僕は常識人……常識剣だからね
僕は聖剣エペ。
かつてこの世界を恐怖の底に陥れた魔王を討ち果たし、伝説として語り継がれることになった勇者、シエルの生まれ変わりの一人……じゃなくて、一本だ。
世界の行く末を見守るため命を捧げ、どういう訳か剣そのものになっちゃって、今に至る訳だけど。それでも勇者としての誇りは忘れてないつもりだし、そのために何をしなくちゃいけないかも分かってる。
だから僕は、持ち主であり、もう一人の自分でもある少女──エスクリの考えていることが手に取るように分かる。彼女がどれほどの覚悟を持って転生を選んだのか。この平和になった世界で、何を成し遂げようとしているのか。その崇高な使命感も、鋼のような意志も、お互いに理解しているはずなんだ。
理解していた、はずなんだ。
「うあああ~……なんであの時、あんな情けない声出しちゃったんだボクはー……」
またこれだよ……。
*
「いいかい、エペ。魔王は倒した。それは間違いない事実だ」
僕たちが今いる街、「城塞都市プルミエール」の門をくぐる少し前のことだったかな。
街道沿いの焚火の前で、僕たちはこれからの指針について話し合ってた。
『だけど、世界全部が綺麗に片付いたかと言えば……そう単純でもなかった、だよね?』
「うん。ボクたちはまだまだ戦う必要がありそうだよ」
まあ、一応世界は平和になってる。
数百年前に僕たちが命を賭して戦っていた頃とは、どこをどう見ても間違いなく平和になった。毎日世界の危機に脅かされるってことは少なくともなくなったはずだ。
ただ、その代わりの脅威が現れるようになったのも事実。
『魔物……だよね』
僕たちが魔王を倒した後、追い詰められた魔王軍の残党が『実験体』を野に放ち。数百年の時を経て、奴らは世界中に根を張り、既存の自然とは相容れない『魔物』と呼ばれる生態系を築き上げてしまった。
僕の「平和になった世界を見届ける」って使命は半分成功で半分失敗だったってことだね。
でもまあ、失敗だったから残念はいおしまいって訳にもいかない。そのために僕たちがいるんだから。
僕を見つけた時点でエスクリが相当鍛えてたのも、「抑止力になる」っていう次の使命を見通してたからに他ならない。
「奴らは人を襲う。大きな街や国の近くに奴らの拠点ができるのもそういう習性なんだ」
『そこで、僕たちの出番って訳だね』
「そう……ここは前世と何も変わらないね、簡単でいいや」
つまり僕たちの今の使命は、この平和な世界に残ってしまった「負の遺産」を掃除し続けること。
世界中を旅して、魔物を統率する強力な個体──『ボス』を討伐し、現代の人々がより平和な暮らしていけるように、僕たちがその歪みを引き受ける。
それが、勇者シエルが自らに課した最後の使命であり、僕たち転生体の存在意義なんだ。
『ふふ、我ながら重い使命だね』
「でも、悪い気はしないよ。時空を超えた世界の守護者。うん、カッコイイじゃないか」
そのためには、何が必要か。
かつてのような強靭な精神。
どんな絶望的な状況でも折れない心。
そして、情に流されず、最善の一手を打ち続ける冷徹な判断力。
これらが揃っていなければ、現代の進化した魔物たちを相手に無双することなんてできない。
「さ、今日は寝ようか。明日にはプルミエールに入って、酒場で定番の『伝説の勇者シエル』を聞こう」
『ええ? 僕恥ずかしいんだけどあれ……』
「いいじゃないか。平和を感じるにはあれが一番なんだよ」
『まあ、いいけどさ……』
目の前のエスクリは間違いなくその要素を兼ね備えてるんだって、信じられた。
彼女なら、きっとこの未来でも、より多くの命を救うためにその身を捧げられるって。
僕も剣として生まれ変わった以上、使い手である本体を全力でサポートするつもりだ。
あとは、持ち主である彼女が、勇者としての矜持を胸に、凛として立っていてくれればそれでいい。
*
……そう。
凛として、立っていてくれれば……。
「おかしい……おかしいんだよ……こんなのおかしいんだよぉ……」
僕の視線の先に……いや、剣に目なんてないんだけど。
安宿の狭いベッドの上で、シーツを巻き込んで芋虫みたいになっている物体が一つ。情けない僕の相方、剣士エスクリ。さっきから枕に顔を埋めては奇声を上げ、バタバタと足を動かしては頭を抱えて……現実は非情だね、立ってすらいないんだよ。
朝の日差しが差し込む爽やかな部屋の中で、彼女の周りだけなんだかピンク色の異様な空気が漂っている気がするのは僕の気のせいかな。
「あーもう! 思い出すだけで恥ずかしい! あんな、あんな乙女みたいな反応……一生の不覚だよ! 『あ、そ、そのっ』って何さ! もっとこう、『ふん、悪くない筋肉だね』とか、言うべきことあったでしょボク!」
『それボクが言ってなかったっけ』
「じゃあ被っちゃうじゃないかっ!」
うわ、真っ赤。リンゴみたい。
虚空に向かって手を伸ばして、何かを掴むような仕草をしては、また「んーっ!」と悶絶して枕に顔を埋めるの繰り返し。
多分あれだね。この前の遭遇シーンを脳内で再生しては、自分の不甲斐なさに打ち震えているんだろうね。
さっき僕が語った「強靭な精神」と「冷徹な判断力」はどこへ行ったんだろう。少なくとも、今の彼女からは微塵も感じられないよ。
あれから──武器屋へ特注の鞘を受け取りに行ったあの日から、もう三日も経つっていうのに、エスクリはずっとこの調子だ。
原因は明白。たまたま道端ですれ違っただけの、名前も知らない男。
確かに力強かったし、僕もドキっとしたけど……ほんの一瞬、体を支えられただけ。言葉を交わしたのだって数秒。
それなのに、僕の相方はあの瞬間からずっと、熱病に浮かされたように彼の残像に囚われたまんま。
はぁ……見てて恥ずかしいよ……。
『……ねえ、エスクリ。いい加減、現実に戻ってきてくれないかな?』
「う……ううぅ……」
僕に言われて何も驚かないあたり、僕がずっと見ていたことも、今の発言が筒抜けなことも分かってるんだろうね。それが分かってるならやめてほしいんだけど。
ただ、バツが悪そうに布団から顔を半分だけ出して、上目遣いで僕の方を見てくるだけ。
『また「あの男」のことを考えてたんでしょ』
「……ちがうよ」
『違わないよ。君、前からずっと様子がおかしいんだって。心拍数は上がるし、体温は上がるし。今だって、思い出して顔が緩んでたじゃないか』
「緩んでない! これは……そう! 反省だ、反省!」
わお、起き上がった。
そこまでカッと目を見開いて反論できるなら、顔の赤さを元に戻した方が良いと思うんだけどな。君の「勇者シエル」としての意地はもうボロボロだよ。
『反省?』
「そう、反省だよ! あの男を見て、ボクは自分の『男としての未熟さ』を痛感したんだ!」
未熟さ……。
ベッドの上で仁王立ちの彼女の顔はまだ赤いけど、その瞳にはいつもの熱が戻ってきたようにも見える。
ただ、未熟さって言い方は止めてほしいな。それって僕にも刺さるんだけど。君は自分への悪口が他人にもそのまま通じることを分かってほしい。
「あの余裕! あの包容力! そしてさりげない気遣い! あれこそが、ボクが目指すべき『頼れる男』の完成形なんだよ!」
『ほう』
「なのにボクときたら……あんな風に助けられて、顔を赤くして……情けない! 男として完敗だ! ほら、ボクが目指してる理想の男像そのものだったから、ちょっと嫉妬しちゃっただけっていうか……! とにかく悔しくて仕方がない!」
そこまで早口でまくしたてられても。
どこからどうみても言い訳だし、それを重ねれば重ねるほど墓穴を掘るだけだよ。
まあでも、彼女の言い分も分からなくはない。確かにあの青年は、僕から見ても男として一級品だった。芯の通った強さと無駄のない所作があったし、かつての僕が憧れ、なりたくてもなれなかった「頼れる男」の具現化みたいな存在なことは否定できない。
自分にないものを持っている相手に惹かれるのは、生物として自然な反応かもしれない。記憶はあれど、精神年齢がリセットされて生き直している彼女にとって、今の価値観はかつての僕とは少しズレているのかもしれないしね。
でもね。
いくら彼が良い男だからって、それでずっと浮かれてもらってちゃ困る。失った青春を取り戻すとはいえ、ずっと遊び惚けていろって意味ではないんだから。
『エスクリ。君がなりたかったのは「彼のような男」であって、「彼に守られるお姫様」じゃないよね?』
「っ……!」
ほら、やっぱり図星なんだ。
本人は「男として生きたい」と願っているのに、本能の部分がそれを裏切ろうとしている。あの日、支えられた瞬間の彼女は、間違いなく「守られる側」の顔をしていた。
『思い出してよ。僕たちは何のために転生したの? この世界で何をしたかったの? 彼にときめいて、お姫様抱っこされるため?』
「……いや、ちがう!」
……よしよし。
ちゃんと自分の立場を思い出したみたいだ。さっきまでの浮ついた色が消えて、かつての勇者のような鋭い光が戻る……ように努めている。
というか、戻ってくれないと困る。君は僕で、ボクはキミなんだから。君がときめいてばっかりだと、僕にも『彼にときめく』可能性があることになってしまう。
『そうさ、僕たちには目標があるんだ』
「分かってるよ。ボクはシエルだ。世界を救った男だ。世界を平和にして、今度こそ──誰よりも強くて、誰よりも頼れる男になるって決めたんだ……こんなところで、自分の変化に振り回されてる場合じゃない」
そうだ、それでこそ僕であり、勇者シエルだよ。
ちょっとタイプの男に優しくされたために世界の平和を見限りますなんて勇者が言っちゃいけないんだ。
鏡の前に立って、銀色の髪を結い直し、緩んでいた口元を引き締める姿はもうすっかりいつも通り。うん、もう心配無さそうかな。まだちょっと赤いけど。
「ボクたちは男だ。魂は男なんだ、ちょっと浮かれてただけ……そうだよね、エペ?」
『そうだよ、証明してみせて……その顔の赤みが完全に引いてからね』
「う、うるさいっ!」
おおっと。
おいおい、そんな逃げるように部屋を飛び出さなくてもいいじゃないか。背負われる立場のことも考えてくれないと。
「……よし、頭を冷やす! 体を動かして邪念を払うよ! 修行だ、修行! 魔物を斬って斬って斬りまくれば、こんな軟弱な思考なんて吹き飛ぶはずだ!」
*
「これが──ボクだっ!」
地面を強く踏み込んだと思った瞬間、限界まで射られた矢のような速度で目標に肉薄するエスクリ。
奥にいる食人植物の魔物が何本もの触手を鞭のように振るうけれど……あんなんじゃ彼女には掠りもしないよ。
最小限の動きで僕をひらりと撫でるように動かし、触れた触手は軌道が全部ズレていく。魔物が急いで次の攻撃を打とうとした時には最後の一撃を紙一重に躱して、懐に潜り込んだエスクリが。
そして同時に──銀色の斬撃が一閃。
「ボクは……男だーっ!」
森の静寂を引き裂くような、エスクリの気合の入った叫び声と共に……ズバァッ! と快音が響いて、魔物の核が両断される。
鮮やかなフィニッシュ……流石!
「フッ……!」
残心もそこそこに、エスクリは額の汗を拭ってドヤ顔を決めている。
……うん、動きは完璧だったよ。 叫んでる内容が「性別の自己暗示」じゃなければ、もっとカッコよかったんだけどね。
「完璧に決まったんじゃないかな!」
『お疲れ様、エスクリ』
都市プルミエールの東に広がる「深緑の森」。かつては街道沿いの穏やかな雑木林で、木こりや狩人が出入りするのどかな場所だったらしい。
けれど、数年前この森にとある「ボス」が住み着いたせいで、今では昼間でも人が寄り付かない危険地帯と化しているんだとか。
で、ここにいるのは、この森を支配している生態系の末端、植物型の魔物たちだ。
蔦が蛇みたいに鎌首をもたげ、巨大な花弁からは毒々しい色の花粉が撒き散らされ……ううん、見るに堪えないな。
まあ皆エスクリによって瞬殺されちゃったんだけど。
相手が植物で、動けないのをいいことに一瞬で距離を詰めて切り落とし──魔物が自分の死を悟るころには次の標的まで飛んでいる……。
走って斬りつけるだけの安直な戦い方だけど、武器のリーチはこっちが上だし、前世譲りの反応速度も相まって攻撃が届く前に全部叩き落せるんだよね。
「ボクたちの時代には見なかったタイプで……やりにくかったね、本当に」
ほんとかなぁ。
僕についた樹液を拭きとってるエスクリは、慣れない相手だったこの魔物に不満が溢れて止まらないみたい。それにしてはすごい勢いだったけど。
『まあ、数がすごかったからね。僕の「能力」を使えばいいのに』
「いやいいよ。魔力が勿体ないし、報酬ゼロの雑草刈りに奥の手は見せる必要は無いから」
『おお、ストイックだねぇ』
僕に魔力を流して『能力』を使ってくれれば、こんな集団一撃だったんだけど……実際、エスクリなら元勇者の剣技で華麗に斬り捌けるし、この程度の魔物は彼女の敵じゃないってことなんだね。
これが『ボス』相手ならどんな攻撃手段を使ってくるか分からないし、警戒するに越したことは無いんだろうけど。
「ただ、やっぱり効率が悪いね。上手い戦い方は調べる必要がありそう」
『知識があれば楽だろうね。弱点とかも体系化されてるみたいだし』
「だね。やっぱりこの街の『武闘大会』、そこで探そう。現代の知識があって、ボクの背中を任せられる相棒を!」
そうそう、この街に来たのはボスを倒すこともあるけど──一人だけで戦うリスクも考慮して、いい加減ソロから脱却しないといけないって焦りもあったからなんだ。
プルミエールではなんでも「武闘大会」をやるって話があったから、「じゃあ腕試しも兼ねて」ってことで、参加することにしてる。この街で普段から戦ってる人の技術を勉強したり、もしすごく強そうな人がいたら僕たちのパーティーに勧誘も考えたりしてるんだよね。
『もしかしたら──彼もいるのかもね』
「は、えっ? ……あっ、そ、そうだね! あの人が、いるかもね! あはは……」
ただ、正直、今の彼女は危なっかしいなって思ったりも。
実際は僕もエスクリもその魂は三十歳近く生きてるはずなんだけど……彼女は一度人間として生き直してるせいか実際の精神年齢は肉体年齢そのままな気がするんだよね。
半端に昔の記憶もあるせいで、今の世界の知識もちょっと混合してるとこが見られるし。
それに何より──あの色ボケだ。
仲間は必要だよ、認める。僕たちだけじゃ手の回らないことも増えてくるだろうしね。
でも、最近は「カッコイイ男」に憧れすぎてちょっと脳内がお花畑になってるし。彼女のこの「知識・常識のズレ」や「色ボケによる油断」が原因でせっかくできた仲間とトラブルになったりでもしたら目も当てられないよ。
……やっぱり、僕がもっと冷静に手綱を握ってあげないと。
僕はエスクリと違って精神が女の子になってないから、まだ客観的な判断ができるはず。
あくまで保護者目線で慎重に、常識外れな言動はしっかり注意して、この暴走しがちな英雄を見守ってあげなくちゃ。
うん、僕は常識人……いや、人じゃないか。常識剣だからね。
これからおかしな点はどんどん指摘していくよ!
「ところでさ、さっき斬った奴でこの辺りは全滅なのかな。多分三桁は倒したでしょ?」
『そうじゃない? なんならもっと奥行ってみる?』
僕のくせにボクの邪魔しないでよ! @yaburetoji
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