第2話 鎌じいと黄金の怪力児

鎌じいの家は、茨木の里から少し離れた竹林の奥にあった。


かつて都の頂点に立ち、国の理を書き換えた男の住処としては

あまりに質素で悪く言えばボロ屋であった。


そう、鎌じいは貴族であったが、今は隠居して茨木の里に隠棲していたのである。


しかし、そのボロ屋に今、かつてない活気が——いや、破壊の音が響き渡っていた。


「おい、ラキ! 離せ言うてるやろ!

それはわしの家宝の筆や! 噛むな、バキッて音したぞ今!」


鎌じいの絶叫が竹林にこだまする。 家の中では、拾われてからわずか数ヶ月とは思えぬほどに成長した「ラキ」が、黄金の髪を振り乱して暴れ回っていた。

赤子の成長は、まさに「鬼」のそれであった。

一週間で寝返りを打ち、二週間で立ち上がり、

一ヶ月が経つ頃には、鎌じいの脛(すね)あたりまで背が伸びていたのだ。


「……ふんっ!」


ラキは琥珀色の瞳を輝かせ、奪い取った筆を自慢げに掲げた。

その口元からは、すでに立派な牙が覗いている。

彼は鎌じいの抗議などどこ吹く風で、

今度は囲炉裏の太い自在鉤(じざいかぎ)を掴んで、ひょいと持ち上げた。


「あーっ! 壊すなよ、それ壊したら今晩から飯が炊けへんようになるんやぞ!

ほんま、お前は加減っちゅう言葉を知らんのか!」


鎌じいは腰をさすりながら、ラキの首根っこをひっ掴んだ。

普通の子なら泣き出すところだが、ラキは「へへっ」と不敵な笑みを浮かべ

鎌じいの服を力一杯引っ張った。


「……ったく。お前みたいなガキ、都におったら即座に陰陽師に封印されとるで。

まぁ、わしの前やからええけどな」


鎌じいは、ラキを膝の上に乗せるとその不思議な黄金の髪を乱暴に、

けれど慈しむように撫でた。


「ええか、ラキ。お前は力が強すぎる。

外に出る時はその髪、しっかり隠さなあかんぞ。

茨木の連中はな、自分らと違うもんを見つけると、すぐに石を投げてきよる。

……人間っちゅうのは、弱い生き物なんや」


ラキは、鎌じいの言葉を理解しているのかいないのか、

その節くれ立った大きな手を自分の小さな手で包み込んだ。

鎌じいの手は、筆だこや古傷でゴツゴツしていたが

ラキにとっては世界で一番安心できる場所だった。


そこへ、竹林を分けて慌ただしい足音が近づいてきた。


「鎌じいさーん! 生きてるかぁ? また家の中から雷みたいな音聞こえたけど!」


現れたのは、隣村から様子を見に来た、口の悪いが根は優しい老婆・おヨネだった。鎌じいは慌ててラキの頭に古い手ぬぐいを巻き、ボロ布でくるんだ。


「おお、おヨネさんか。相変わらず声がデカいなぁ。

ただの模様替えや、気にせんといて」


「模様替えぇ? あんた、また変なもん拾ってきたんちゃうやろな」


おヨネが土間に上がり込もうとする。

鎌じいは冷や汗をかきながら、ラキを背後に隠した。


「拾うたんは酒の瓶ぐらいや。それよりおヨネさん、今日の大根はえらい立派やな。一本分けてくれへんか?」


「へっ、おだてても安くせえへんで。……ん? その後ろにおるんは何や?

妙にガサガサ動いとるけど」


おヨネの視線が、

鎌じいの背後から突き出たピカピカと輝く黄金の毛先に注がれた。


「あ、これか? これは……そうや、珍しい『金色の綿(わた)』や!

都の流行りでな、これを育てると金運が上がるんや」


「金色の綿ぉ? 嘘言いなはれ! 動いとるやないか!」


おヨネが身を乗り出した瞬間、

我慢できなくなったラキが「ばぁ!」と声を上げて飛び出した。

手ぬぐいがハラリと落ち、輝く黄金の髪と、琥珀色の瞳が白日の下にさらされる。


「ひ、ひぃぃぃ! 鬼や! 鎌じい、あんた鬼を飼うとんのか!」


おヨネの悲鳴が上がり、鎌じいは天を仰いだ。

平穏な隠居生活は、ラキの成長とともに急速に騒がしく、

そして危ういものへと変わっていこうとしていた。

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