僕のくせにボクの邪魔しないでよ!
@yaburetoji
憧れか一目惚れか
「……そして、二十にも満たない少年であった勇者シエルはついに魔王を倒したのです!」
……おお。
思わず聞き入っちゃったよ。
吟遊詩人のおじさんが朗々と語るその声、枯れてるけど深みがあったなあ。
木のマグを片手に赤ら顔をした男たちも、配膳に走り回る看板娘も、一応は耳を傾けていて……まあ、真剣に聞き入っているというよりは、「いつものアレが始まったな」くらいの生温かい空気だけど。
でもなぁ。
ここから先はどこの酒場で聞いても問題だらけの内容なんだよねぇ。
「──そして! 凱旋のため舞い戻った勇者シエル様は三メートルを超える身長と丸太のように太い腕を振り回し、眼光だけで残った魔物を射殺したと伝えられております!!」
「ギャハハ! 出た出た、眼光殺人!」
「シエル様にかかりゃ魔王なんてイチコロだな! 事実ならだが!」
すっごい。
すっごい盛り上がりしたよ今。ドッ、と酒場が揺れるほどの笑い声と歓声が上がったよ。
フードの下で、果実水を吹き出しそうになって必死でこらえたボクを褒めてほしいな。
「あはは……す、すごいね……はあ……」
……いやいやいや。ないない。三メートルって巨人族か何か?
呆れを通り越して感心しちゃうね。
丸太のような腕? 眼光で殺す? ひどい言われようじゃないか。
ボクの記憶にあるシエルって男は、もっとこう……繊細で儚げな美少年だったはずなんだけどな。風が吹けば飛ぶような、ちょっと背が低いのがコンプレックスの優男で、魔法と剣技とその他諸々で戦うテクニカルなタイプだったはず。食事だって岩なんか食べない。好き嫌いが多くて、ニンジンを残しては神官に怒られていたくらいだ。
まさか数百年で、ここまでの筋肉ダルマに歴史改変されているとはね。
英雄色を好むとは言うけれど、英雄筋肉を好むなんて聞いたことがないよ。
ないよね?
うん、ないと思う。
『……ねえエスクリ。これ、聞いてて恥ずかしくならないのかい?』
ほら、背負った布包みの中からも呆れたような声が脳内に響いてくるよ。
ボクの相棒、聖剣エペだ。もちろん、周囲には聞こえていない。ボクと彼が触れている時だけ通じる念話だ。
「……恥ずかしいに決まってるでしょ。ボクの人生が、ただの酒の肴にされてるんだからさ──でも、それはキミだって同じでしょ?」
『……まあね。かっこつけて「伝説」なんて残すからこうなったのかな』
だから当然ボク──エスクリも、誰にも聞こえないよう小声で話さなくちゃいけない。
相手もいないのにコソコソ話してるだけの変人だって思われるのも嫌だからね。丁度咳き込みかけて口を拭う必要があったから都合が良いや。
……どうしてこいつは念話で話しかけて来るのに、ボクは声に出して話しかけないといけないのかな。不公平だと思うんだけど。
『にしても、眼光で魔物を倒せるなら、あの時、僕たちが必死で剣を振るう必要なんてなかったじゃないか』
「まったくだよ。あの決戦で、ボクたちがどれだけ血を流したと思ってるんだか」
『でも、これを確認したかったんだろう?』
「……うん」
そう、これがボクがわざわざ、こんな汗臭い酒場に来た理由。
この街に、ボクの伝説がどう残っているのかを確認するため。
何を隠そう、今酔っ払いたち含めて世界中で語り草になっている中心人物こと、伝説の勇者シエルは──ボクの前世の姿なんだ。
そして今は前世のボクが活躍してから大体……数百年後ぐらいだったかな? 伝説の勇者が自分の死後も気にすることなんて……それはもう、「世界の平和が維持されているかどうか」に尽きるよね。
そして結果は見ての通り……うん、これがボクの守りたかった平和だよね。適度に伝説が娯楽として消費されている。人々は魔王の恐怖なんてすっかり忘れて、英雄をただの笑い話のネタにしている。
「この街にも、これだけ適当な伝説が残ってるなら、魔王の脅威は本当に去ったんだなって分かるからね」
もし世界がまだ魔王に脅かされていたら、英雄譚はもっと切実で、救いを求める祈りのようなものになっていたはず。こんな風に、酔っぱらいがゲラゲラ笑いながら話せるような内容じゃない。
歴史的事実としては間違っているけれど、平和の証明としては満点……のはず。
「……内容はひどいけど」
うわっ! 「勇者は傷を癒やすために溶岩を飲み干した!」だってさ!
熱いよ、火傷じゃ済まないよ。周りを見てみれば、「んなバケモンがいる訳ないだろーっ!」「下手な盛り方しやがって!」ってみんなも言ってるよ。この街じゃ、そういう新解釈が一番盛り上がるのかな。
『ふふ、君も大変だね。後世のイメージを守るために、これからは溶岩を飲んでみせなきゃいけないかも?』
「そんな他人事みたいに……お断りだね。ボクは美食家で通すんだ」
自分の生きた証が、こんな歪な形で残っていることには少し複雑な思いもある。
まあでも、いいじゃないか。みんなが笑っているなら、ボクが命を削った甲斐もあったというもの。平和な時代の英雄なんて、これくらいの扱いでちょうどいいのかもしれないね。
「ま、確認も済んだし……行こうか、エペ」
値段は銀貨一枚だったよね。カウンターに置いていけばいいかな。
フードを深く被り直して、誰にも気づかれないように静かに席を立って。
伝説の巨漢勇者とは似ても似つかない姿で悪いけれど──皆の期待とは違うこの少女の姿は、熱狂する酒場には似合わないだろうからね。
ボクお酒飲めないし。
*
あー、肩凝った。
元勇者の魂を持っていても、身体のスペックまでは引き継げないのが辛いところだね。この華奢な肩には、聖剣一本でも結構な重労働なんだよ。
「……ふぅ」
それにしても……可愛いな。
肩まである銀髪の髪を簡素な革紐で後ろに縛っただけだけど……姿見で見るだけでも中々絵になってる。肌は雪のように白くて、大きな瞳は前世と同じ金色。服装は勇者らしい白と青の色でできた中々いい素材の軽い鎧で、下の地味なズボンも相まってより象徴的に見える。胸のあたりが苦しいから最近新調したんだ。
うん、我ながら可愛い。罪作りな可愛さだね。ちょっとポーズなんて取ってみたり?
もしボクが男のままだったら、間違いなく顔を真っ赤にして喋りかけるまですごく時間がかかってたんだろうなぁ。
『……自分の顔を見てニヤニヤするのはやめてくれない? 見てるこっちが恥ずかしくなる』
「なんだいエペ。キミだってピカピカに磨いてあげたじゃないか」
目の前の、ボクの身の丈ほどある細身のロングソードは今日も遠慮がない。
最近は慣れてきたのか、静かな場所である程度近くにいても聞こえてくるようになったんだ。おかげでより一層物言いが強気になってきたような。
それにしても……女の子、かぁ。
「受け入れたつもりだったけど……やっぱり慣れないね」
転生の不備なのか何か知らないけれど、目が覚めたら女の子になってました、なんて笑えない冗談だよね。とはいっても、目覚めた時は赤ん坊だったし、特に大人びた子供って訳でもなく精神年齢も幼いまま普通に幼少期を過ごしてたから、違和感覚え出したのはだいぶ後だったんだけど。
『前世を理解したのは六歳ごろなんだっけ?』
「そうだね、そのあたりから必死で体を鍛えるようになった気がするよ」
平和になった世界を確認するために、ひ弱な肉体じゃ何も始まらないからね。
勇者の時は剣聖とも呼ばれたぐらい剣の腕に自信あったし、十六歳になる頃には、同い年の男の子は勿論、村一番の戦士も一方的に倒せるくらいにはなった。これでも努力家なんだよ、ボクは。毎日の走り込みと素振りは欠かさなかったし、ご飯だって好き嫌いせずに食べた……まあ、背は理想ほど伸びなかったけどさ。
で、ある日、村近くの遺跡で特訓中に偶然錆びついた剣を見つけたんだ。
その時はびっくりしたし、その剣が喋りかけてきた時はもっとびっくりした。
「ボロボロのエペが喋りかけてきて、驚いて湖に落としちゃったんだっけ」
『本当に終わったと思ったよ。僕と同じキミじゃなかったら間違いなく今も水の中だ』
「う……ごめん」
そう、エペはただの剣じゃない。
エペ自身もボクと同じ──分割した勇者シエルの魂の生まれ変わりだったんだ。
病気で先が長くなかったボクは、平和になった世界を見届けるため、そして有事の際の抑止力として、自分の命を犠牲にして転生する魔法を組んだ。で、その時、失敗した場合の保険として、僕の持つ才能を複数の魂に分割したりもしたんだけど……うち一つはこうして『剣士エスクリ』になり、うち一つはこうして『聖剣エペ』になった。
「で、でも『剣士のボク』と『剣の僕』が真っ先に巡り合えたのはものすごい幸運じゃない?」
『まあ、それについては同意できるかな』
……残りの『魔法の才能』とか『信仰心』とか、他の魂たちが世界のどこへ飛んでいったのかは分からないけれど、きっと世界にはまだ多くの「ボク」の生まれ変わりがいるんだと思う。もし転生に失敗していなければだけど……まさか、変なところで野垂れ死んでないよね?
エペを手に入れたボクの勢いはもう止まらなくて、世界を見て回るための旅を即座に開始。そのまま、ボクは既に二つの街の近くに巣食っていたモンスターの『ボス』を討伐した。
全盛期ほどじゃないけれど……今の僕は、十分な旅の資金を得た、実績も実力も折り紙付きの転生勇者新米冒険者って訳なのさ。
「まさか剣に転生するなんて思わなかったなあ。どういう仕組みだったんだっけ、あの魔法」
『僕だって。まさか最初に出会う自分が女の子だとは思っても無かったさ』
「はは、違いない……ま、この可愛い顔も悪くはないけどさ」
十六年経った今でこそ、もう自分が女の子だってことを受け入れてるけど……でもなあ。
男だった頃とは、「気持ち」や「価値観」も大きく変わっちゃったような気がするけど、自分の中では「ボクは男なんだ」って気持ちが強いんだ。
前世のボクはそりゃあもう、悲惨なものだった。もの凄い正義感で突き動かされてたけど、世界平和のために青春を全部ドブに捨てたからね。恋人の一人もいなかったし、女の子を守ることはできても緊張しちゃってカッコイイ台詞を吐くなんてとてもとても。仲間の男らしい人たちに「かっこいいなあ……」と思うことはあっても、それをマネできたことなんで一度もなかった。
だから今度こそ、青春を謳歌してやるって決めてるんだよ。
「ボクは『頼れる男』になりたいなって。ピンチのヒロインを颯爽と助けて、『怪我はないか!?』ってさ……憧れない?」
なのにさぁ、見てよこの華奢な腕。二の腕をつまめばぷにっとしてて柔らかい。筋肉はそれなりにあるけど……男らしさ? 何それ美味しいの? 前世では経験できずじまいだったんだけど。
これじゃボクの望むイケメンお姫様抱っこもできないよ。不公平だと思わない?
『中身は熱血のつもりでも、ガワがこれじゃあねぇ』
「うるさいな……とにかく、今はリハビリだよ。見た目がこれでも、中身でカバーすればいいんだ。この街の近くにいる『ボス』を倒して、ナメられない強さを証明してやる」
世界で一番強いとまでは言わないけどさ、実力さえあれば性別なんて関係ない。ボクが最強の剣士として君臨すれば、周りだって自然と「頼れる男(のような存在)」として見てくれるはずだ。今回もこの街に来たのも、ここの『ボス』を倒して、さらに名声を高める予定だから。
野性味溢れる力強い目にちょっと色気のある髪型。
細めだけどしっかりした筋肉があって、ちょっと豪快で頼りがいがあって。
女の子にキャーキャー言われながらクールに去っていく。
う~ん、悪くない。やっぱりこういう男の人に守られたらキュンとくるよね。いつかこうなれたらいいんだけど。
『はいはい。で、そのためにまず装備を整えるんだろ?』
「おっと、そうだった」
エペ用に注文してた『特注の鞘』を取りに行かないといけないんだった。いつも布巻きでエペも居心地悪いのか『剥き出しで街を歩くのは、全裸で歩くのと一緒』って抗議が激しかったんだ。剣に全裸の概念があるのかは謎だけど。
さあ。旅の荷物だけ部屋において、エペだけ背負い直せば出発の準備は万端。
見た目は美少女だけど、中身は熱血で。僕は理想のヒーローになってやるんだから!
……あっ、でも。もし複数の僕が全員集まっちゃったら困るな。
もしそうなら、人気だって分散しちゃうし──『好みのタイプまで全員同じ』になっちゃうのかも……。
*
宿を一歩出ると、街はもう夕暮れ時だった。
やっぱり大きな街だけあって、活気がすごいね。大通りは仕事帰りの人々や、市場へ向かう商人でごった返しだ。人波に流されないように、少し身を縮めて歩かないと。
何せ背中には、ボクの身長ほどもある長物──エペがいるからね。人にぶつかって怪我でもさせたら大変だ。 早く特注の鞘を受け取って、この不安定な布巻き状態から解放してあげないと。
「……それにしても、人が多いね」
『僕には見えないけど、さっきから何度も押されてるのは分かるよ』
うーん……。
やっぱり、『ボス』がいる場所は野良のモンスターもその討伐依頼も増えてるから、冒険者が集まってるってことだよね。
あっそうそう。
あの角を曲がった先の路地が武器屋への近道なんだよ──
「──うわっ!」
えっ、あっ、人がいた!?
し、しまった、倒れちゃう! 僕はいいけど──このままじゃエペが下敷きに……!
「おっと! 危ない!」
──ガシッ!
「えっ」
え、あれ、すごい強い力……って、え? な、なにが起こったの?
倒れる寸前に腕を引かれて、勢いのまま……あっ、じゃあこれはその人の胸板? 結構強めにぶつかっちゃったような……。
「悪い、注意不足だった──怪我ないか?」
「え、あっ、はい。大丈夫、です」
低いけど、よく通るハキハキした声が降って来て。
見上げたら、そこにいたのは。
背が高くて、日に焼けた肌をしてて、意志の強そうな瞳。
無造作に掻き上げられていて、耳にかかるくらいの長さの黒い髪が風に揺れてて。
鼻をくすぐる草原みたいな爽やかな匂いに、服の上からでも伝わってくる太すぎず厚すぎず、でも鋼みたいにしっかりした筋肉の熱。
ボクを支えてくれている腕には傷の跡がいくつかあるけれど、僕だけじゃなくて、布のはだけた背中のエペまでしっかりと落ちないように抱え上げてくれ──
「──すげえ、綺麗だな……」
──ドクンッ
……えっ?
「ああああの、ちょっと、距離、近くない?」
至近距離で、ボクの目を真っ直ぐ見つめて、感嘆の混じった嘘や混じり気のない言葉で「綺麗だな」……って、しゅ、主語! 主語がないよキミ! 彼の視線の先にあるのはボクの瞳……で合ってるんだよね!?
「おっと悪い、伝説の勇者様の剣に似てたもんで──じゃあ、また会おう!」
「あ、そ、そのっ……!」
ボクの肩をポンと叩いてすぐ、手を振って颯爽と走り去っていって……。
いや、きれい、って……また会おう、って……。
……いや、いやいやいや! ボクは男だよ、そんなの認められないって!
そりゃ、今でこそ体は女の子だし、考え方も女の子よりになってるし、さっきの彼はものすごく自分の理想の姿そのものだったけれど──ボクが彼と戦友になりたいだけで、ボク自身がああなりたいって訳じゃ……あ、あれ!?
『なんかドキドキした……今の彼、すごく良い体してたね。しかも僕のこと綺麗だってさ。当たり前のことだけど、悪い気はしな……あれ、エスクリ? エスクリ? おーい?』
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