第2話
14歳の冬。
ボクはここ、北の国で侍従として雇われ1年が経った。
仕事にも慣れて同僚とも特に問題なく過ごしている。
先日、1年間給金を貯めていたからか、まとまったお金でヴィオラという弓で弾く楽器を買った。休日に街を散歩している時にふと見つけた楽器。
それに、仕事に慣れてから手持無沙汰の時間が出来てからというもの。自分自身、何かに没頭出来るものを探していた。
更に言うと、音のあまり出ないものが良い。
王宮の侍従専用の寮で暮らしている身として、同室のヴィーヌルに迷惑をかけたくなかった。
先輩の侍従と、侍従同士の道楽に明け暮れる同期である男子。トランプゲームにハマる彼を見ては、賭け事など二度とするものかと思っていたものの、結局有り金をほとんどはたいてヴィオラを買ってしまうのだから、ボクもヴィーヌルも金銭感覚は違わないのかもしれない。
魔法使いが開いている小さなお店で、杖やローブが狭いスペースで粗雑に積まれる中、高級な杖であればカバーがあり、ローブならばハンガーがついているはずが、同じくらいの金額のヴィオラは裸で置いてあった。
どこの誰が作ったものなのか分からぬ。それに、製作者ではないボクが言うのは申し訳ないのだが、楽器を見るに、お世辞にも杖やローブ程技術が蓄積されているモノではないのだろう。初心者がとにかく、ハープの要領で、音の出るようにと作られた、少なくとも中級以上の木を使用して作られたオーダーメイドの様なそれを一目見てボクは食いついた。
なぜ、『ヴィオラ』という楽器なのか知っているかと言えば、値札に書いてあったからに他ならない。
本は好きではないし、賭け事はごめんだ。服も好きではないし、魔法はやりたくない。
普通の子供。そう、普通の子供であり、王族の侍従なのだ。
世界が平和になってから、ポツポツ出て来た嗜好品の一つ。その中で比較的音の小さい楽器を買ったつもり。しかも、マナも喜んでいると来ては買う以外の選択肢はないだろう。
よし!
と、呟き、太陽が起き始める少し前に、ボクはベッドから抜け出すと、ベッド脇の小机に乗せている携帯式の鏡で顔と髪、歯を整える。
その後、テーブルに乗せてある──洗面器と、タオル。洗面器を水で満たし、タオルを浸して顔を洗ってゆく。
準備が出来たらスペースの都合上、従者が使う、お下がりの食器類が入った大きな戸棚からヴィオラを取り出すと、気持ちよさそうに布団に包まるヴィーヌルを一瞥し、入口に掛けてあるコートを手に取って部屋の外に出た。
数日前に雪が降ったため、夏や秋、春に比べて音のしない道を歩き、除雪された煉瓦作りの道を歩く事数分。
広大な王宮の敷地内にある森の中を進む。
ザッザッザッ
と、雪を踏む音の中、寒さを感じるもののワクワクの方が勝つ。
王族が起き始める時間はまだまだ先だ。
そのもっと前に起きる従者達の起きる、もっと前の時間。
昨日とは違う、森に近い場所で鳥たちが音を出し始めるタイミングに合わせて、ヴィオラを首元に持っていき、弓を走らせる。
小さな色とりどりの光が、自然から溶け出して、初めて見る餌に近寄る猫のように、警戒しながら集まってくる。
大丈夫だよ。
さぁ、おいで。
彼なのか彼女なのかの判断はつかないが、犬や猫に呼びかけるように両手を広げる感覚を持つと、少し跳ねてはそろそろと近づいて来た。
小気味よいリズムで弓を走らせていると、自然と口元が緩んでいる。
どこの弦に、どの角度で弓を当てると良い音が出るのか。
実は分かるまでそんなに時間はかからなかった。
マナとボクと自然、鳥だけの世界。
頭を左右に揺らし、職場にバレない自分だけの趣味に没頭している時。
「……素敵な音色……」
誰かの声が聞こえ、現実に戻される。
良く晴れた森の中を、スキップして走る僕。
周囲には犬や猫、猪や鹿、熊。虎。さらには雲や太陽も笑顔で集まってきていた。
──が。
途端に崩れ落ちる足場。
演奏を辞めて、声のする方を見る。
実は、見なくとも誰のものなのかは分かっていた。
呆れた顔を見せない様に、必死で取り繕い、すぐに片足を曲げて拝礼の恰好をする。
チュンチュンと、鳥の声が聞こえていた。
絹の高級なワンピースに身を包んだ少女。
北の国の王族を象徴する白銀の髪の毛が、朝日に照らされてキラキラと輝く。
目元は大きく、まつ毛は長い。手元には……南の国で見かけたという……サメのぬいぐるみ『サメちゃん』を持ち、しゃがんでいた。
「……お嬢様……」
「……気にしなくて良いわよ?続けて……?」
流石に海の生物と一緒にスキップはしていなかった。
すまない、『サメちゃん』と思いながらも、ボクはいえ……と、言い、お嬢様に近づく。
心の中で苦虫を嚙み潰しながら、高級なワンピースの上に、何も羽織っていない少女にコートを被せた。
少しも不思議そうな顔をしない少女。
ボクは歯を噛みしめながら、お嬢様を見ると、さも当然のようにコートに腕を通してゆく。
ため息をつきたい気持ちを我慢しながら、目を合わせると、彼女はハテナマークを頭に浮かべ、笑みを浮かべる。
ぐううううう……。
なんだこいつは……。
少し身長の低い少女に上目遣いで見られつつも、彼女の視線がボクの手元へ移って行く。
見ておられるのはヴィオラであった。
仕える者へ反抗は出来ぬ。
ひッ。
ボクは鼻から息を吸おうとして、少し変な音が出てしまわないか慎重になりながら、それでも動悸を抑えながら元居た場所──少し開けた中心──に戻る。
そして、ヴィオラに弓を走らせた。
目の端に少女がチラつくのを気にしない様にはするが、今まで通りという訳にはいかない。それでも、今まで通り、彼女の『……素敵……』という言葉に見合う働きが出来るように、弓を持つ腕を前後に燻らせた。
やがて、彼女がポツリと漏らした。
「……あれ?さっきより素敵じゃなくない?……」
そんな声が──彼女も聞かせるつもりで
ボクは額に汗を浮かべながら、必死でスキップする。
しかし、脳内に浮かんでくるのは、サメちゃんに追い立てられる、小さな男であった。
やがて小さな男は崖に追い込まれ、サメちゃんの大きな口から見える歯で引きつぶされるとき、崖から落ちた。
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