第5話 鏡の池
三吉を助けたあの日から、ラキには「友達」と呼べる存在ができた。
鎌じいの目を盗んでは、三吉は竹林の近くまでやってきて
ラキを遊びに誘うようになった。
鎌じいも、ラキが人間を知る良い機会だと思い、
笠を深く被らせることを条件にそれを黙認していた。
ある日の午後、三吉が目を輝かせて言った。
「なぁラキ、もっと山の方に『鏡の池』っていう綺麗な場所があんねん。
そこへ行かへんか? 魚もぎょうさんおるし、面白いぞ!」
ラキは鎌じいの顔を伺ったが、鎌じいは昼酒を飲んで縁側でいびきをかいている。
「……少しだけやったら、ええよ」 二人は連れ立って、山の奥へと分け入った。
そこには、三吉が言った通り、森の緑をそのまま映し出したような
静謐な池が広がっていた。
風もなく、水面はまるで磨き上げられた鏡のように空の雲を映し出している。
「な、すごいやろ! ここで顔を洗うと、男前になれるって
ばっちゃんが言うててん」
三吉は無邪気に池のほとりにしゃがみ込み、水を掬って顔を洗った。
「ラキもやってみぃや! ずっと笠被ってて暑いやろ?」
ラキは躊躇した。鎌じいからは「絶対に外で笠を取るな」と厳しく言われている。 だが、キラキラと輝く水面と、自分を信頼しきった三吉の笑顔に、つい心が緩んだ。
「……三吉、ここには誰もいいひんよな?」
「おう、わしら二人きりや!」
ラキは、ゆっくりと笠を脱いだ。 封じ込められていた黄金の髪が、陽光を浴びて一気に解き放たれ、水面に反射して池全体を金色に染め上げた。
「うわぁ……。金ぴかや!
やっぱり、ラキの髪は綺麗やなぁ。都の宝物みたいや」
三吉はうっとりとその髪を見つめた。
ラキは照れくさそうに笑い、水面を覗き込んだ。
自分の姿をこれほどはっきりと見るのは、初めてのことだった。
「……あ」
水面には、三吉の丸っこい子供らしい顔の横に、明らかに異質な存在が映っていた。 透き通るような白い肌、燃えるような琥珀の瞳。そして、口の端から覗く鋭い牙。
(……わし、三吉と全然違う)
自分の姿を客観的に見た衝撃は、ラキの幼い心に冷たい刃のように突き刺さった。
鎌じいは「個性的や」と笑ってくれるが、三吉の「人間らしい」顔の横に並ぶと
自分はまるで……。
「……ラキ? どうしたんや、そんな怖い顔して」
三吉が心配そうに顔を覗き込んできた。 その時だった。
「——おい、三吉! 離れろ! そいつに近づいたら食い殺されるぞ!」
竹林の影から、数人の村の若者たちが飛び出してきた。
三吉の父親と、例の野犬に襲われかけた時にいた男たちだ。
彼らは手に手に鍬(くわ)や棒を持ち、
憎悪と恐怖に満ちた目でらきを睨みつけていた。
「違うねん、父ちゃん! ラキは助けてくれたんや!」
「黙れ! 鎌じいに騙されてたが、やっぱりありゃあ鬼の類や。
その金ぴかの頭を見ろ! 人間の髪やない!」
男たちの一人が、らきに向かって石を投げた。
石はらきの額をかすめ、鮮やかな赤い血が流れた。
「……痛い」
ラキの琥珀色の瞳が、一瞬で真っ赤に染まった。
喉の奥から、鎌じいの家で甘えていた時とは違う、野獣の唸り声が漏れ出す。
ラキの指先から、鋭い爪が伸びようとしていた。
「ラキ、あかん!」
背後から、息を切らした鎌じいが現れた。
鎌じいは、ラキと村人たちの間に割って入った。
「皆の衆、落ち着け! こいつはわしの孫や言うてるやろ!
牙が少し尖ってるんは、都の流行りでな……」
「ええ加減にせえ、鎌じい!
あんたは尊敬してたが、化け物を里に連れ込むなら話は別や。
その子を山へ追い出すか、わしらがここで仕留めるか、どっちか選べ!」
男たちの怒号に、鎌じいは唇を噛んだ。
ラキは、石をぶつけられた痛みよりも、
三吉が父親に引き摺られていく時の「悲しそうな目」を見たことの方が、
何倍も痛かった。
「……じい。わし、やっぱりここに居たらあかんのかな」
ラキの絞り出すような声に、鎌じいは何も答えられなかった。
鏡のような水面は、すでに男たちが投げた石の波紋でぐちゃぐちゃにかき乱され
二人の姿を歪ませていた。
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茨木童子物語 羅生門の月 @haru21300
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