第3話
1
王女に戦々恐々としながら、エスコートして自室に帰した後、二度寝するという彼女と別れると、従者達が起きる時間帯が訪れる。
コートを失くしたボクは、シャツに冬の風を感じ、汗ばんだ全身が冷えて素肌にポツポツと鳥肌が見える中、一言も愚痴を言う事なく職務を全うした。
寒すぎて凍ってしまいそうだが、考えなければどうという事もない。
部屋に帰ると同居人が起きており、ボクが使用したものとは別の桶とタオルを使って髪と顔を整える存在がいた。
「なんだよ、やっぱり起きていたのか。」と声をかけてくるヴィーヌルに返事をしながら、ボクも彼と同じように時間に余裕を持って身支度を整えていく。
──侍従頭は時間にうるさいお人。時間きっかりに集合していないと叱責が飛んでくる。ボクは遅れた事はないが、王宮で行われたパーティが深夜までかかった時、たまたま寝過ごした別のチームの同僚が詰められている所を見た。朝礼中に同僚が広間におずおずと入ってきて、許してやれば良いのに皆の目の前で叱責。公開処刑というものだ。
別に遅れたくて遅れた訳ではないので、そこまで怒る必要はないだろうに……。
そうは思いつつも、怒られている同僚を擁護する従者がいないことを見るに、誰も侍従頭に口答えるすることは出来ないのだろうと結論付ける。
侍従頭に就任したのは王族の血が混ざった、白銀の髪を携え、整った容姿を持つ『グラヴァさん』その人なのだから。
2
仕事に触れる際、必ず出てくるのが『グラヴァさん』だろう。『グラヴァさん』は侍従頭で、唯一の王妃様直属の従者。
そして、彼女に触れる前に、説明しなければならないのは、『グラヴァさん』が王宮で働いている背景。
「朝礼を始めるッ!!」
そう意気込む彼女を見ながら思いに至る。
地下迷宮がある西の王国で、数年に1度膿のように這い出る500年分の『魔王』。オドを大量に秘めた彼が『名を知らぬ者』に倒されてからというもの、『魔王』討伐を掲げていた『グラヴァさん』は、次の転職先を王宮の侍従頭に立候補したのだ。
『元・勇者』である彼女は、王族であるにも関わらず20歳という婚期を逃した結果、働く事を選ぶ。「これも時代かねぇ」と口々に言うのは先輩侍従達。地下迷宮は踏破されていないため、迷宮探索である冒険者にでも転職すれば良いのに関わらず、彼女はこの役職を選んだ。
澄んだ空気の中、静かな熱気の立ち込める、侍従達の住む寮の広間。グラヴァさんの本日のスケジュールが発表され、ボク達のチームはいつも通り、王子様のお世話をするように告げられる中、彼女の視線がボクを捉える。
途端にシンと静かになる従者達。カツカツとこちらの方に歩いて来る『グラヴァさん』に対し、ボクは直立して迎え撃つ。
「……?」
「……!」
じろじろと全身を舐めまわす様に見て来るグラヴァさんに、ボクは確信を持って見られる。鏡、時計、剃刀、ペン、紙、ハサミ。従者が携帯すべき腰巻に至るまで、持ち物チェックをされる。
ボクが黙ってそれを受け入れていると、「……ふんッ」という声が聞こえて来て、グラヴァさんが離れて行く。
「よし!朝礼は終わりだ!皆、仕事に付け!」と、侍従頭が言うと、老若男女、同じ白のワイシャツに黒のパンツ姿に身を包んだ侍従達が返事をした。
3
朝の配膳や清掃が終わり一息ついた頃。
「おい!朝礼でのオーフェはすごかったな!あんな視線、怖くて俺は受け止められねぇ」
「いやぁ、別に取って食われるもんでもないし……」
「いやいやいや、あのお方は『元・勇者のグラヴァ様』だぞ!」
ひそひそと話してくるのは同居人で同じチームのヴィーヌル。彼はボクより縦も横も大きく、勿論口も大きい。その大きな口で、皿にあった目玉焼きをほおばった。
「見たか?侍従頭のオド。とてつもない魔力を内包している……王家最強の守護者の名前は噓じゃないな。それにあの見た目だぜ?俺、実は同じ職場で働けるなんて思っていなかったんだ。ずっと前から憧れていたからな」
まぁもうそんな時代じゃないのは分かっているんだけど……。と結び、次から次に食べ物を口に運んでゆく。
朝食は王族の残り物を食べる。従者は全部で48名が在籍しており、国王、王妃、王子、王女の4人に専属の従者が2人ずつ、それ以外は10人1チームで4チームに分かれている。『本日』割り振られる仕事が王子の周辺の掃除や洗濯の下っ端のボクとヴィーヌルはチーム長の許可を取っての朝食だ。
『残り物』といっても、王族が口をつけたものではない。事前に彼らのお腹の空き具合を予想した料理人が皿に盛り付け、おかわりが出なかった分が従者のおかずになる。スープは余分にはないが、パンは従者分作っているため、おかずが残らずとも朝食はある。そのため朝食にありつけないと心配することもない。
『噂話』が楽しみの一つである従者達とコソコソと歓談を楽しむ同じチームメンバー。ボクのお供はもっぱら最年少従者のヴィーヌルである。
『噂話』は聞かれてもいけないし、気付かれてもいけないため、必然的に静かな朝食会場になるが、皆、静かな熱気に包まれ、時には女の驚くような声音や、男の興奮した口調が鼓膜を震わせる。
そんな時、パタパタパタと、王宮の食堂にやってくるとある足音耳にする。
やめてくれ。休んでいる最中なんだ……。と思っているのもつかの間、『バン!』と音が鳴り、大きな木の扉が開かれる。
「オーフェクトはいるか!」
ドーン!と現れたのは王女と、グラヴァであった。
ボクは条件反射的に立ち上がり、「は、はいィ!!」と声を上げる。
途端に距離を置き、皿に残った食べ物を慌てて口に含み退散する同居人。同じようにそそくさと退散する同僚達。
食べるのが早い者は仕事に戻るタイミングを見計らって、カツカツとこちらまで歩いてくる二人の女性。
「王女!オーフェクトの皿に、パンが残っておりますが!」
「そうね!昨日も一昨日も何も残っていなかったの!グラヴァと一緒に来て良かった!」
と、今日の王女周り当番のグラヴァと、その当人である王女が話す。
ボクはそんな二人の蚊帳の外で立ち尽くし、そんなボクをよそに二人は両脇から皿に顔を近づけた。
やがて『あ』と驚く暇もなく、王女は皿の上のパンに手を伸ばしたかと思うと、おもむろに自身の口に放り投げた。
「最高♪従者の食べようとしていたパン……何よりも美味しいわ」
「良かったなオーフェクト!王女に食べてもらえて!これ以上の幸せはないよな?な?な!」
ボクは条件反射的に「はッ!」と答えるしかなかった。
そしてヴィーヌルがいなくなった席にグラヴァが座り、反対側に王女が座ったかと思うと、彼女たちはおもむろに会話をし始めたのだった。
4
その日の夜。
「いや待て。誰も何も言わないが、おかしくねぇ?」
同居人と寝る前の、次の日の準備をしていると、彼が唐突に口を開いた。
「……え?何が?」
そう聞くと、ヴィーヌルは一度乾いたが、夜露にさらされて多少湿ったシーツを畳む手を止めて、意を決していった。
「王女と……侍従頭も、それに、お前も?」と、言ったかと思うと、考え込む。ボクは明日以降に着る制服の皺をアイロンで伸ばしながら聞く。
「いや、おかしくないのか?いや、絶対おかしいはず……なぜ疑問に思わなかったのだろう。王族のやる事なす事、従者達は考えてはならないし、気にしてもならないのは分かる。やはり気にしたら負けなのか……?」
「まぁ、奴隷制度が撤廃されてからは、考える事が罪に問われなくなったから、別に考えること自体は問題にならないんじゃない?」
「だよな!な!良いんだよな?考えても」
少し興奮気味のヴィーヌルが、止めていた手を動かし、シーツを畳み始める。
そして、シーツの層に手をかざし、オドを使用して器用に水分を蒸発させてゆく。
「侍従頭がオーフェに難癖を良く付けて来ることは気付いていたんだけど……というか、今やっと気づいたんだけど。」
「え、そうなのかな。」
「おう、今の今まで思い至らなかった。オーフェ、お前きっと、グラヴァさんの何かに気を触れてるんじゃないか?何か思い当たることはない?『噂』の事とかさ」
グラヴァさんは、爵位を降りて『貴族』でもないため、『噂』をしてもカースト制度のルールに抵触しない。
彼女は従者達に「婚期遅れ」として『噂』の的になっていた。第2カースト──貴族である爵位──を降りた変人だとも。王族からなる第1カースト、そして貴族の第2カースト、そしてそれ以外の第3、第4。ボク達従者は第3カーストに区分され、カースト上位の行動や規範への反発はルール違反とされている。更に、カースト別で詳細のルールも設けられているのだ。ヴィーヌルにはああは言ったが、厳密に言えば、グラヴァさんは同じカーストに分類される筈。そのため『噂』をしたとしても罪には問われない。
「ん~~~?いや、何も思いつかないな。ヴィーヌルの考え過ぎじゃないの?」
「そうかなぁ。まぁオーフェがそういうんなら良いんだけど……」
ぶつぶつと呟くヴィーヌルを見ながら、『渇きの魔法』の緻密さに目を見張る。
『渇きの魔法』は『生活魔法』に分類され、特別な魔法ではない。しかし、彼のシーツを痛ませない丁寧な乾かし方、ゆっくりと畳まれたシーツの層の、左上から水分だけを蒸発させてゆく能力は、従者の中でも随一だろうと思わされた。
そして、ボクは彼に関心させられながらも、彼が『危ない』思考に至っている気がしてため息を吐く。
「……ヴィーヌル、言わなくても分かると思うけど」
「分かっているよ。考え過ぎないようにするさ。」と、返事し、「特に、最上位カーストの方々の事はさ!」と続ける。
「それなら良いんだけど」とボクは言いながら、手を彼の方へ差し出し、彼の足元にあったワイシャツを受け取ると、アイロンをかけ始める。
2人で黙々と丁寧に衣類を綺麗にしていると、時間を空けてからポツリとヴィーヌルが言った。
「でも、オーフェがもしそんな壁を飛び越えて、王女様やグラヴァさんと結婚するなんて事にもなったら、俺は嬉しいからな!」
「……そんな事あるはずないし、考えもしていないけど」
「そうか!」
ニコと笑顔を向けて来るヴィーヌルを一瞥し、今度は黒のパンツにアイロンかけをする。彼は気にする素振りをなく、シーツを完全に乾燥させると、収納棚に持っていき、自分のベッドを整えていった。
──そんな壁、越えられる訳ない。
『魔王』が『名を知らぬ者』に倒され、社会は大きく変化した。
大陸で厳格に管理されていたカースト制度が、緩和したのだ。
技術や芸術に優れた魔力を扱う『北の国』
城の地下に迷宮を携え、城の頂上には魔王一族が鎮座する『西の国』
剣技に優れ、付与魔法の発達した褐色肌の『南の国』
遠隔魔術を得意とし、奇妙な術を使う『東の国』
そして、唯一神『クルーフ』の総本山、中心に小さな領土を持つ『聖王国』
『名を知らぬ者』は、どこかの国の、誰かを示す概念である。
示すものは『魔王を倒した』。という結果のみ。
4カ国の和平条約は存在するのだが、唯一特例として記載のある、『『西の国』で魔王が誕生した際は、『西の国』は一方的に条約を破棄する』が発動。
『西の国』所有の地下迷宮は、各国に繁栄をもたらしたが、地下迷宮から湧き出るモンスターのオドを起点に膿である魔王の排出を防げるはずもなく、排出されてしまった魔王は『西の国』自体では対処が出来ない。千年以上、そういう理由で貿易面では優遇され、他国も他国で準備をする。という事で作られた『茶番』のはずだった。
魔王が排出され、おとぎ話の内容そのままに魔王が取りついた『西の国』の国王は申し訳なさそうな表情を残しながら、各国を蹂躙し始め、結果的に『名を知らぬ者』に討伐された。
『西の国』は現在、国王の一人娘である王女が、治めている。彼女の発案で、千年間変化のなかったカースト制度が緩みつつある。
『名を知らぬ者』は、名前は知らなくとも、存在は全人類が理解しているという事を意味する。
『名を知らぬ者』の正体は、本人以外、誰も知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます