第5話 後送

◇◇◇



 帝国歴1917年02月14日同日 19時10分

 最前線 第四セクター突出部 士官塹壕



 通信兵が懸命な手つきで、木箱の横に生えたクランクを回す。重たいモーターを逆回転させる低い音が鳴り続けていた。通信機を動かすために発電しているのだ。


 シャーロッテ・フォン・ブランディス少尉は代用コーヒーを啜りながら、地図に目を落としていた。テーブルに直に置かれたランタンに照らされ、分度器の影が、塹壕線に細く長くかかる。


 この場にバートはいない。魔法兵を含めた歩兵たちは、戦闘塹壕で敵の逆襲に備えていた。

 シャーロッテは眉を寄せながら深く息を吐き出す。難しい表情をしていた。


 ――即時反撃がなかった。それどころか砲撃も。


 通信兵が「失礼します」と声を上げる。


「どうした」

「第六セクターの四〇九連隊と通信が繋がりません」


 第六セクターは、同じ湿原に位置する防衛線だ。各セクターが一〇キロメートル程度の幅を持ち、一つの連隊が受け持つことになっていた。

 敵陣深くに食い込む形の第四セクターと比較して、一三キロメートルほど本国に近い位置関係にある。


「む……。あそこを取られると包まれるな。連隊長殿に伝えろ」

「はっ!」


 包まれるというのは、文字通りに包囲を受けるという意味ではない。

 塹壕線の一部が敵に押されて凹む、あるいはごく一部だけが突出しすぎた形を作られると、味方の砲撃支援が届かなくなるのだ。


 戦場では何が人を殺すか。

 砲だ。砲撃こそが、最高効率で兵を殺傷する。


 この大戦で最も多い死因が、塹壕に撃ち込まれた砲によるもの。その次が、砲撃で補給線や設備を破壊されたことによる、餓死と病死と凍死。その次でようやく歩兵戦闘によるものだった。


 そんな最強の攻撃手段たる砲兵を危険に晒してはいけない。敵歩兵、あるいはケンタウロスによる肉薄を避けるため、塹壕の防衛線が押し下げられると、砲兵隊はより安全な後方に撤退するのが常だった。


「第四セクターが……孤立してしまう……」


 シャーロッテの声を遮るように、ドアがノックされる。


「失礼します、ハンス・クレイマー二等兵です」

「入れ」


 ハンスは好き勝手しているバートとは違い、礼儀正しく扉越しに名乗ってから入室した。シャーロッテに敬礼してから口を開く。


「魔法兵の、バート・シュミット二等兵の損耗についてっすね」

「続けろ」


 シャーロッテの顔に深い影が落ちた。


「魔法『凝塊』の副作用が強そうです。本人はいたって平気な顔をしていますが、突撃後から七回転倒していますね。また、休息をとるよう命じても寝ようとしません」

「寝ると固まる恐怖か」

「ええ、でしょうな」


 長時間の魔法使用によって石化した状態に慣れてしまった体は、なかなか元に戻らない。まるでリウマチのように、関節の腫れに痛みや軋み、筋肉のこわばりが発生する。深刻な場合には、筋肉の繊維化や石灰化、あるいは石化すら引き起こすのだ。


 魔法を使った後の『凝塊』魔法兵は、二度と動けなくなる恐怖を誤魔化すように、体を動かし続けてほぐそうとする。


 シャーロッテは強く目を瞑った。


「……犠牲は、魔法兵だけではない、が」

「ええ、そうっすね。ここは一般歩兵にとってもひでぇモンです。ですが、俺らは射撃の一発ごとに指が飛んでくワケじゃないっす」


 戦いの末に死ぬリスクがあるのと、確定した死に向かって命の残量を削っていくのは違う。


「バート二等兵はどの程度消耗している?」

「どの程度……って言われても、俺みたいな路地裏出身の兵卒じゃ、わかんねぇすよ。だって、魔法使いですよ。少尉の方が詳しいんじゃありませんか?」


 シャーロッテは被っていた軍帽のつばを、目元を隠すように押し下げた。


「いや、すまない。不勉強にて、な」


 魔法使いは本来は希少な人材だ。どれだけ貧しい家庭で生まれた者でも、魔法使いと分かれば国費で高等教育を受けさせられる。

 それぞれの特技を無理ない範囲で使い、高官の護衛や、化学分野の研究、あるいは士官学校で専門教育を受けた砲兵などの道へ進む。


 華々しい未来が約束された、特別極まる才の者たちで、ハンスのようなチンピラが関わる存在じゃない――はずだった。


 戦場の需要は、平時の将来設計をいとも容易く刈り取る。


「いえ、ああ。失礼しました。魔法使いがジャガイモみたいな扱いされるなんて、誰も想像してませんでしたね。知らないのも無理はないです。ただね、少尉」


 ハンスはヘルメットを外し、頭をがりがりと掻いた。


「あいつ、最近あんまり靴下に興味がないんですよ」

「靴下? 靴下がどうしたのだ?」


 人間とは違う足を持つシャーロッテは不思議そうに訊く。


「塹壕じゃあ、足が湿りっぱなしで皮が浮いて、歩くだけで刺すように痛くなるんですよ。だから皆、ちょっとでも乾かしたくて、真っ新な靴下を欲しがるんです」

「なるほど、塹壕足か」

「ええ。でも、最近のバートは無関心です。あいつ、足の裏が石になっちまってるんじゃないかと……」


 シャーロッテは息を飲んだ。

 魔法兵の末路は常識として、誰もが知っている。だが、知人の体にそれが起きていると改めて知るのは、嫌な驚きがあったのだろう。


「突撃後、脚が痛そうにしているのは気づいていたが、もうそこまで……」


 ハンスは忌々しそうに口を歪めた。


「バートの奴、後送できませんか? 帰してやりましょうよ。もう十分な活躍をしたでしょう」

「そうしてやりたいとは思う。だが、『凝塊』に限らず魔法兵の充足率は低いんだ。後送すれば、また徴兵されて別の部隊に配属されるだけだ」


 両者の間に重たい空気が流れた。


 魔法兵は一人一つずつ得意な魔法を持つ。『凝塊』の魔法兵もいれば、『振動』や『発熱』など様々だ。そのどれもが、強烈な副作用を持つ。どんな魔法であれ、魔法兵はその需要から使い倒されてすぐに損耗し、望まぬ姿で戦地を去って行くのだ。


 シャーロッテは緩やかに首を左右に振る。


「とりあえず、今夜の闇に紛れて交代だ。支援塹壕まで下がったら、トラックで休養キャンプに戻るぞ。あいつも少しはマシに過ごせるだろう」

「です、ね」


 二人とも、無意識のうちに自分の顔を手で覆うように撫でた。


「魔法の長時間使用が必要な攻勢を、出来るだけ避けるか……夜襲を軸に……いや……」


 魔法兵を温存すれば、一般歩兵の犠牲がさらに増える。嫌な天秤だった。シャーロッテは苦しそうな声を絞り出す。

 ジリジリジリ、と甲高い金属音が空間を貫いた。突発的な大音量にハンスの顔が強ばる。通信兵が受話器を取った。二等兵のハンスはぐっと声を殺して見守る。


 通信兵はしばらくの会話の後、受話器を置いてシャーロッテを見上げた。


「連隊長殿より、です。今回の突撃の成功について非常にお喜びでした。詳しく話を聞きたいと。休養キャンプ地に居られるようですので、戻り次第すぐ顔を出すように仰っています」


 シャーロッテは目を見開く。

 上層部は、『凝塊』を利用した突撃を高く評価した。してしまった。

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1917年。人外上官曇らせファンタジー戦記 乾茸なめこ @KureiShin

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