特に王都内でカーストを飛び越える『噂話』は基本的にされず、王都外の地方を中心に徐々に緩和されているという話である。カーストを飛び越えた『噂話』自体は忌避されるものの、カースト制度が徐々に緩くなっているという『話』自体は頻繁にされる。
まず口火を切ったのは、チーム長の40代の女性コンビ。彼女らは、「〇〇の領土で、貴族が平民の女と結婚をした」という話から、果ては「平民の△△という冒険者が、貴族である××様に見染められた」まで、具体的な噂話をして盛り上がっている。
さすがチーム長と言った所か。彼女らの耳は広く、王妃様を伝って他貴族の侍女との交流があり、更には新聞なんて高級なものを毎日読んでいるのだから、その探求心には頭が上がらない。
そもそも、下っ端の従者のボクは女性に対して頭が上がらない訳だが。
しかしながら『魔王』が討伐されて以降、新聞の記事は<西の国のスタッカスタが30階層へ突破>といったものから、<西の国の王女がカースト制度へ言及>といった大見出しに変わったり、<北の国のグラヴァ、魔王の側近を討伐>といったものから<聖王女様、ニッコリとされる>という、より俗物的なモノに変わっていった。
とりわけ、各国の王女や王子の動向が取り沙汰されることが多いのだが、彼ら彼女らの親をおいて、息子娘が話題にあがるのは理由がある。国王と王妃は第1カーストの中でも頂点中の頂点であり、話題にすることすら忌避されるからである。
それでも、西の国にある「魔王」、「地下迷宮」と、年に1度の「頂上決戦」は度々話題にあがる。「魔王」は討伐されたが、「地下迷宮」は踏破されておらず、それに「頂上決戦」の5種目のチャンピオン5名は各国の代表を意味し、10年程まえに「西の国のスタッカスタ」が2種目のチャンピオンに輝いて以降は、2種目以上の同名チャンピオンは出現していない。
ちなみに「西の国のスタッカスタ」が西の国の阻害魔法と、聖王国の回復魔法のチャンピンになった時は、年中スタッカスタが新聞の1面を飾ることになったとか。
2
「オーフェスト、密命を与えよう!」
いつも通り王子の服やベッドの洗濯をしていると、後ろからグラヴァさんが近寄ってきて声をかけてきた。ボクは「はッ!」と返事をし、腰巻からハンカチを取り出して、桶に突っ込んでいた手を出して水を拭くと、ニヤニヤ顔の彼女の元へ駆け足で近寄る。
やがて、彼女が腰を落とし、右手で持っているものをそッと腹へ押し付けて来た。
「……これは?」
「……しッ!声を出すな……。これはな、従者全員の王女への生誕祭のプレゼントなのだ」
「……ッ!」ボクは唾を飲み込んだ。スペシャルシークレットではないか。そして、「よ、良いのですか……?」とグラヴァさんへお伺いを立てる。すると彼女は「ふんッ!」と言ったかと思うと、更に強くボクにプレゼントとやらを押し付けて来る。
「良い。私が判断した……。『西の国の王女』も言っていただろう。千年続くカースト制度を撤廃すべきだとな。第3カーストから第1カーストへ向けたプレゼントなど!『南の国』ですらやってない事だ!フフフハハハハハハ!!王族の血を持ち、平民であり、元・勇者の私だから出来る事!ハハッハハハハ!!」何やら嬉しそうな侍従頭に肩をバンバンと叩かれる。
そして、そッと声を潜めておっしゃられる。
「良いな?国王にも、王妃にも内緒である。王女様生誕祭の会場まで届けるのだ。誰にもバレてはならない、そう、王にも王妃にもだ。ただし例外として、王女に会ったら皆からだとお渡しするように」
始めは荒唐無稽に思われた。従者の下っ端、2年目の従者である平民のボクは、王族や貴族に声をかけられたのなら嘘を付くことも誤魔化すことも出来ないからだ。
ボクは苦虫を嚙み潰したような表情をなんとか我慢すると、目の前で眉間に皺を寄せる女性が、「んッ……?」と顎をくいっとさせて来た事から、「は、はッ!」と返事をする事しか出来ない。
「よろしい!オーフェスト、ならば今より会場へ運ぶのだ!良いか?中身は見てはいけない」
そう言いながら人差し指をビシッ!と向けてくる女性に、ボクはコクンと頷いた。
3
いつも歩いている道が、秘密を抱えていると途端に怖くなる。
王女の生誕祭、その会場は王宮内の離れにあり、時間にして歩いて10分程。
ボクは「今すぐ」という侍従頭の言葉に従うべく、別室で清掃作業に没頭する同居人に声をかけ、チーム長から了承を貰い歩き出した。特にチーム長はグラヴァさんから話が通っていたようで、「あぁ、あの件ね。オッケー」と返答をした。
ごくりと唾を飲み込み、一歩を踏み出す。紙袋に入った、桶より少し大きいそのプレゼントは、流石にポケットには入らないため、自然に持っている感を出すために左腕で抱え込む。要は「今、買い物から帰ってきました」感を演出するのだ。口頭での嘘や誤魔化しはダメだが、相手が勝手に勘違いするのは、こちらでコントロール出来ない。そのため言い訳が立つというものだろう。
綺麗に清掃された王宮内を歩いていると、ピカピカな大理石が目に付く。普段客人が往来する場所を、従者は朝礼後にまずは清掃する。
道の端をトコトコと歩きながら、人影のすくない大理石を静かに歩く。侍従のほとんどは室内清掃に入っている時間帯なため特に挨拶をする対象もいない。目についたのは何かを話している国王と、屈強な男性くらいのものだ。
「……おい」
北の国王は、やはり王宮内でも特別な存在。
王女も自由奔放だなと思うけど、王も王で自由奔放だ。北の国と南の国は良く引き合いに出される。技術と芸術に秀でた魔法を使う北に比べ、剣に付与魔法を施して戦う南。二つの国は犬猿の仲とされ……。
「……おい、そこの」
「……はッ!」
『そこの』が、ボクを差しているとは全く思わなかったが、一応声が聞こえたそちらを見ると、まさかの国王に声を掛けられているではないか。ボクは額に汗を流しながら片膝をついて拝礼の恰好をする。
「いや、そこまでかしこまらんくても良い……何をしていたのだ?」
「……届けモノをお渡しに、歩いている最中でございました」
「そうか、グラヴァ侍従頭は見たか?」
「グラヴァさんでしたら、つい先ほど王子の部屋におりました、5分程前の事です」と、返答すると、「そうか」お仰せになる。隣にいる屈強な男性に見られているのを感じながら、ボクは国王様とやり取りを続ける。
「分かった、助かった」と言われたので、「勿体ないお言葉でございます」というと、国王は男性と歩いて行った。
気を回す必要はない。カースト下位は、喋る人形。特に昔の人こそ、その傾向が強い。フーッと、かいていない汗を拭き、歩き始める。
それにしても強そうな男性であった。あの髪の色、肌の色は、西の国出身であろうか。
◇
「オーフェクト」
「……はッ!」
国王と別れてからしばらく歩くと、次は王子に声をかけられる。
珍しい事もあるものだ。
王子は王女の3つ年上で、17歳。道の端を歩いてやりすごそうとしていたボクを見て、手招きしてきたのだ。
王子や王女は若年層にあたる。名前を憶えられていないと思ったボクは、その予想外の行動にビックリした。しかしながら「なぜ名前を?」という事は聞かない。
「……ええと、何をしていたのだ?」
「はッ!届け物を渡しに歩いておりました」
そう言うと、彼はボクが持っている紙袋を一瞥したかと思うと、すぐに目を逸らした。
「王女のプレゼントか?」
「……ッ!」
「よい、隠さなくとも良いのだ」
王子はそれだけを言って、少しもの悲しそうな表情をされる。
気の回る従者ならば、悲しそうな顔の意味をお伺いするのだろうが、ボクはしない。話したいのならば、勝手に話してくるだろうから。
そう思っていると、王子がポツリポツリと話し始めた。
「少し……王女に嫌われたようでな」と言い、「どうしたら良いと思う?」と聞いてくる。
突然すぎて、ボクは返答に困りながら少し考える素振りを見せた。
そもそも情報が少なすぎる。
しばしの沈黙。これ以上、王子は情報を与えてくれないらしい。
それに、王族に意見を求められるなんて初めてだ。
「えと……王子、申し訳ございませんが、『どうしたら良いか』には返答出来ません」
「そうか。初めてなんだ、『嫌われた』と思ったのは」
「いえ……」と、返答すると、考える素振りを見せた王子は、言い辛そうに、「少し話を聞いてもらえるか?」と聞いて来る。ボクは勿論、「当然です。私は従者ですから」と返答した。
「いつも、『お兄様』と呼んでくる妹が、『兄様』と呼んでくるようになった」
王子と王女は兄妹だが一般的な家族と異なるのは、協力関係にはないという所だろう。家族としての絆みたいなものはあるが、王子も王女も独立した王族の一人とみなされる。国王はまだ若く、王位継承を考えるのはまだ先の事だろう。
それに、革命を企むような勢力も『魔王』を除いてはない。ないない尽くしの平和な社会で、王族や貴族も緩く生活をしているように思える。なにかきっかけがなければ、呼び方の変化など気付くことはないだろう。
しかし、王子は呼称の変化を感じ取った。それはボクにとって新鮮な事。
「『お』を付けない事が、なぜ『嫌われている』になるのでしょうか?」
情報を欲し、ボクは王子に聞いてみた。
「なんか素っ気ない気がして……」
「……その素っ気なさが、王子は、嫌なのですね」
「それもある。僕は繊細でね、お兄様と呼んでいたのに、兄様と呼び方を変えられたらちょっと嫌だ。正直とてもショックだった……それに、今日2回だ、2回も、兄様と呼ばれた」
確かに多少違和感はあるのかもしれない。オーフェクトというボクの名前は、基本的に呼び捨てにされる。多少親し気のある同僚や、侍従頭からは『オーフェ』と呼んでくる。ヴィーヌルはヴィーヌルで、名前を名乗ったら「じゃあ『オーフェ』だな」なんて言ってすぐに呼び方を変えて来たけれど。しかし、ヴィーヌルが始めはオーフェクトと呼んでいて、それが急にオーフェと呼ぶことになったら、違和感を感じないだろうか。
そんな事を思いながら王子のやり取りに耳を貸す。
「昔はあんなに懐いていたのに、今では友人の様に会話をする。確かに妹の方が魔法の才能があるのは認める。認めるが、僕の方が年上なのだし、今までの上下関係は変えられない。そうだろう?」
と同意を求めて来る。少しやり辛さを感じながらも、ボクは王子に応対した。
「私は従者ですので、上下関係……特に、下とのやり取りは分かりかねますが……」と、そこまで言ってから、ふと一つの答えに辿り着く。そして、チラッと王子を見ると、少し焦っている様子が見て取れた。
王子と王女に、厳密な上下関係はない。少なくとも大陸のルールでは、カースト制度による制定のみ。同カースト内でのせめぎ合い、それに第1カースト。
カースト内でのせめぎ合いならば、命令も出来ないという事だろう。近しい仲のふとした、細かな、そんな細かなやり取り。それに違和感を感じた王子。
急に話しかけて来る王族、王女の生誕祭、王子と王女の仲の変化。
些細な出来事。
そして、しばしの沈黙の後にボクは辿り着いた答えを告げた。
「──私の、負けという事ですか。」
そういうと、王子はニヤリと笑った。
4
勝てるわけがない勝負の敗北を認めたボク。
「気付いたのか?」
「はい。王子は、王女に嫌われてもいないし、敬称も変えられていないのですね」
グラヴァさんと、王子、そして王女3人の意地悪。
最近イジメて来る王女が中心となった茶番。
ボクが『王女へのプレゼント』を否定せずに、王子の呼びかけに応対したからこその、『敗北』である。
目的は気晴らし、暇つぶし、カースト虐め。
ここまで性悪な事は、されたことがなかったが。
「いつから気付いた?」
「王子が、私の名前を呼んだからです」
「ほう、始めからか」
「はい。王族が従者の名前を呼ぶのは、チーム長や侍従頭を除いて、あり得ません」と、ボクは続ける。そして、極力感情を殺して種明かしをした。
「会場には王女がおり、プレゼントを待っている。『賭け』でもされているのではありませんか。私が、どう応対するのか」
「あぁ。そうだ」
「そして、私はその『賭け』に負けたのですね」
と、たんたんと推察の結果のみを紡ぐ。
始めから勝てる勝負ではなかったのだ。
それでもそんなやり方。
これは、理不尽と言っても良いのではないだろうか。
「バレてしまっては仕方がないな」と得意顔な王子を見ながら、悔しい思いをする。
「しかし、気付いたのは予想外だった。貴殿は面白い、また話そうじゃあないか」
そういって王子は、短く整えられた銀髪の髪と、王族が着用するマントを揺らし、ボクの目の前から去って行った。
*
カーストがあるとはいえ、上位が下位に直接的な理不尽を感じさせてくることはまずない。
大陸のカーストのルールはそう言ったものではないからだ。各々が壁を越えない様、特に感情的にならないに、『役目』のみを規定している。
つまり、自身が自身の『カースト』を理解し、ルールに従っていれば『理不尽』とは思わない。
上下関係というものは意識で変わる。下が上に反抗すると、上は下を潰しにかかるだろう。それはなぜか、感情が昂るからである。チャンピオンは、2位になることを許さない。チャンピオンが1位だからだし、今まで下位だった2位以下が、自らの上に行くことを許せないからだ。
しかし、一度敗北を認めてしまえば、感情が動かされることはなくなる。
だから大陸のルールの『役目』を意識していれば、感情的にならない。貴族は平民に怒る事もなければ、平民は貴族に意見を求められたときを除いて、領域を犯すことにはならない。
それでも、ここまで盤上から、理不尽を突きつけて来るなんて、今までなかった。
──世の中は、社会は、『魔王』が討伐された時から少しずつ変化している。
*
若干の悔しい気持ちを持ちながら、ボクは生誕祭の会場に足を運ぶ。
この悔しさは、感じる必要のないもの。王子も王女も、敢えて見せなくともよい『身分の差』をボクに見せつけて来た。
王子のためになりたいという気持ちを蹂躙され、カーストを少し飛び越えても良いという温情に緩む、知らず知らずのうちに試されていた優しさをもてあそばれても、憤る必要など、全くない。
始めから、底辺ではないか。
歩きながら深呼吸をして息を整える。
やがて、会場の扉が見えて来る。
扉を開くとドレス姿に包まれた王女に、グラヴァさんがいた。
グラヴァさんを見ると、顎をくいッとして、促してくる。
笑顔の王女がいた。
ボクは片膝をついて、王女にプレゼントを渡す。
王女はそれを当たり前のように受け取ると、グラヴァさんの方に向き直り、「ありがとう」と言った。
ボクはそれを見送った後に、深くお辞儀をし、王子の部屋に戻った。
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王女からは逃げられない 名もなきそよ風 @hyu-hyu
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