ガチャから始まる恋もある(リメイク)
へのぽん
ガチャから始まる恋もある
【1】
去年、僕は受験に失敗した。
予備校から帰る途中、僕は重苦しい気持ちのまま、薄暗い路地を歩いていた。模試の結果は散々で、クリスマスイブの華やかな夜のせいもあり、余計に憂鬱な気持ちに拍車がかかる。
二度目の冬だ。
夜空を見上げると、綿のような雪が額に落ちてきた。しばらく頭痛がしたのは、この雪を降らせる低気圧のせいで、特にホワイトクリスマスを予備校で迎えた今年はひどい。
夏期講習の前、血液検査と胃カメラ等検査で、何ら異常なく、ストレス性だと言われた。もともと気圧の変化で起きやすいところ、受験のストレスが影響しているのだそうだ。
「何でもストレス……」
僕はくたびれたデニムのポケットから小銭を取り出すと、路上にある風雨で劣化したガチャポンに入れて回した。魔が差した。別に何かが欲しくて回したわけではない。
「………えぇ……それにしてもこれは……ないやろう……」
出てきたカプセルは空っぽだった。連絡するところもないし、ただポツンとビルの壁沿いに置いてあるので、溜息と苦笑でごまかした。
文句を言うところもなく、帰ることにした。予備校の自習室にいると気が詰まるが、家に閉じこもると心が詰まる。気休めのつもりでひどい目に遭った。
駅前まで歩いていると、すさんだ気持ちが、もう一度やれと言った気がして、来た道を早足で戻った。
苛立ちと頭痛を抱えて。
するとコートの裾を尻に巻いて、マフラーで顎まで隠した女の子がいた。何気ないフリで通り過ぎようとしたとき、小さながま口を胸に添えているのが見えた。いつもなら教えてやらずに離れるところだが、なぜかこの日は声をかけていた。
「空っぽですよ」
僕の言葉に彼女は驚いた。
「え?あ……あの……そうですか」
同じ予備校で何度か見た気がする子だ。明るいブラウンのPコートに粗い目のマフラーの下をめくるようにして照れ笑いを浮かべた。
「ごめんなさい」
「こちらこそ」
気まずくて背を向けた。彼女も帰る方が同じで、並んで歩いた。不思議と頭痛はひどくなっていた。ストレスと診断した医者は正解だ。
「何でハズレだとわかるんですか?」
「え?あ、ああ……」
僕はダッフルコートのポケットから中身のないカプセルを出して、彼女の前にかざした。
「まあ……何となく……」
彼女は苦笑していた。
「運試しに回したんです」
「わたしも声かけてくれなきゃ回してたかも。どうかしてるのかな」
「僕、どうかしてるんですね」
「マジでしんどいですよね」
「マジで。模試悪くて腹いせに回したら空っぽのが出てきて、何でやねんて。駅に着くまでに腹が立ってきて、もう一回回してやるろうかと戻って来たら……あの……」
「アホなわたしがいた」
「ひょっとしたら当たってたのかもなあ。止めなきゃよかったかな」
「お住まいはどこですか?」
「京阪の西三荘です」
「あ、わたしは千林なんです」
僕たちは淀屋橋の駅の改札で話した。各駅停車しか停まらない駅で、いつもは京橋まで急行で行き、各駅に乗り換える。今日は二人ともどちらともなく、初めから各駅停車を待った。
「クリスマスの気配、地味に効くよなあ。独り言増えた」
「わたしも増えましたよ。AIに話しかけて遊んでます」
「AI……」
道瀬が荷物を膝に載せた。使い古されたリュックタイプの鞄だ。また使い古された単語帳は手にして開いていない。僕がいるからだ。
「変ですかね、AI……」
「いや……どうなんやろ。僕もたまにします。天気とか聞きます」
「たまじゃないんですよね。ほぼ寝る前に毎日は変ですね」
間が空いた。
僕は少し勇気を出した。
「ライン交換しませんか」
「わたしそんなにラインしないんですけど」
「受験生だし……ね」
僕が苦笑いでごまかすと、彼女は参考書満載の鞄から手帳型のケースに収められたスマホを取り出した。
「わたしは道瀬です。普通の道に高瀬舟の瀬です」
『道瀬様、はじめまして。高浜です』
『こちらこそ。ありがとう。お互いにあと少しがんばりましょうね』
『メリクリ』と僕。
『メリクリ』
彼女は微笑みながら画面を見ていた。
「誰かと話したの久しぶりです」
各駅停車香里園行が入ってくるとアナウンスが響いた。二人は並んで座ると、今日も早く帰ろうとしている人々の群れを見つめた。やがて出発した列車がいくつか駅を越えて地上に出た。窓に京橋の雪の夜景が映ったとき、道瀬が笑った。
「メリクリは明日ですね」
【2】
寒い朝、急いで電車に乗ったが、京橋駅の前で遅延で各駅停車は待たされた。家のAIによれば、雪のせいもあるらしい。しかし都会を走る京阪電車ではいつものことで、僕は模試の返却後、何周目かの単語帳を繰りながら待った。コートのポケットでスマホが震えた。
『今日こそメリクリ』
『メリクリ』
『がんばろう』
返信すると、何だか今日は一日がんばれるような気がした。しかし目標の点数に達していない。理由と解決法があるはずなのに。
一人でやろうとしてるから詰まるんだと言われたことがある。これまで勉強など、他人に頼るのは恥ずかしいことだと考えてきた。
今さら変われるのかな。
午前の冬期講習後、自習室に入ると、すでにたくさんの人がいて座るところもなかった。こんなことでも受験の本番の緊張を思い出して不安になる。また頭痛がしてきた。
スマホの画面が光ると、こっち空いてるよと出た。僕がキョロキョロすると左奥、道瀬が壁際でサイレントで手を振っていた。
「友だちいたけど帰ってん。彼氏と一緒にやるんやて。迷惑でなければどうぞ」
僕は椅子に腰を掛けた。
薬を飲んだ。
「大丈夫?」
「低気圧と人いきれのせい。薬飲めば治るから大丈夫や」
僕たちはそれぞれに勉強した。日本史、古文、英文、理科基礎、倫政で使い尽くした。解いて覚えるの繰り返しだが、もはやこれは修行。
八時まで自習した後、僕は荷物をまとめて廊下に出た。道瀬さんに挨拶をすると、シャーペンを持った手を小さく振ってくれた。
「さっき誘ったとき、ゆっくり来るから席、他の人に取られんか思ってドキドキしたわ」
道瀬が囁いた。
「慌てたら迷惑なるやん」
帰る際、僕は廊下の自販機でカップのココアを飲むことを習慣にしている。ココアどこだ?というネーミングに惹かれたのだ。春、僕はどこにいるのだ?と尋ねた。自販機に。
「それ以来の仲やな。毎日飲んでやったんやで。来年は来んからな」
今日、僕は再びガチャポンに挑戦する気でいた。玄関フロアに降りると、道瀬に声をかけられた。
「まだいたんや」
「八時までやってココア飲んで下へ降りる。ルーティンやねん」
「わたし九時まで。でも今日は帰るねん。昨日、模試の結果でへこんでて、八時半で帰ったら家でも勉強できたんよ。だからしばらくずらしてみようかなと。一時間は怖いから三十分。一緒に帰ろう?」
途中で錆びたガチャポンが待ち構えていた。二人とも、こんな錆びてていて日に焼けていたのかと顔を合わせた。道瀬は「わたしもやってみようかな」コートを巻くように腰を降ろして覗き込んだ。
「高浜くん、止めんといて。やってみようと思っててん」
カプセルの中身はなかった。
僕たちは苦笑した。
「道瀬さん、ひょっとして何か出ると思ったんやない?」
「わたしだけはって思った。高浜くんも全部開けたわけやないしって」
道瀬は小さく舌を出した。
【3】
今日も各駅停車で帰宅した。二人とも急ぐことはない。道瀬は私立の高校に通っていたが、どこか通るだろうと思っていたら落ちたという。
「丁度、体調崩してん。言い訳になるから言わんけど。生理来てんよ」
「あぁ」
「だから今年はピル飲んでる」
「飲んだら?」
「来なくなるんよ。来てもまだマシになる。あ、こんなこと……」
「妹もキツイらしいから」
道瀬は千林で降りてから手を振ってくれた。僕も小さく振り返したが、列車に残されて身動きがとれなく、他人の視線が少し照れくさい。
僕は乗客の視線から逃れるように、タブレットで理科基礎をおさらいした。共通テスト対策をしなければならないと言われていたが、二次対策をし続けた。難しい問題を解いていれば、共通テストも何とかなると信じていた。難しい問題していて玉砕した。二年かけて専門家が作成してくるテストだ。結局、可もなく不可もなくの点数しかなかった。
(道瀬もライバルになるのか。一緒に合格できたらいいな)
ついこれまでの自分からは出ない言葉に驚いた。道瀬がライバルだと思えない。受験の森に迷い込んだ僕は、不意にすべきことが理解できた気がする。僕は道瀬にラインした。
『これから毎日共テ対策するわ。過去問解きまくる。スランプ解消』
『どうすべきか迷ってるねん。伸び悩み感ハンパない。ちなみに国語どうしてる?わたし、差が激しい』
『何もしてない。作者、何を言いたいんやろうと思いなが……』
道瀬からラインが来た。
これからしばらく共通テストの過去問解いて弱点潰そうと考えた。
『わたしも高浜くんのマネしてええかなあ』連続で『答え探してないんや?やってみる』
『お互い合格したいな』
『うん。しような』
【4】
道瀬と話すようになると、僕は以前の自分が殻に閉じ籠もっていたような気がした。苦しい気持ちを共有することは、甘えていると考えていたが、他人の意見に任せることも必要なことだ。重要なことだ。ここまで僕は僕一人、救いのある世界を無視して戦おうとしてきた。
「おはよう」
僕たちは駅から歩いた。昨夜は現文と古文を解いたという話をした。数学も少しした。道瀬は英語の共テを通しでしてみたと。通勤の大人たちの靴音の地下道を抜け、僕は橋の途中の欄干の袂に雪を見つけた。
「源氏物語で誰が好き?」
「ん?僕?どうやろ。
「花散里人気あるわ。年上好き?」
「歳下ではないかも。妹のせいかもしれん。やかましいねん」
「花散里かあ」
「でも何で急に?」
「雪、見てふと。昨夜、私学の過去問に源氏物語出たのもあるけど。わたしは夕顔が好き。そやけど実際は六条の
「こわっ」
「男の人、そう思うやんね」
道瀬の頬にエクボが見えた。
「でも思うねん。夕顔も御息所も根は同じやないかな。二人とも源氏がおらんと生きていかれんだ」
「あ、かもしれん。二人真逆に考えてた。でも源氏物語のこと聞いてスラスラ答えられて驚いた」
「実のところ古文やなくて田辺聖子の本で読んだんやけどね」
「わたしは瀬戸内寂聴かな。マンガでも読んだ。大和和紀。高校時代」
「僕は浪人決まったときの春や」
そんな場合ではないけど、現実から逃げたかったと話した。誰かに頼ることは弱くなるのではと一人思い込んでいた。だから本へ逃げた。
「わかるわあ。この期に及んで今もそうやもん。だからお互いにガチャポンしたんやない?人に頼らんと」
「でもほんまに全部なんかな?」
「あ、やめとかんと」
僕たちは笑いながら予備校の校舎に入ると、互いに違う講義を受けるために別れた。夕顔は源氏と出会った後、死ぬ。道瀬が夕顔……誰かいなければ生きていられない人だと言いたいのかもしれない。
帰るとき、そわそわ期待していた道瀬には会えなかった。ラインを送ろうとし、やめた。浮かれているようで、自己嫌悪と不安が入り混じる中、地下の人混みを歩いた。
駅で待つ間、AIを試した。
小さくスマホに聞いた。
『源氏物語の誰が好きですか』
『朧月夜です』
「早っ。どうしてですか」
『スリルです』
「……」
このAIは癖が強すぎないかと思いながら、道瀬に連絡したくなった。
『お疲れ様です』
既読にならなかった。
【5】
翌日、講義室から出ると、廊下は浪人と現役生でごった返していた。自習室は比較的空いていたので、壁際に腰を掛けた。ガラス窓の向こうはビルの壁で、いくら覗いても開いても苔の生えた壁なのだ。
七月までに成績が上がらない浪人生は現状維持か成績を落とすと言われたことを思い出した。一人で闘うというのは、堪えられなければならないとき堪えられなくなると。
英単語、文法、長文、漢文、古文、数学とこなした。すべて共通テストの過去問だ。今日、しなければならないものを考え、昨夜、寝る前にせっせとページごと破って持ってきた。あの分厚い過去問が薄くなるのを楽しもうと思った。
三日、同じことを繰り返した。これを一サイクルにした。道瀬の既読はついたが返信はなく、偶然に会うこともなくなった。僕は閃きを信じて三日一サイクルの方法を試した。
「集中力ないときの勉強方法は?」
『集中していなくても、掃除をすればそこそこキレイになります』
「……どういうこと?」
『宇宙へ行くわけでもないのに、そんなに神経は必要ありません』
集中できないときこそ問題を解くことにした。問題を解いても集中できないなら、そもそも解くまでの実力がないと決めて基礎に戻った。
八時になろうとしている。
ふとガラス窓を見ると、蛍光灯の下に映る道瀬の姿が見えた。彼女は斜め前にいて、僕のことなど知らない風に背を向けていた。机に広げた参考書を片付けていた。不意に彼女は肩越しに僕を見た。僕は彼女のえくぼに安心した。
僕たちは廊下に出た。僕はいつものようにココアを、道瀬はミルクティを買い、二人、生徒が帰る廊下のベンチに並んで飲んだ。
「返信しなくてごめんなさい」
「え、いや……」
僕はうそぶいた。
「お互いいろいろあるし気にしてへんで」
「スマホ断ちしてたんよ」
「嫌なことでも?」
「たまにそうせんとサボるねん」
道瀬は紙コップを丁寧にゴミ箱に捨てた。
「もう帰る?いつもの電車」
「トイレ行くから見ててくれへん?時間はあるかな」
「余裕ある」
帆布地のトートバッグを指差した。僕が頷くと、彼女は角のトイレに消えた。甘い匂いがして、丈の短いフレアの裾が揺れていた。ココアのカップを捨てようとしたときトートバッグのスマホの画面が何度も点滅した。さすがに見るのはマズイと思いつつ、手帳型のスマホケースが問題集の谷間で開いていて、画面に「たかし」と見えた。結構長く呼び出していた。道瀬が戻ると、スマホを見て画面をスワイプした。
「電話?」
「うん」
「大丈夫なん?」
「え?」
「かけなおすんなら離れるけど」
「ええねん。帰ろ?」
【6】
予備校の玄関を出ると、冬の風が路地を吹き抜けて、思わず道瀬は僕の方へ体を向けて背で風を受け止めた。寒さでつむった目に涙がにじんでいた。
「メッチャ寒いね」と道瀬。
「もう大みそかやしね」
「クリスマスから三日も過ぎてしもうた。来年までないねんな」
「ないと思う」
道瀬は肩をすぼめて歩いた。さすがに予備校もそれぞれのペースになってきて、同じように行動することも少なく、路地が受験生で埋め尽くされることはなくない。駅前まで似たような若者がまばらに背を丸めて歩いていた。
「クリスマスの予定は?」
「え?」
道瀬はキョトンとした。
「今年?来年の予約かと思った」
「ホワイトクリスマス予備校や。頭痛とガチャと一緒に。来年の予約しとこうかな」
「私をキープしようみたいな。他の人と行きたくなるかも」
「仮予約とか」
「ひどっ」
道瀬は笑った。実際、僕の喉は緊張でカラカラだった。酷い話だと嫌われるか、スルーされるか。
「今年のクリスマスは、そうやね、高浜くんと出会えたみたいな」
「安っぽいな。僕はクリスマスは中身のないカプセルかな。家族の食べかけのケーキと冷めたフライドチキン食べた。他は道瀬さんの百円を救ったことかな」
「救えてないかもしれんなあ。わたしは未練がましいんかな。結局、使ってしまうねんな」
「夢にまで見たとか?ガチャに襲われるとか」
僕たちは勉強の話になった。持ってくるのが面倒なので、今日はするものを破って持ってくる。帰宅してから答え合わせをして弱点潰しをしていると話した。過去問が痩せていくのに楽しみを覚えると。
「わたしもマネしようかな。女の子がしてたらどう思う?」
「どうも思わんけど。そりゃビリビリにしてたら別やけど」
「わたしそんなに雑やないで。高浜くんみたいに適当にちぎらん」
「見えてた?」
「カンニングしたかな。仕上げてきてるなと。よく今、ルーティン変えたなと思ってる。わたしもやけど」
僕たちはどちらともなくガチャの前で立ち止まった。あれからずっと同じところにある。これまで何人の犠牲者を出しているのか。憎らしいような、何となく気晴らしの相手になるような気もした。
「やる?」と道瀬。
「うん」
「マジ?」
まんざらでもなさそうに、道瀬はがま口から百円玉を出して、しゃがみ込んだ。
「よっ」
出てきたキズだらけのカプセルの中身はない。割った中を見せるようにして、僕を見上げた。僕もしゃがみ込んだ。そこには彼女の匂いが残っていた。回した。出てきたカプセルは手から滑り落ちて、側溝のすき間に落ちた。僕たちは慌てて拾おうとして、お互いに頭をぶつけた。
「ごめん。大丈夫?」
「わたしは平気やけど」
道瀬は転がるように尻もちをついて、僕の慌て方とは反対に笑いながら手をついた。僕は手を伸ばして立ち上がるのを手伝った。
「指に触れたんやけど拾えんだ。ビリヤードみたいに突いた」
道瀬にトートバッグを渡した。するとスマホが震えた。彼女は笑いながら画面を見て、笑わずにボタンを押してバッグに戻した。
「出なくてええん?」
「うん。高浜くん、お正月、一緒に初詣に来てくれへん?」
「考えてなかった」
「迷惑でなければやけど」
「ええけど、遠くはムリや」
「
思わず笑ってしまった。
道瀬は、
「あそこは天神さんやで。叱られるで」
とマフラーの下で笑った。
「そこに本社あるのに」
二人は他愛もない話をして別れた。千林を降りるときは、初めて話したときと同じく楽しそうにしていた。手を振ってくれたので、僕も振り返して、ふと他の乗客の視線に気づいてそっと手を下げた。
【7】
朝、
萱島駅は少し変わっていて、高架のプラットフォームに下にある萱島神社の御神木が飛び出している。改札を出ると道瀬が待っていた。ラインであけましておめでとうの交換をしていたが、再びかしこまって頭を下げた。人は少ないかなと思っていたが、意外にたくさんいた。
おみくじを引いた。
「吉」
「わたしも」
何だかなと笑い合うと、
「交換しない?」
道瀬が提案した。結んでいくのではないのかなと思ったが、作法も知らない高浜も了解した。
「ここにね」
道瀬はカプセルに互いに交換したおみくじを入れた。高浜もポケットに忍ばせていたカプセルに同じようにした。
「結ぶのは今度来たときに。お礼しに来ないといかんやん。結果はわからんけど」
「何頼んだん?」と高浜。
「天神さんやで」
「そうか」
「他のこと頼んだん?」
「何も考えてなかったかな」
道瀬は笑い、駅のファストフードに入った。カウンターに並んで座ると、高浜は珈琲、道瀬はカフェラテのLサイズを頼んだ。
「ちょっと聞いてええかな」
道瀬のカップの縁の目が警戒した。
「嫌なら答えんでええねん。何であんなところのガチャ回そうとしたん?人のこと言えんけど」
「あれなあ。彼氏に振られてん。信じてたのになんて言うたら嫌な奴やんなあ」
僕はもっと気持ちがざわめくかと思ったが、意外に冷静に聞いていた。話してくれたことのうれしさがまさっていた。
「電話、出ないの変や思った?思われてるわて思ってた。振られてから何回か電話きたけど、わたし自身どうなるかわからんし、出たら。年末まで置いとく決めてん」
道瀬は手帳型のケースを開いて、高浜の前で「たかし」の電話番号を消した。履歴に残った電話番号から着信拒否、ラインもブロックしてして「これでおしまい」とパタンと閉じた。
「ええの?話さんで」
「もう散々話して、あっちから友だちに戻ろうて言われてん。『あけおめ』来たわ。でも返さへんだ」
「話してくれてありがとう」
「ガチャのおかげやねん。あのときガチャ回したときのこと思い出してくるねん。空っぽやのに」
「僕なんて二回回した」
「怒らんといてな。絶対怒らんといてな」
「怒ること?」
「この人何してるの?って思うたらおもしろくておもしろくて。家族に空っぽのガチャ回したって話したら呆れられて、二回も回した子がおる言うたら、真顔であんたら大丈夫?って」
高浜は苦笑いでごまかした。たぶん道瀬がいなければ、後二、三回回していたと答えた。
「わたしが救ったんや。冗談冗談。わたしは高浜くんのマネしてるねん。引っ張ってもらってる気持ち」
「乗りきるしかないやん。もう僕はどんなもん引きずっててもゴールする。決めたことやから」
【8】
高浜は駅から吐き出された。
人込みから目を逸らすと、曇天に突き刺さるビル群が足を止めた高浜を見下ろしていた。
「寒っ……頭痛薬……」
十二月は今年の寒さはこんなものかと思っていたが、さすがに二月は強張るくらい寒い。二人を邪魔だと言うように自転車が駆け抜けた。
「おはよ」と道瀬。「ひかれるやんか。ところで高浜くん、私立の自己採点どうしたん?」
高浜はスマホを出した。
高校二年のことだ。高浜は何気なく京阪百貨店にいたとき、ウォータハウスのシャロットの女という絵の娘に惚れた。
「天気悪いけど、大丈夫なん?」
「薬飲んだからいけるはずや」
シャロットは、世界を見てはいけない呪いをかけられ、塔に幽閉されていた。騎士ランスロットの姿を見たくて、命を賭けて塔を出た。
これがランスロットを見つめるシャロットの女という絵だ。ランスロットを見る彼女の覚悟の目が、当時の僕をとらえた。気持ちを抑えられずに、命を捨てられるのかと引き込まれて、今も待ち受けにしていた。
「シャロット、わたし怖いねん」
道瀬が冗談ぽく話した。
「怖いかな。睨まれてるから?」
「ちょっと違うかな。何かうまく言えんけどランスロットを見つめるシャロットは怖いんよね」
「オフィーリアの方が怖くない?」
「あれは風流な土左衛門やん?」
「風流な土左衛門て」
「わたしが言うたんやないで。確か夏目漱石が言うたんやないかな。草枕?それから?」
「死体が怖くなくて、生きてるシャロットが怖いの?あ……」
オフィーリアはシェークスピアの演劇で、夫のせいで気が狂い、川に沈んでいく娘を描いたものだ。だから狂人が沈んでいくことに覚悟はない。しかしシャロットは明確な覚悟がある。
高浜は自習室で道瀬と別れた。翌日も道瀬は私立大学の受験だと。高浜は何が怖いのか知りたいが、今は話すのは控えることにした。
帰るとき、
「明日も受験やから早く帰る。自己採点したんよ。高浜くんと同じくらい。学部は違うけど」
翌朝、ラインに気づいた。
『今から受験です』
「あ、ああ」
高浜はぎこちなく頷いた。
『がんばれ!』と送信した。
『やるぞ!終わったら連絡するわ』
『覚悟や』
僕が緊張してきた。インスタントの珈琲を淹れた。彼女の気持ちも揺れている気がしたし、自分もこれでいいのか、いつも不安に襲われる。
「がんばれ」と呟いた。
僕は一人、寒いダイニングで珈琲を飲んだ。鍋で三つ卵を茹でて食べた。ここまで来れば、もうやるべきことはない気がした。
「でも何で怖いんやろ」
高浜はダイニングテーブルに置いて冷めたスマホを手にすると、そしてシャロットを見つめた。まだ逃げようとしているのではないかと責められてるような気がしたからだ。
ラインが来た。
『英語、難い』
『がんばれ!』
『うん。ありがとう。やるわ。シャルロット好きかも!そうやわ。今度話すわな。戻……』
【9】
「高浜くん、一緒に写真撮ろう」
スーツ姿の高浜と道瀬は、入学式の看板の前で写真を撮った。二人とも空っぽのカプセルを頬に押しつけて。春の空は薄青く澄んでいた。
おわり
ガチャから始まる恋もある(リメイク) へのぽん @henopon
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